第39話 両思いは花婿の成長待ちとなりました
ガーフィールド公爵家と元宰相家は、力は削がれたとはいえ爵位を剥奪されてはいない。お嬢様も王都から逃げ出し、片田舎で手厚い看護を受けている。
スウィフト家とルドベキア救済はウエスト家が担ってくれるが、ルドベキアの母親の死については誰も責任を取らなかった。
だからといって泣こうが喚こうが、過ぎ去った日々が戻ることはない。人生は長いようでいて短い、ルドベキアには他にやるべきことがたくさんあった。
──泣いて自らの不運を嘆いているだけでは、運命は変わらない
ウエスト家の領地に舞い戻り、再び就職浪人中の夫の個人教師・同衾・家政という名の定型業務に、ルドベキアは嫌が応にも勤しんだ。
たった1年頑張っただけで結果が出なかったと不貞腐れる甘ちゃんの尻を叩き、励まし持ち上げる。さらなる身体機能向上のためのリハビリと、休息込みの鉱泉通いにもつき合わなければならない。
頭のおかしなストーカー女に好かれた結果責任は、ランドルフとウエスト家に問い質し、せいぜいスウィフト家立て直しのための資金をむしり取ってやろう。
ついでに巨大な権力と広い交際範囲も、ガッツリ有効利用しなくては。
ただし、ランドルフとの婚姻を決めたのはルドベキア自身だ。
約束した待遇ではないと、むやみやたらと不平不満を並べ立てることは止めにした。自らの意志で亜麻色の髪をひっつめ髪にして、夫と婚家に誠心誠意尽くす覚悟もした。
そうこうしているうちに夫の二度目の文官登用試験が近づき、ルドベキアは自らの体調の異変に気がついた。
学校にも行かず定職に就いてもいない夫だが、やはり名門伯爵家の跡取り息子として「系譜が必要だ」と常々口にし、やるべきことをやっていたのだからその努力が実を結んだのだろう。
「子を授かりました。必ず文官になって下さい」
さしあたっての責務は果たした。夫には今度こそ自らが望む文官として立ち働いてもらわねば、とルドベキアはにこっと笑って頷いた。
そしてお約束の「お子様ができた! ランドルフ様のお子様が産まれる!!」が始まる。ウエスト家の領地の屋敷は、グレタと世話役の使用人夫婦だけでなく、使用人総出の涙の大合唱が巻き起こった。
夫も初めて見せる感激の面持ちで、妻を抱き上げてぐるぐる回り出した。2年前には寝たきり状態だった人間が、そんなことまでできるようになったというのは素晴らしくはある。
それでも、妊婦を振り回してはいけなかった。
ルドベキアはいきなり気持ちが悪くなり、ランドルフに向けて盛大にゲロを吐いてしまった。耐え忍ぶことは得意だと自負していたはずが、気持ち悪っ、と感じた次の瞬間には大惨事が起きていたのだ。
義父が「ランドルフはウエスト家の血筋を色濃く受け継いで、度量はある」と言っていたが、本当か? と内心疑わしく思っていたが。
名門貴族家の子息が妻から盛大にゲロを撒き散らかされて、それでも「気にするな、俺が悪かった」と口にできるのだから、大したものだとルドベキアは夫を見る目を改めた。
王都にいる義父母に知らせると、すぐに都合をつけてそちらへ向かうと知らせが届き、さらに胸のムカムカが悪化したのはご愛敬だ。
ルドベキア妊娠! で奮起したのかは不明ながら、夫はギリでの文官登用試験の合格まで勝ち取り、晴れて新社会人を名乗れるようになった。
代々軍の将官を務める名門ウエスト家は、嫡男ランドルフの意識が失われてからかなりの歳月を要してしまったが。それまでの遅れを取り戻すかのように、ルドベキアが度量はある夫と共に蒔いた種によって、さらなる実りを得るのは誰の目にも明らかだった。
*
夫は就労を果たし、系譜とはいかなかったが女児も誕生した。
ウエスト家の花嫁としての最低限の務めを果たし、ルドベキアは続いてスイフト家再生へと頭を切り替えた。
義父をスポンサーにして、かつてスウィフト家が形勢逆転を狙って南国から手に入れた、『一日に100回交尾する羊が食べている草』イカリソウ栽培に没頭していく。
