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第31話 花婿と元鞘に収まるための一歩

 ウエスト家の領地の屋敷は、見慣れない建築様式のかなり古い建物で、重厚な石造りの外観だった。代々軍の将官を務める名門貴族家は、敵の侵入を防ぐことを尊び、派手さや豪華さを排除した住処を長く手を入れながら守ってきたのだろう。


 しかしながらその重々しい佇まいからは、なぜか金が有り余っているニオイが駄々洩れている。金の多募(たか)で人の幸せが決まるわけではないという意見もあるが、ルドベキアはウエスト家に嫁いで『金満は得をし、貧乏人は損をする』という確信を得た。


 ──泣いて自らの不運を嘆いているだけでは、運命は変わらない


 迎えてくれた使用人達に軽く挨拶を済ませ、ルドベキアはすぐにランドルフの元へと案内してもらった。部屋に入ると世話役の使用人夫婦が、ランドルフの汗を拭ったり、額に乗せたタオルを交換したりと慌ただしく働いていた。


「ルドベキア様! よくおいでくださいました」

「お世話ご苦労様です。お義父様とお義母様はどちらですか?」

「えっ? あの……旦那様は王都から離れることが叶わず、奥様だけが別室で臥せっておいででございます」


 ウエスト夫妻への呼び方を変えたことで、世話役の使用人夫婦の妻は戸惑ったようだ。しかしそこは気に留めず、ルドベキアはランドルフに近寄った。


 妻がベッドの端に腰掛けても、夫の瞼は開かない。


 すぐに高熱で苦しむ面窶れした夫の口元に唇を重ねて、少しずつ口内に唾液を流し込んでいく。世話役の使用人夫婦が息を飲んだ音を耳にしながら、ひたすらその行為に没頭し続けた。


「入浴も着替えもまだなの。お義母様にご挨拶をして、あと倒れたグレタの様子も見に行かなきゃ」


 グレタは屋敷に着くなり緊張の糸が切れたのか、崩れ落ちるように意識を失ってしまった。医者の手配は頼んだものの、その後どうなったかが心配だった。


「お義父様にご相談したいことがあるの、ご予定は分からない?」


 世話役の使用人夫婦は、申し訳なさそうに首を振る。王都ではすぐに屋敷に戻ることもできたが、領地へとなると仕事柄容易にはいかないのだろう。


 盗賊もどきに襲われたことはいずれ義父に伝わる、時を待つしかなかった。


 ルドベキアが口づけていると、ほどなくランドルフの高熱は微熱程度まで下がっていった。当然ながら世話役の使用人夫婦とグレタだけでなく、寝込んでいたウエスト夫人や領地の使用人達までもが、一斉にランドルフの部屋へと押し寄せる。


 お約束の「坊ちゃまが目覚めた! 目覚められた!!」の、涙を流しながらの大合唱だ。

 王都の義父へも、直ちにそのお祭り騒ぎが報告された。


 目を覚ましたランドルフに直ちにずいっと詰め寄るが、まただんまりだ。寡黙といえば聞こえはいいが、妻の真剣な問いに応えないなら、信頼関係など築きようがなかった。

 埒が明かずルドベキアが傍を離れようとしたところで、ようやくランドルフは行動を起こした。


「アノ女の悪事を暴くことはできなかった。7年前に軍から薬品を盗み出した奴は、公爵家とは無関係だと言い張ったそうだ。国王陛下も軍も、王弟と宰相の血族が相手となると、もっと決定的な証拠がないととかほざいたらしい。それで、ワナを仕掛けようという話になって……」


 なるほど、ルドベキアは離縁の方向でスウィフト家の領地へ引っ込んだ。ところがランドルフは納得せず、療養中の身でありながら、抗議の意味で家出したとの噂が流される。

 家出などではなくウエスト家の領地に移送されただけなのだが、体調が悪化して「危篤状態に陥った」の知らせで、ルドベキアは大慌てでウエスト家の領地へ向かったという筋書きだ。


 要は、囮だった。


 動かないお嬢様の尻尾を掴むために、義父に利用されたのだ。息子も息子なら父親も父親、全くもって嫌になる。が、ルドベキアは腹を決めていた。


 ウエスト家の領地直前で死から生還した時に、スウィフト家の領地に新種の薬草が広がっている光景が、確かに馬車のドアの向こうに見えたのだ。

 そこへ繋がる、真っ直ぐに伸びた一本の道筋さえも。


「他に打つ手もみつからず、時間だけが経過し、あなたの体調も悪化して……やむを得ずですか」

「ああ」


 やはりガーフィールド公爵家の地位・権力・金・人脈の力は、想像以上に強大だ。こちらに一切の手出しをさせないようにするには、やはりそれなりの方策が必要になる。


「お前が出て行ってから、どんどん具合が悪くなった。俺がまた眠り続けたら、ウエスト家とスウィフト家は助かる。ただ、父親が手を尽くしてくれているのも、母親の様子がおかしいのも、俺に生きて欲しいからだ。お前は……俺が死んだ方が都合がいいか?」


 ランドルフを生かす手立てを知れば、ウエスト家は解毒剤という存在を絶対に手放さない。それなら頼りにならない夫と義母の顔色を窺うことなく、これからはルドベキア自身が義父の信頼を得て、婚家の力を掌握する方向へ考えを転換すべきだろう。


 部屋のドアがノックされ、伯爵がこちらに向かっているとの報告が入る。

 ルドベキアは家政を取り仕切るべく、席から腰を浮かせた。


「ランドルフ様。お義父様と三人で大切なお話をいたしますので、そのおつもりでいらして下さい」

「大切な話?」

「あなた様の唇が、穢れているお話です」


 ランドルフと傍にいた世話役の使用人夫婦が、怪訝な顔でルドベキアを見た。


「名家の嫡男のあなた様の唇は、散々美味なものを口にし、周囲に我儘気ままを吐き散らしたことですっかり穢れていたのです。その穢れは、何の落ち度もない私やスウィフト家にまで害を成しました。スウィフト家は困窮し、私は母親を心労の末に亡くし。それでも花嫁となった私の唇があなた様の穢れた唇を浄めたからこそ、あなた様は過去の罪から解き放たれたのです」


 察しの悪いランドルフのことだ、理解できないに違いない。


「ところが恩人の私を大切に扱うどころか、外から女を引き入れ、さらに暴言や乱暴な振る舞いの数々。浄めたはずのあなた様の唇は、腐り落ちる寸前だったのです。ですが今回も、私が浄化したことで新生がもたらされました。今後はもう少し態度を改めていただかないと、どうなることやら……」


 懲らしめだ。


 宗教的な比喩を用いているのであんぽんたんには意味不明だろうが、要はアンタが全部悪い、アンタのせいで酷い目に遭ったのに広い心で助けてやったのだとの断罪だ。

 事実妻となった女に口づけられる度に体調が改善するのだから、ランドルフは反論の余地などないのではないか。


 訝し気な表情を浮かべるランドルフの世話を使用人夫婦に任せて、ルドベキアはさっさと部屋を出ていくことにした。


あと8話で完結、これまでいそうでいなかったヒロインと

いそうでいなかったヒーローが、苦難を乗り越えながら幸せになっていきます。

最後まで見届けてやって下さいませ。

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