第27話 花婿と偽装離縁になるようです
母親に欲しいと思ったものは、何としても手に入れなさい、と言われて育ったからといって軍から薬物を持ち出す。しかも生涯の伴侶にと望む唯一無二の相手に、その毒の効能を知りながら使う狂気。
この世には良心を持たない人間が存在するというが、お嬢様はそういった類の人種か、とルドベキアは信じ難い気持ちになった。
「ランドルちゃんは元気になったじゃない、毒じゃないわよね?」
ウエスト夫人はベッドで身体を起していたランドルフを、ぎゅうぎゅう抱擁しながら泣き出した。そのような恐ろしい女をウエスト家に受け入れたくない、で母息子の意思はまとまったようだ。
「軍の薬物を持ち出したのなら、何年過ぎようと、どのような手段を使ってでも調べさせる。必ず証拠を探す」
ウエスト伯爵は力強く断言した。そしてルドベキアには、よく話してくれたと礼が述べられた。
「他の男との再婚を脅されていたとは、とんでもない話だ。ランドルフの身に降りかかった災難では、何の手がかりもなく手の打ちようがなかった。だがこれからは、公爵家に勝手な真似はさせない。どんな些細なことでも構わない、知っていることがあれば包み隠さず教えてほしい」
軍が手にしている薬物の効き目は、想像以上に強力なのだ。ランドルフの意識は戻った、だからもう大丈夫、とは伯爵は考えていない。
ルドベキアが知り得た知識では、その粉は使用用途は幅広いものの、治す薬が存在しなかった。伯爵が思い浮かべている軍の薬物にも、解毒剤がないのだろう。
7年間も苦しんだ人達に向かって、ランドルフの未来には不安が残るとは口にできない。使用されている成分は主に魚毒と書物にはあったが、それも確たる証拠はない。何が元になっているかが分からないから、治す薬が作れない、とはルドベキアには言えなかった。
「スウィフト家が点眼薬のために栽培しているベラドンナですら、強い毒性があります。間違って食べると、死に至ることもあるのです。公爵家が栽培を許されているダチュラなどは、軍で洗脳や自白剤として使用する強力な有毒性植物だと聞いております。そのようなものに囲まれていれば感覚がマヒしてしまい、7年前よりさらに恐ろしい薬剤を使用する可能性もあるのではないでしょうか」
ルドベキアの指摘に、伯爵以外の皆が震え上がる。
「劇薬に関する情報は、私などより遥かに伯爵様がお持ちでしょう。どうか、お嬢様の暴走を止める証拠を確保して下さい」
「少し時間をもらいたい。色々と手を使って進めるが、持ち出された軍の薬物に関しては、さすがに7年が経過しているのですぐにとはいかない。屋敷の内通者の件は、二度と今回のようなことが起こらないよう手は打つ。そちらは、安心するように」
ただヘインズ子爵家の二男との話を、ルドベキアはどう捉えているのか? と伯爵に問われた。ジェフは友人が最も適切な表現で、再婚については……今更感が否めず無茶を言うなといったところだ。
「縁戚の叔父様……いえ、縁戚のお兄様になってほしい存在といった感じでしょうか。二人共実家の力が皆無ですので、生涯不名誉な噂に悩まされながら公爵家に跪くことになるのも仕方がないと、渋々覚悟をするような仲でもありますか」
ルドベキアの「縁戚のお兄様になってほしい」発言には驚いたようだが、その口ぶりには後ろ暗さが感じられなかったので、二人は白だと一同は納得したようだった。
「分かった。これ以上ウエスト家の者に被害が及ばないよう、力を尽くそう。ところでランドルフ、大事なことを聞いておく。身体の調子はどうなんだ?」
伯爵の質問に、部屋の中にいた全ての者が息を詰めた。誰もが、安心できるランドルフの返答を待ち望む。
「目が覚めてからずっと調子はよかった。さすがにここ最近は色々忙しかったから、正直言って具合はよくない」
「急ぎ過ぎた、頑張り過ぎて身体が悲鳴を上げたのでは、って先生が仰ったの。夫婦の寝室も分けることにしたわ。嫡男作りは1年ぐらい封印して、リハビリ・勉強・社交性を広げるを優先しましょうね。夜のことは、もう無理しなくていいの」
「ええっ!?」
「嫡男、嫡男って、二度と言わないから安心して」
「…………」
ウエスト夫人の横槍で、すっかり話が逸れてしまったが。
これまでルドベキアは、誰も扱ったことのない、解毒作用を含む薬草を探していた。それを見つけて育てる方法が得られれば、スウィフト家は安泰になると躍起になっていた。
今回『人の意思を奪い奴隷とする毒』というものに辿り着き、治す薬はないことを知った。それではせっかく改善したランドルフの健康状態が、いつまた悪化するとも限らない。
これからはランドルフの体調をより万全なものにするためにも、ルドベキアは解毒剤を探したいと思っている。
そしてランドルフが目を覚ましたのは偶然などではなく、やはり何かが作用したからではないのだろうか。それは7年ぶりに二人が接触したこと以外、ルドベキアには考えつかなかった。
頭の中で点で考えていることを線に繋げるためにも虱潰しに当たってみたいが、もう大学の図書館には近づくことはできない。専門書を手に入れる別の方法があるだろうかと、ルドベキアは懸命に思考する。
そうだ、ジェフから手渡されたカビに関する資料をまだ読んでいない。やけに分厚い資料だったので、何かに繋がる重要なヒントが書かれていることを期待したいが。カビ……
カビだったのではないか!
ルドベキアの数々の疑問が、確信に変わる。
「現状況は理解した。今は差し迫った、ルドベキアの身の安全の確保を優先させる。暫くスウィフト家に戻ってくれるか?」
ところが重要な仮説に辿り着いたルドベキアに、ウエスト伯爵から実家に戻れという指示が出てしまう。
*
ウエスト伯爵がガーフィールド公爵家を調べている間、ルドベキアに危険が生じないよう偽装離縁が決定した。
「ウエスト家の嫡男の体調が突然悪化したので、花嫁は実家に返されたそうだ」
「そのまま離縁かもしれないな」
という、恣意的な噂が流される。
噂の信ぴょう性を高めるために、ランドルフはしばらく病気療養という名目で、ウエスト家の屋敷で日々を過ごす。ルドベキアはグレタを伴い、実際にスウィフト家の領地へ旅立つことで辻褄を合わせる。
つい最近大々的な婚姻のお披露目を行いながら、ルドベキアには『もう離縁されそうな女』のレッテルが貼られてしまうのだ。
身は守られるが、名誉は一体どうなるのか。
公爵家の悪事の証拠など、そう簡単には見つからないだろう。
長期戦覚悟でウエスト家を出るに当たり、夫婦の寝室も使用禁止になってしまった。偽装離縁が決まった日の夜も、出発の日の朝も、ルドベキアは自室で一人粛々と時を過ごした。
出発直前になってようやく、夫婦の寝室を挟んだ向こう側にあるランドルフの部屋を訪れた。そして名実ともに夫だった男の掌に、小さな瓶を乗せる。
「こちらのお庭に植えられている、ピンクの薔薇のジャムです。紅茶に入れるために作ったのですが、置いていきますね」
「分かった」
暇乞いの口づけは止めておいた。
好きな相手をいたぶる趣味を持つおかしな花婿だったが、花嫁としては見限るように出て行くのはそれなりに辛かったからだ。




