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第30話 花婿からの最後の大きな試練です

 生まれて初めてのルドベキアの旅は、途中の宿屋でようやく身体を伸ばすだけの、荒行に耐えろと言わんばかりの強行軍となった。食事や休憩もロクに取らず、ただただ先を急ぐのみ。


 天候に恵まれたことだけが救いで、これで雨風にさらされていれば、劣悪極まりない修行の旅となっていた。


 ──恵みの源である神よ、主は約束を違えず実らせて下さいます


 ──必ず、必ず与えて下さると信じています。アーメン


 この旅路は想像を遥かに超えた難行だが、必ずランドルフを救うという使命を達成しなければならない。

 これはまさに、忍耐の心を得るための道のりなのだ。


 そんな風にでも考えないとやってられないぞ、こんちくしょー! 


 苦しみ、悩み、学び、働き、涙を流すごとに人は成長する、と礼拝で説教されるがあれは『人を酷使するための嘘』だ。疫病神と関われば、ただただ傷つくだけだ。


 この旅で真理の世界と通じたルドベキアは、『心の成長』という単語がどれだけ胡散臭いかを悟った。物事の本質に疑問があれば、答えが出るまで徹底的に追求する学者気質が仇となってしまった。

 カタカタカタカタ揺れる馬車内で、ルドベキアは大層ご立腹であった。


 そして、馬車の中で過ごし続けての3日目の朝。


 ウエスト家の領地はもう目前となっていたが、40手前のグレタの身体が悲鳴を上げた。長距離移動の無理が祟ったのだろう。

 顔色が優れないだけでなく、座っているだけでも辛そうな様子になった。


 それならと警護の者の馬に相乗りして一人先を急ごうとルドベキアに、グレタは一緒に行くと頑として譲らない。


 グレタに限らず御者を務める者も、他の護衛の者達も、ここまで励まし合いながら道中の苦痛を乗り越えてきた。


 誰ひとり欠けずにウエスト家の領地の屋敷に辿り着こう、と思いは一つだ。


「もうひと頑張り、お願いします」


 皆に労いの言葉を口にして、ルドベキアは気を引き締めた。これだけ無理を重ねたのだから、ランドルフには何としても元気になってもらわなければ。

 どれほど具合が悪かろうと、ルドベキアの立てた仮説が正しければ、助けることができるはずなのだ。


 快気祝いは、必ず磔刑(たっけい)に処してやる!


 3日も旅を続けたというのに、商業地に立ち寄ることもできずに淡々と通り過ぎるのみ。ご当地の人気料理も食せず、特産品の土産も買えず、旅の醍醐味などつゆほども感じられない。


 馬車の窓から見える、片田舎の耕作地の沈みゆく夕日が唯一の娯楽。


 あとはもう予期せぬハプニングやトラブルにでも期待するしかないような、何の面白みもない、ただただ腹立たしいだけの旅をルドベキアは耐え続けていた。



 *



「盗賊です! 馬車の中で身体を伏せて下さい!!」


 御者の叫び声と同時に馬に鞭が入る音が聞こえ、一気に馬車のスピードが上がった。さらに遠くから、激しい蹄の音が近づいて来る。


 ルドベキアとグレタは慌てて頭を抱えて伏せるような姿勢を取ったが、車内は大きく傾いた。

 二人が乗る馬車の後方では、護衛の者と盗賊が争っているらしく、剣が打ち当たる金属音や、馬の鳴き声、ドオンという何かがぶつかり合う轟音が響いている。


 ルドベキアは全身に鳥肌が立ち、猛烈に嫌な予感がした。


 そこらへんの暴漢なんかであるはずがないだろうと、ブルブル震え上がってしまう。予期せぬハプニングやトラブルなど、期待するべきではなかった。

 もう間もなくウエスト家の領地、という絶妙のタイミングで待ち構えたように襲われたのは、お嬢様が「やはり、二人は別れるつもりはなかったのね!」と手を回したに決まっているではないか。


 鼓膜を破るような連続音と、馬車の不規則な振動が増していく。


 神よ、どうかこのまま見逃してほしいです。

 全くランドルフに係ると、碌な目に遭いません。


 まだ死にたくない、とルドベキアは心の中で反芻し続けた。

 心臓もバクバクと爆発しそうに波打っている。


 神はどうして、これほどまでの試練をお与えになるのだろうか。

 実家のために儲かる薬草を探したかった、確実に栽培できる方法を手に入れたかった、という一心でここまで来たのだ。ルドベキアはとてもじゃないがこのような道半ばで、疫病神に食い尽くされて死ぬのは嫌だった。


 死にそうになっている今だからこそ、痛感する。


 大学大学としか連呼しなかったが、もっと別の選択肢はなかったのか。自分で決めた婚姻だから、利用できるものは何でも利用すると息巻いていたが、自分にそこまでの覚悟があったのか。儲かる薬草を探し、確実に栽培できる方法を手にし、ついでにガーフィールド家をギャフンと言わせるにはどうすればよかったのか。


 いや、無理でしょ。


 ウエスト家が全ておじゃんにしてくれたし、神が与えたもうた夫のランドルフなど、どう損得勘定しようと所詮は疫病神ではないか。

 それより何より神様だ、信仰に熱心じゃないから罰を与えたのか!? ひどいじゃないか、死にたくないぃ!!ひいいいいぃ……ルドベキアは恐怖で声は出せないものの、心の中で悪態を吐き続けた。


 ドスン、ガタン、ゴンガン、延々と続く物音にビクリ、ビクリと寒気立つ。


 おお神よ、命だけはお助け下さい。助けて下さるなら、どんな試練もなるべく文句を言わないように耐え抜きます。

 これまで慎ましやかに生きてきました、伯爵令嬢なのに青カビパンで頑張ってきたのですよ。


 夫を与えて下さるなら、もっと武器になるような夫がよかったです。不遇な人生に立ち向かうための武器希望です。幸せを掴むための武器をお与え下さい。


 ウエスト家もランドルフも足枷でしかありませんので、我が人生は悔いだらけです。こんなことになるなら、待遇に目が眩んでうっかり婚姻を承諾することなく、もっと別の人生を選択すればよかったですぅ! と、ルドベキアは全身の力を振り絞って神に祈りを捧げた。


 いよいよ馬車が横倒しになるのではというぐらいの衝撃が起凝った瞬間、ルドベキアから全ての音が遠のいていった。人は死の直前『意識障害』や『認知機能の低下』を引き起こす、と書かれてあったのは薬物誌だったか。


 このまま死ぬなら、最後の晩餐にウエスト家の白パンを食べたかった。


 程なく馬車の速度が緩み、やがて停止した。

 ルドベキアは恐る恐る顔を上げ、頭を抱えていた腕をそっと解いた。


 長い沈黙の後にドアが開き、護衛に就いてくれていた男から、怯えるルドベキアとグレタに「もう大丈夫ですよ」と穏やかな声が掛けられた。


 同時に開いた馬車のドアの向こうから差し込んできた日差しが、ルドベキアには希望の光に見えたのだった。たまたま、ドア方向に太陽があっただけの偶然だが、それでもルドベキアにとっては人生観が大きく変わった瞬間でもあった。


 ──神が与えた試練を武器に変える


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