第32話 それが花婿への罰になります
到着した義父のウエスト伯爵を伴い、ルドベキアは再びランドルフの部屋を訪れた。義父は丸一日かけてやって来たというのに、明日の早朝には王都へ戻る。
忙しい義父を煩わせるわけにはいかないので、世話役の使用人夫婦には席を外してもらい、早々に三人での話し合いに入ることになった。
「こちらに呼びつけるようなご無礼を、どうかお許し下さい」
「いや、公爵家を封じる有効な手立てが見つからず、二人を添わしてやりたい一心から、手荒な方法を取ったことを謝りたい。こうして二人が並ぶ姿を見て、正直ほっとしている。解毒剤とやらを試した成果か?」
義父は立場上多忙というだけでなく、公爵家への対応と、息子の体調悪化に加えて夫人の気鬱の病の心配まであったのだ。その心労は察するに余りあるが、しかしである。
「率直にお尋ねいたします。囮作戦だけで、公爵家を押さえ込むことは可能ですか?」
「軍の薬物を勝手に持ち出し、しかもそれを使った相手は軍の要職に就く者の嫡男だ。国王陛下がそれを不問となされば、保身からお身内を庇うのかと、ご自身のお立場にも影響する」
7年前の軍の薬物の持ち出しは、確固たる証拠が得られなかった。
今回の無茶苦茶な囮作戦でようやく、ガーフィールド公爵家の令嬢がウエスト家の嫡男に執着し、悋気で新妻を襲撃した事実が公になるぐらいの取れ高だ。
王弟が当主、その妻の父親はこの国の宰相、というガーフィールド公爵家をいきなり叩けば、国王陛下は公爵家に縁付く有力貴族家からの反発に苦慮するだろう。
まずは個人的な理由だったとして、お嬢様の社交界での地位をはく奪する。
信用失墜の公爵家は、これまでのようには表立って権勢を振るえなくなる。
どこかで屁理屈を並べて、王弟の妻の父親を宰相の地位から引きずり降ろし、公爵家の力を徐々に徐々に削いでいくしかないが。
スウィフト家は元のように、薬草を大々的に扱えるようになればそれでいいだろうでは困る。お嬢様を野放しにして「はい、終わりぃ」にされたら堪ったもんじゃない。生涯どこかに閉じ込めて、二度と外界へ出さないでもらいたい。
そのためにルドベキアのできること、といえば。
「国王陛下は万能薬を対価に払えば、公爵家を排除して下さいますか? はっきり申し上げれば、お嬢様より私の利用価値が高ければ、二度と私に紐付くものに手出しさせないとの確約は可能でしょうか?」
「それは……ルドベキアが探し当てた解毒剤を使って、私に陛下と取引しろと?」
ルドベキアのあまりの不敬な物言いに、義父は表情を曇らせた。
しかし軍が保管する『人の意志を奪い奴隷とする毒』の解毒剤なら、交渉材料としては悪くないだろう。流行り病にも有効となれば、為政者ならば万難を排してでも欲しがるに違いない。
そこでルドベキアはジェフ・ヘインズから手渡された、かつて薬剤研究所で行われていた、熱病の処方薬に関する資料を軍の中将でもある義父に提示した。
資料には「貧民街の住民が処方薬に変化する食事を摂ったことで、致死率の高い熱病が治癒した、との仮説が立てられた。しかしながら、この国の研究者ではその秘密を解き明かすことはできず、現在その研究は中断になっている」との記述があるのみだが。
「処方薬は、食事の材料だけでは作れないのではないでしょうか。非常に特殊な体質の人間が、体内に摂り入れることでようやく完成したのです。かつての貧民街の奇跡は、熱病を無毒化する特殊な物質を宿すことに成功した住民の一人が、周辺に処方薬を分け与えたことで熱病を免れたのだと考えられます」
その特殊な物質を国王陛下に献上することと引き換えに、ルドベキアはガーフィールド公爵家を、絶対に抑え込んでもらいたかった。
「困窮した我が家の朝食が、貧民街の者達が食したものと近かったようです。私の体内には、強力な毒を打ち消す万能薬があります」
「おい! 俺の唇が穢れてるから、お前が浄めたとか言ってたのは嘘かよ」
ランドルフが突如文句を言い出す。