サポート役には緻密な采配が行える、ジェフ・ヘインズを引き入れた。知的好奇心を満たすことを優先し、興味が湧けば労を惜しまず何にでも首を突っ込む。そして結果を出し、それをまた己の糧とする気質をルドベキアは刺激した。
「この国で誰も挑戦できなかったことを、アイデアと技術でもって新規で立ち上げるわよ。手伝う気はない?」
常識に凝り固まった人間には新手の詐欺のように聞こえるだろうが、何事にも全力で取り組む優秀な人間はこう考える。自らの能力を試せる、未知なる経験を重ねることができる、その上で大きな仕事を切り回す感覚が身につくと。
だから魅力的に感じるのだ。ジェフにとって、スウィフト家の領地での未知なるイカリソウ栽培は。
ルドベキアは自分が心から取り組みたいと思っていることのためなら、ランドルフや婚家に恥も外聞もなく金の無心をするし、手伝ってほしい人にはとことん頭も下げる。
ついでに、ちょっぴり姑息な手だって使う。
ウエスト家とランドルちゃんをないがしろにすると具合も機嫌も悪くなる義母には、夫と二人きりのデートができるような画策を施した。
「王都一の大劇場での観劇を予約したので、二人で行きませんか?」
食事中にルドベキアが夫に甘言を囁けば、義母は一度として聞き洩らさず食いついてきた。サーカスだ、絵画展だ、と手を変え品を変え話題を振ると、義母は常にランドルちゃんと出かけたがった。
「久しぶりの夫婦デートを楽しみにしておりましたが、お義母様に権利をお譲りいたします。私が今こうしてウエスト家で幸せに過ごせているのは、お義母様のお引き立ての賜物ですもの」
憮然とする夫には「嫁は夫の母親を立てなくてはならない立場ですから」と言い聞かせて、義母のお守りを押し付けた。親孝行は親が生きているうちにしておくべきだと、ルドベキアは自身の体験から断言できた。
婚姻当初はウエスト家やランドルフと関わると呪われるというような恐怖に苛まれていたが、濃厚接触を繰り返しているうちに、いつしか愛着のようなものも芽生え始めていた。まだほんの小さな萌芽に過ぎなかったが。
──過去があって、今の自分になっている
この国の流行りの恋愛小説では、ヒロインはただ待っているだけで素敵な王子様が溺愛してくれるものが圧倒多数だ。自分の頭で考える、自分らしく生きるために行動する、という小生意気なルドベキアはその対極に鎮座する。
それなのに実に不思議な現象なのだが、夫とは二人で大事を解決していく度に絆が深まっていった。
義母の扱いには苦労し、ついに怒ったりもした。
ルドベキアの友人ジェフ・ヘインズが、ウエスト家に居候を始めたりもする。
義父とは意外に共感できることが多かった。
夫からは二度の出産を経た後に、王宮の薔薇園での正式なプロポーズがあった。
いわくつきの女性「太ったおばさん」が、ウエスト家にやって来るとんだ事態にも見舞われた。
婚姻生活をさっさと諦めなかったことで、ルドベキアは生涯ウエスト家の花嫁として過ごすことになる。名うての奇術師のような夫を「愛してる!」と言い切れるようになるには、結果として婚姻後10年間もの時間を要してしまった。
夫は婚姻当初から、両思いだと信じ込んでいたのだが。
仮死状態だった7年間に対するお嬢様への恨みつらみ、その後のリハビリがどれだけ大変で辛かったかを、夫ランドルフ・ウエストは一切口にせずに未知の世界に踏み出した。
その事実にもっと早く気づいていれば。
そう思えるようになるころには、ルドベキアの喜怒哀楽という名の感情は、豊かに花開いていた。
神が与えたもうた花婿は、実に奇妙奇天烈ではあったが、いつしかルドベキアにとって切っても切れない唯一無二の存在となるのだった。
ルドベキア編 完
珍しい価値観満載のお話にお付き合い下さったこと、感謝いたします。
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