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第33話 花婿と太ったおばさん

※タイトル内の女性に対する不適切な表現をお詫びいたします。

「太ったおばさんだったんだ、仕方ないだろう……」


 ルドベキアが激情を抑えて押し黙っていると、突如ランドルフが奇妙なことを言い出した。

 太ったおばさんとは誰のことを指すのか。この期に及んでまだ、訳の分からないごまかしでもって、妻にした女と向き合わないつもりか。


「やっと身体を動かせるようになった状態では、負担になるという母親の指示だった。閨教育は医者の説明だと思ってた。だから、女が寄越されて驚いた」

「それで……」

「太ったおばさんだ!」


 分からない、目の前の夫は何を言っているのだ? と、ルドベキアの眉間に力が入る。指南役の女性は、年配のふくよかな女性がやって来た! と言いたいのだろうか。

 それが何だというのだ。


「こっちはずり這いと、やっと寝返り状態だったんだぞ。実際にやってみるぞって、太ったおばさんに伸し掛かられて死にそうになった。ウエスト家のどんな手を使っても、お前もお前の関係者も殺す! って、うわあっ、もう言いたくない!!」


 捲し立てるように告げられた話の内容に、ルドベキアの頭の中は固まった。


 何とはなしにランドルフを眺めると、カンカンに怒っているような、落ち込んでいるような、うっすらと頬に赤みを帯びた状態で頭を抱えている。


「指南役のご年配のふくよかな女性は、その後どうされたのです? あなたの態度に腹を立てて、妻に乱暴狼藉を働くように言ったのですか?」

「そんなわけあるか!」


 ルドベキアには、話の流れが全く掴めない。

 ランドルフは忌々しそうに舌打ちしながら、それでも「ただ、女の扱い方を聞いただけだ」と言い張った。


「一緒に色々してくれる、両想いの相手がいるんだぞ! 俺は、太ったおばさんと練習して喜ぶような変態じゃない!!」


 りょ、両想い!?


 その相手とは誰なのか!? もしかして自分のことだろうかと、ルドベキアは呆然となった。

 いつ何がどうなって、そのような結論に至ったのか。 


 それよりもランドルフの激白を信じるなら、ウエスト家が呼んだ直接指導担当者は、色っぽくて美しい女性ではなかったのだろう。それにしたって、年配のふくよかな女性がどうして派遣されるのだ。


 現役を引退して娼館の女主人の座に君臨している『太ったおばさん』が、今回は私が特別に! と直々に出向いて来たのだろうか。

 それともただの手違いか?? 大混乱のルドベキアとすれば、夫に代わって誰か他の事情通に説明してもらいたかった。

 

 ならば初夜の前には話だけを聞いて、その年配のふくよかな女性とは最後の一線を超えなかったとしよう。両想いの妻との初夜だ、やり方もしっかり聞いた、さあ乱暴するぞだったということか。


「違う! 医者にもすぐにできないかもしれないから、気長に取り組めと言われていたし。ル……キアに聞きながらするはずが……お前が異常に緊張してて、俺がアレで……くなって……できた!」

 

 はしょり過ぎだ。


 あの夜、ランドルフには妻が異常に緊張しているように見えた? 初めての交わりに緊張する妻に、興奮しまくったから暴力的だったということだろうか。

 余裕や気配りがなかったのも、そのためか??


 経緯をいくら頭の中で整理しようとしても、不明な点が多過ぎた。もっと理路整然と、相手に分かるように説明するべきだろう。

 夫がこれほど母国語が不自由で、これから先妻としてやっていけるだろうか。何よりここは喜ぶべきか、怒るべきか、ルドベキアは混乱の極みに達していた。


「ル、……に頼ろうにも、泣きそうになりながら頑張ってくれてるんだからちゃんと……む、胸は上に伸し掛かってきたおばさんと感触が、で、つい……。あっ、あの香油は、あれはまだ手がうまく使えなかったから、ぶちまけた。で、できた時、嬉……が、こっちにも色々事情があって。その……寝たふりをしてたら、お前はいなくなってそのまま帰ってこないし。太ったおばさんに嫉妬して、すごい怒ってるし……以上だ!」


 嫉妬!? 