「そのお話はそのままでお願いいたします。私の体液に、軍の所持する毒物や、致死率の高い熱病を治す力があると広まれば。この国だけでなく、他国の金の亡者どもにも命を狙われます」
それをルドベキアは、強い口調で牽制した。
「国王陛下にお知らせすれば、お前の協力の対価に、ウエスト家は公爵家を遥かに凌ぐ力を持つことになる。だがルドベキア、お前の身にどんな拘束がかけられるか」
「できれば私の胸の内に留めておきたかったのですが、ウエスト家に勝っていただくには武器が必要です。スウィフト家のためにも、いざとなれば自死する覚悟はできております。お義父様のお力を信じて、私の処遇はお任せいたします」
そうか、とウエスト伯爵は険しい顔で頷いた。
*
義父との話が終わり、夕食まで時間があったので、部屋に残ったルドベキアは座っていた椅子をベッドに近づけた。ランドルフとはこの機会に、もう少し話をしておきたかった。
「唇が穢れている、と言ったことを怒っていますか?」
「違う」
「それじゃあ……」
「おかしいだろう! どうしてお前が犠牲になる。国王陛下が無茶な要求をしてきたら、どうするつもりだ!!」
「私のことは、軍で大将になろうかというお義父様が守って下さいますよ。いつまでも怯えて隠れているのは、嫌ですし」
ルドベキアの秘密を国王陛下に差し出し、生贄のような形でお嬢様の暴挙を止めることにランドルフは反対なのだ。
しかし、やむを得ないではないか。
王宮で身体を拘束されて人体実験のような境遇に留め置かれるなら、その時どうするかは考えてある。薬草栽培に携わる家に産まれ、その道のエキスパートに進もうとしていたのだから、その時の選択肢がルドベキアに用意できないわけがなかった。
「俺がアノ女の望みを聞く、父上ともう一度話をする」
「お義父様はお許しになりませんよ。ウエスト家もスウィフト家も守っていただくために、私の意志でお願い申し上げました。ランドルフ様は嫡男として、もっとウエスト家の未来のことをお考え下さい」
「俺はそんなに役立たずか?」
健康な身体に戻るかの保証もなく、実年齢と精神年齢のギャップもあり、フラストレーションも溜まっているだろう。
ただしランドルフの複雑な事情を差し引いたとしても、ルドベキアにも被害者感情が残っている。
そこを乗り越えて両家のために人柱となる覚悟をしたというのに、肝心の夫が気を悪くしてどうする。
「スウィフト家は傾いて、母親は気苦労で死んで、私の純潔はもう戻らない。だから私は腹を括ったの、ウエスト家の嫁として逞しく生きていくって。自分の存在価値を、最大限に利用してやるの!」
ランドルフの傷ついたような態度が、無性に腹立たしかった。苦しめられ裏切られ、それでも協力し我慢したのはルドベキアだ。
「私達の婚姻は色々な事情を含んでいたのに、全て隠されていました。悔しくても、私は歩み寄ろうとしたわ。でもあなたは、父親・母親・使用人夫婦に何から何まで全部やって貰って、何も言わない。俺がアノ女に従うですって? 違うでしょう。本当はどうしたいの! 身体がどうとか、親に言われたからじゃなく、アンタ自身は何を望んでるの! やれる範囲の中から選ぶんじゃなく、本当にやりたいことを聞かせなさいよ!!」
自らの思いの丈を、ルドベキアは大声でぶちまけた。
二度と引き返せない道を行くのだ、夫婦関係がどうなろうと構わなかった。
二人の間に沈黙が落ちる。
「あの初夜からずっと怒ってるだろう。どうすればいいのか、教えてくれ」
ルドベキアは、自分はもうウエスト家の人間だと自覚している。ランドルフに対して一線を引いてきたが、これからは向き合っていこうと踏ん切りもつけた。
それなのに今、どうしてそれを持ち出すのか。
初夜……あの夜。
夫が婚姻後に、他の女に手を付けた。
夫は女性経験がなかっただけでなく、身体の自由が利かないというハンデを抱えていた。軽い気持ちの浮気とは違う、と理解はしている。
中途半端な好意を示しながらも他の女に、がルドベキアの女としての尊厳を脅かした。それを年下の子供のような男が行った、というのもルドベキアには許容できなかった。




