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第28話 仮死状態から花婿を救った方法とは

 スウィフト家の領地に着くとルドベキアは直ぐさま、あちこち傷んだ屋敷の自室で、ジェフから手に入れた資料に目を通した。スウィフト家に保管されている参考書をひっくり返し、様々な角度からその内容を精査する。



 *



『この国で忘れた頃に流行する死に至る熱病は、治るのではないか』


 王宮の薬剤研究所で行われていた、それまで有効な治療方法が確立されていなかった、熱病の治療薬に関する研究記録によると。


 一旦広まってしまうと手の打ちようのない熱病のはずが、貧民街に住む一部の罹患者に、死を迎えず奇跡的に完治したという事例が発生したとあった。

 偶然一人というわけではなく、十数人が生きながらえたのだ。


 その事例に驚いたこの国の為政者は、熱病の流行が収まると、すぐにその件を調査した。治癒した者達への聞き取り調査、闘病時の暮らしぶりの再現、など様々な検証も行わせた。


 熱病が完治した原因が詳らかになれば、この国の大変な財産となるからだ。


 当初はそんなバカなと考えられていたが、どうやら貧民街の住人が食べたごった煮のようなものが、治療薬となったのではないかと目星がつけられた。

 それはパンと野菜の端材と野草を煮詰めた、しかも放置されて青カビが生えた『大よそ人が食べるものとは思えない代物』だった。


 さすがに違うだろう。熱病が完治した原因は他にあるのではないかと、一旦その事象は手放されることになった。

 ところが数年後に熱病が流行ると、またその貧民街に住む住民達だけが死を免れたのだ。


 ようやくこの国は、『大よそ人が食べるものとは思えない代物』が薬であったことを受け入れるに至った。


 王宮に専門の研究室を発足させて真相究明に当たらせるも、成果は一向に出ず。何千回、何万回、当時と同じ材料を使っての実験が繰り返されたが、貧民街で起こった奇跡は再現できず。

 しかも一度目の熱病の流行時には『大よそ人が食べるものとは思えない代物』が有効だった可能性が高いが、以降は特段の理由もなく、その貧民街に住む住人達だけがどんな病も重篤化しないという。


 それは実に不思議な現象だった。


 10年以上続けられた研究は、発起人が亡くなったことで打ち切られ、忘れ去られることになった。そんな研究をしていたこともあったな、という記述だけがこの国の薬剤研究の歴史に刻まれた。


 ルドベキアはこの資料で、ある答えを導き出した。

 貧民街で起きた奇跡が、現在まぎれもなく起こっているのではないかと。


 貴族の令嬢ではありえない、カビが生えたパンと芋と庭に生えたハーブを、スウィフト家の朝食で意地汚く摂取し続けた結果。

 突拍子もないことだが、自身の体内で解毒剤が合成され製造されたのでは、とやや強引に結論づけた。


 貧民街で起こった経緯を丁寧に辿れば、思い当たる節が多かった。

 最初に解毒剤が生まれたのは神のなせる技として、以降は人を介して解毒剤は広まったのではないか。


 ルドベキアが体内に同様の解毒剤を宿していると仮定するなら、ランドルフには口づけで移行した。

 おそらく()()だろう、血液でも同様の効果が得られるかもしれない。


 ランドルフを救ったのは、愛の力などではなくルドベキアの唾液の効能だ。


 そう考えると、ルドベキアの唾液は莫大な金を生み出すことになる。

 佳話では済まず、これが表に出れば、この国どころか他国もルドベキアの唾液を欲しがるはず。下手をすれば、生体実験の危機に晒されてしまう。


 これは誰にも話してはいけない、命に係わる事案だ。


 沈黙を守り、このまま極端に病弱な夫の存在はなかったことにし、スウィフト家の領地でのんびり暮らそう。いっそ何もかも気のせいだったで忘れよう。

 そうしよう、とルドベキアは決意する。


 ところが疫病神からの御神託だ。


「ランドルフ様の体調が思わしくないようです。全身に原因不明の発疹が出たとのことで、ウエスト家の方々も大変心配されて、ルドベキア様に励ましのお手紙の催促が届いております」


 グレタは定期的にランドルフの世話役の使用人夫婦と、連絡を取り合っている。ルドベキアはというと、スウィフト家に出戻ってすでに1か月になるが、ランドルフには一度も便りを送っていなかった。

 あちらからも来ないのだから、お互い様のはずだった。


 それよりも、こんな時に嫌な報告を寄越さないでほしい。

 もう離縁でいいではないか。


 ウエスト家で『夫婦の営み』を強要されたが、ルドベキアは貴族の令嬢として、お相手の家の子を残す責務については理解していた。だからこそ、我慢もした。


 それなのに頭のレベルが13歳の20歳の夫に、好かれている可能性の目が出てしまった。義務の『夫婦の営み』は、急に生々しい男女の行為の『同衾』に看板がかけ替えられてしまった。

 夫婦だからではなく、子供が好きなお姉さんと『同衾』したい、では犯罪行為に加担するようなものではないか。


 ルドベキアとすれば解毒剤のこともあるので、このままスウィフト家に引きこもりたかった。


「あちらは金持ちで二人の専属使用人を四六時中侍らせているのよ、何かあれば代筆を頼めるでしょう。私にだけ手紙を書けって言われてもねぇ」


 婚姻後にいきなり仮死状態から復活されて驚愕したものの、ランドルフとはそれなりに上手くやっていくつもりだった。


 ところがあの初夜だ。


 ウエスト家にはウエスト家の事情があり、夫は病人で心も幼いのだから、手紙の一つも送ろうかとルドベキアも考えた。

 それでも生まれ育ったスウィフト家の領地で緊張を解いて肩の荷を下ろしてしまうと、真っ黒な感情を真っ白、もしくはごまかして灰色になどできなくなっていた。


 ランドルフ様がおモテになるせいで、災難が降りかかった。

 ランドルフ様が目覚めたせいで、大学に進学できなくなった。

 ランドルフ様が健康を取り戻したせいで、本当の妻にならざるを得なかった。

 ランドルフ様のせいで、より一層大災が襲いかかる。


 妻に好きだと言わず、名前も呼ばず、他の女と『同衾』できる男に、どうして下手に出て優しくしなければならない。


 ランドルフの体調は気になるものの、知らない女と同等扱いするような男だ。

 もう、放っておけばいいではないか。


 家族から『人の心を忘れた変わり種』と揶揄されるしっかり者の超現実主義者だが、ルドベキアはまだ18歳だった。優しく面倒見がいい気質だからこそ、ランドルフにも同じものを返してもらいたかったのだろう。


 ──他人の自発的行為を期待しても、大概は裏切られると思うべき


注:抗体医薬とか抗生物質なんて簡単には作れないので、カビが生えたパンはくれぐれも処分しましょう。

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