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第34話 花婿の未来

 ウエスト家の領地の屋敷の食堂に、義父と機嫌も体調もよくなった義母、ルドベキアと車いすに座るランドルフの四人が揃っていた。

 その席でランドルフが、皆に聞いてほしいことがあると声を上げた。


「ウエスト家は代々、騎士を輩出することで軍での地位を確保してきました。俺もその道を行くつもりでいましたが、残念ながら無理です。ですが……父上のようになるのを諦めたくないので、文官で上を目指すことを考えています」


 夫妻は驚いた。

 ルドベキアも、夫がまともな母国語を話したことに驚愕した。


 この国で文官として働くには、王宮主催の文官登用試験に合格しなければならない。そのために貴族は我が子を、15歳から20歳の間のどこかで、4年間国立学院に入れて学ばせようとするのだ。


「事情はどうあれ。すでに20歳のお前には、国立学院の受験資格がない」

「文官登用試験は、国立学院を卒業していなくてもいいそうです。これから2年必死で勉強して、直接受験します。実際にその道を歩んでいる知人から、直接話を聞きました」


 義父とランドルフの会話に、ルドベキアは黙って耳を傾けた。


 記憶を手繰り寄せると、婚姻のお披露目の直前に、義父の側近の息子達が数名夫へご機嫌伺にやって来たということがあった。その時に「お元気になられたのなら、文官の道もあるのでは?」などと、おべんちゃらに乗せられてその気になったといったところだろうか。


「確かに試験に合格すれば文官への道は開けるが、口で言うほど容易くはないぞ」

「将来は、国防に関する部署で仕事をしたいのです。身体は動かず、いつの間にか7年が過ぎたと知った時には絶望しました。同じ年頃の奴らは武官や文官の道で活躍しているのに、俺だけがリハビリをしながら、父上の軍の引退後のような生活をする。嫌だと感じていました」

 

 ところでテーブルには、溢れんばかりの食べ物と飲み物が用意されていた。


 食欲が完全に戻っていないランドルフ、不調が続いていた義母、領地まで馬でやって来て明朝には王都に戻ってしまう義父。しっかり食せるのはルドベキアだけだというのに、ウエスト家はいちいち食事を用意し過ぎなのだ。


 残ったものは、全て廃棄処分だ。


 テーブルの上の鶏肉のソテーを見ると、偽装離縁直前にはランドルフがまだ肉を切り分ける動作ができず、世話役の使用人夫婦にやらせていたことを思い出す。

 他力本願な夫が、ついに自らの将来を考えるまでに成長したのだ。その祝いの料理を無下にするのは、神の罰が下るのではとルドベキアは大変気になった。


 国立学院をすっ飛ばして、直接受験で文官を目指す。

 ウエスト家が武官として活躍することで蓄積してきたコネクションや情報を生かしながら、国の中枢機関に食い込んでいく。狙いとしてはなかなかいいではないか、とルドベキアは感心する。


 実現すれば同世代の貴族の子息に、7年もの差をつけられていたものが一気に2・3年に短縮できる。家柄、父親の役職を鑑みれば追い越すことも十分可能だ。

 ランドルフは領地運営と財産管理を軽んじているわけではなく、生きがい、やりがいにおいて、辛いものを感じたのだろう。


「ルドベキアに俺自身が何を望んでいるのかと聞かれました。できる範囲の中から選ぶのではなく、やりたいことをするにはどうすればいいかを思案しました。軍での出世が望めないなら、代々ウエスト家が国防に携わってきた知識や経験を活かして、文官で上を目指すしかない。俺はそうしたいし、そうするべきだと決めました」

「でも、身体が心配よ」


 溺愛する息子の渇望に、義母は思い切り顔を顰めた。


「身体は……ルドベキアはどう考える?」

「価値ある挑戦です。2年などと呑気なことを言わずに、1年で」


 義父の問いかけに、ルドベキアは毅然と答えた。2年でも無理なのではと思われるところを、1年でとの提案に、一同は見るからに狼狽した。

 ランドルフの希望を叶えるにしては、常軌を逸した回答だった。


「無茶をすれば心が壊れるのではないの? ルドベキアちゃんが言ったのよ」

「それは、ご本人が気乗りしないことを強要された時のお話です。ご本人が本気で達成したい夢があって、それに向かって努力をするなら頑張れると思います。しかも文官狙いは、目の付け処が見事だと感心いたしました。王宮内には文官と武官の間で、覇権争いがあると耳にいたします。ウエスト家の嫡男が文官になれば、重宝されるのではないでしょうか」


 ここ数か月間のランドルフの言動から判断するに、学力レベルは最低のはず。それを国立学院卒業程度にまで一気に引き上げるとなれば、タラタラした取り組みでは愚策となる可能性が高い。


 勉強に親しんでいなかった人間の、集中力や持続力は続かないものだ。この件に関しては、夫妻よりルドベキアの経験則が正しいはず。


「次の登用試験まで、1年を切っております。私がランドルフ様をお手伝いいたします」


 スウィフト家の領地に新種の薬草が広がる光景、そこへ辿り着くための一本の道筋。もう決してそこから外れたりはしないと、ルドベキアの決意は固かった。


「お前が誰より学びたいのにか?」

「薬草の知識を増やしたい、という願望は変わっておりません。お許し下さるなら、これからも学び続けたいと思っています」


 義父の疑問に、ルドベキアは小さく笑った。

 

 自分の居場所は自分で作るしかない。

 義父母が嫡男を最優先に考えるのは、当然のことなのだ。ランドルフと同様に尊重してもらいたければ、情に訴えるだけでなく、手放したくないと思わせる工夫が必要だった。


 ルドベキアの特異体質は、ランドルフの生命維持装置としてだけでなく、ウエスト家の切り札にもなる。さらに良妻となって、ランドルフを国の中枢に押し上げる手助けをする。

 男児を出産して後継問題を解決できれば万々歳だが、賢母については如何ともし難い。


 貴族社会において、嫁ぎ先での妻の地位など本来そこいらの埃と同程度。これから先も気の抜けない日々が続くことになるだろう。


 ランドルフとウエスト家には、確かに煮え湯を飲まされた。しかし自らに関わることを、大学に進学できれば後はどうでもいいと、信頼していなかった人達に放り投げたのは拙かった。


 夫の愛情だけを頼りにこれから先を生きていくことは、ルドベキアにとっても生きがい、やりがいにおいて辛いものがある。自分が心からそれに取り組みたい、そう在りたい、と思えないことに人は頑張れないものだから。


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