 以上!? 


 ルドベキアは絶句した。

 身体は20歳なのに成長不良で外見は16・17歳! の男は、所詮は頭脳は13歳だったのだ。ルドベキアがバカにされたと妙な対抗心を持っていたことが馬鹿馬鹿しいほど、初夜に対する弁解がチンプンカンプンだった。


 ヨソの女と致してなかったのなら、逆によくできたわねと誉め称えるべきなのか。ルドベキアは激怒して固く目を閉じていたので、あの夜のランドルフがどういった様子だったか、今となっては何も思い出せなかった。


「とにかく同衾は半年先か一年先になりますが、指南役から聞いた暴力的な行為は一切受け入れませんよ。それでよければ許すよう努力します」

「ええっ!?」

「ええって……そんなに私をいたぶりたいの? アンタ本性はやっぱり悪魔なの!?」

「ち、違う」


 ランドルフが慌てたように否定する。


「いや、そうじゃなくて、お前……ルドが怒ってるから我慢しようとした。けどまた、すぐ……抱きたくなった。自分の身体なのに抑え込むことができないのはおかしいと思ったけど、両想いの女が横で寝てるんだ……手を出すだろう、普通。精神的に大人になるまでとかで封印されたら、俺は発狂するぞ! 身体は20歳の大人なんだし!!」

「はあ?」


 初夜以降ものすごくよそよそしい態度で、ランドルフが何を考えているかが分からなかったが、より一層混沌としてしまった。

 二人が拗れた原因は結局、ルドベキアが考えていた理由ではなかったようだ。


 むっつりしながら、やる気満々だったと告白されたようなものだ。子供だ子供だと思い込んでいたが、男は狼……身体的には盛るお年頃だったということか。


 しかし、夫はどうしてこう偉そうなのか。お嬢様の夫への執着っぷりにも合点がいかなかった。

 なぜ自分は恨みを買わなければならなかったのかがまるで分からなくなり、ルドベキアは深い溜息が出てしまった。


「婚姻もルド……は前向きに検討して嫁いでくれたと両親から聞いていたし。毎日毎日優しくされて、笑ってくれて、イロイロしてくれるし。身体も不自由で、ずっと健康でいられるかも分からない、それなのに好きになってくれたのは嬉しかった。離れて暮らすのはもう嫌だ、ずっと一緒にいたい。心をくれ!」


 好きになってくれた、の意味が分からない。

 やはり自分には薬草と戯れることが一番向いているのだ。突然鬼気迫る勢いで愛を叫ばれても困る、とルドベキアは仰け反りながら身構えた。


 それでも細かいことは後で一人でゆっくり考えるとして、言うべきことは言わなければと気合を入れる。


「同衾でのお遊びのつもりかもしれませんが、乱暴な真似は二度とゴメンです!」

「お遊びじゃ、乱暴したつもりも……分かった」

「着衣のままの行為は、趣味的嗜好ですか?」

「しゅ、趣味じゃ! あれは……じゃあ、もうしない」

「致さないのですね? 安心しました」


 ランドルフに腕を引っ張られ、ルドベキアの視界が反転した。


 そこで部屋の扉がノックされ「夕食の準備が整いましたので、食堂にお越しください」という、使用人らしき声が聞こえてきた。


「そうだ! 私も経験豊富な男性から、口頭で閨教育の指導を受けます。それでおあいこにしましょう。私は勉強が足りていないようなので」


 ベッドの上で仰向けにされていたルドベキアは、覆いかぶさってきたランドルフに申し渡した。


「絶対にダメだ!」

「最後まで致さなければいいのでしょう?」

「嫌だ! 本当に悪かった! 次は努力する!!」


 次に何の努力をするつもりなのか。

 ルドベキアに神が与えたもうた花婿は、やはりヘンテコでおかしかった。


 神様の選択ミスなら今から返品できないだろうか、どう頑張ってもルドベキアが好みの夫に育て上げるのは無理なのだから。


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