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第24話 花婿を助けるために、酷い目に遭いました

 熱で苦しんでいたランドルフの身体を拭いたり、食事の世話をしたり、は世話役の使用人夫婦が行う。ルドベキアはせいぜい、額や首元に冷たいタオルを当てたり、乱れた毛布の端を引っ張り上げてやったりするぐらいだ。


 虚ろとはいえ世話を焼かれることを嫌がるかと思いきや、ランドルフは大人しくされるがままになっていた。


「明日には起き上がれる。大学の図書館に行ってもいいぞ」

「ええっ!?」

「何でそんなに驚くんだ、行きたくないならここにいろ」


 熱が微熱程度にまで下がると、ランドルフの声は以前のちょっと拗ねたり照れたりの、可愛い感じのランドルちゃんに戻っていた。それはそれで微妙だったが、ルドベキアのこれまで飲み込んできた思いは、堰を切ったように溢れ出てしまう。


「行きます! カビの話もですが、至急調べたいことがあるのです。グレタを伴って出かけますが、後で文句を言わないで下さいね」

「カビに興味があるって、本当なのか」

「言うに及ばず。では、世話役の使用人夫婦に声を掛けて外出しますね!」


 至急馬車を用意してもらい、グレタと大急ぎで大学の図書館へと向かった。

 一度も振り返ることなく屋敷を飛び出してしまい、馬車が動き出したところでようやく、仮にも病明けの夫に対して淡泊過ぎたか? とルドベキアは反省した。


 ウエスト伯爵との話し合いの場では、ランドルフにもお嬢様からの提案を聞いてもらうつもりでいた。そのためにも、今優先すべきは図書館だ。


 カビの研究とジェフとの間に持ち上がっている再婚話も気に掛かるが、ルドベキアの現在の最大の懸念は、7年前にランドルフの具合が公爵家から帰った後に悪くなった点だった。


 仮死状態になった原因は、結局分からなかったと聞いている。しかしながら自らの欲望のためなら手段を選ばないお嬢様に、何かの薬を飲まされた、とは考えられないだろうか?


 病気などではなかった、ということだ。


 毒を飲ませてランドルフが死ねば元も子ないので、ルドベキアの憶測が正しいとは限らない。それでもガーフィールド公爵家は貴重な薬草の栽培を独占しているのだし、お嬢様の父親は王弟に当たる方だ。

 王家や軍が使う怪しげな薬品を、盗み出して使用できる可能性はあるだろう。その辺りは、ウエスト伯爵が調べただろうが。


 図書館に到着すると、ルドベキアはまずグレタを付添人として入館させる申請を行った。続いて、王家や軍が管理する禁止薬物に関する書物を見たいと管理担当者に頼むが、閲覧禁止で許可できないと断られてしまう。

 強力なツテもない貴族の令嬢ルドベキアには、許されるはずもなかった。


 そちらは諦めて一般の禁止薬物書から、変わった案件を探すことにする。

 グレタにも手伝うよう頼んだが、さすがに無理だと断られた。


「ランドルフ様はご病気ではなく、お薬による後遺症のようなものだったとお考えなのですか?」

「分からない、でも知りたいの。それまで健康だった人間が急に意識をなくして7年も過ぎたというのに、また突然目を覚ますだなんて。偶然……ましてや愛の力だからでは片づけられないでしょう?」

「何はともあれ、お手伝いできず申し訳ありません。ルドベキア様」


 懸命に本のページをめくって調べ物をするルドベキアのために、グレタは見終わった本の返却を、黙々とこなしてくれた。重く分厚い専門書の片づけは骨が折れるだろうに、何度も奥の本棚まで往復させてしまった。


 そこへ、ルドベキアの友人ジェフ・ヘインズが現れる。


「お嬢様が、お前がここにいるから会いに行けと命令してきた。ついでにカビの資料を持って来てやったぞ」

「私がここにいることを、どうやって知ったの? ウエスト家の中の事情は、ガーフィールド公爵家に筒抜けってこと? 使用人が買収されてるのかしら」


 今日の昼過ぎにランドルフが突然「図書館に行ってもいいぞ」と言い出し、急に決まった外出だった。それがたった数時間後には、ガーフィールド公爵家経由でジェフが寄越されている。


「それより何を探し回ってる?」

「毒に関するもの。私は詳しくはないけれど、王家や軍では自白剤とか幻覚剤みたいなものを使用するのでしょう? 何でもいいの、人の身体の自由を奪う薬剤みたいなものがないかを知りたいの」

「ふーん、興味あるから俺も探してやろう」


 便利屋さん的な親戚の叔父さんは、いつもこんな調子だ。知的好奇心を満たすことを優先し、興味が湧けば労を惜しまず何にでも首を突っ込む。そして結果を出し、それをまた己の糧とする。


「ジェフあなた今、何をしているの? 仕事は?」

「文官の下っ端で、毎日こき使われてるさ。だが公爵家から仕事を頼まれたと言えば、いつでも抜けることが許される」


 ウエスト家の中の事情もズブズブだが、王宮で働く者達ともズブズブなのか。

 ガーフィールド公爵家が持つ強大な権力は、やはりウエスト家を遥かに凌ぐということだ。


 その事実はルドベキアの心に、さらに楔を打ち込んだ。


 ジェフと二人で端から調べても、なかなか目当てのものはみつからない。専門書を取り揃えた大学の図書館で、たった半日程度で探し出せるものでもなかった。そもそも目的の本があるかすら分からない。


 ではまた後日にしようにも、こうしてジェフがやって来たということは、ルドベキアに早く決断しろとのお嬢様からの催促のはず。


 焦り、時間だけが過ぎていく。


「お探しのものは、好きな男の方を惚れさせる魔女の媚薬ではないでしょうか。長く眠る運命の相手をキスで目覚めさせるような惚れ薬、とでも申し上げるのか」


 よほど手持ち無沙汰だったのだろう、グレタがおかしなことを言い出した。普段は地に足を着けた発言しかしないというのに。


「いえ、案外お薬などではなく、呪いとか呪術の類ではないかと思ったものですから」

「ああ、ちょっと待ってくれ……叔父に昔聞いたことがある。そうか、他国の呪術だ!」


 ジェフが何かを思い出したのか、椅子から立ち上っていきなり走り出した。

 慌ててそれを、ルドベキアとグレタで追いかける。


 閲覧場から部屋の奥まで整然と並んでいる本棚へと急ぎ、側板に示す棚見出しを順に探し回って、ようやく目的地へと辿り着く。


 ジェフが目当ての書物を探し当て、ルドベキアもそれがどういったものなのか覗き込もうとした、その時だった。本棚が大きく揺れ、三人の頭上から収められていた全ての本が崩れ落ちてきた。


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