表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/42

第23話 花婿倒れる

 姉達との昼食会は、ルドベキアにとって案外楽しい時間となった。


 残念ながらウエスト伯爵は出かけてしまったが、夫人と二人の姉が非常に饒舌で、場は大いに盛り上がりを見せていた。ランドルフですら三人の話を聞きながら、ほんの少しとはいえ顔には笑顔を浮かべている。


 食卓に飾られたピンクの薔薇も団らんに彩りを添えたが、ランドルフはそれに見向きもしないので、やはり『ピンクの薔薇は二人の出会いの記念』という説は信用ならなかった。


「今度は旦那様と子供達も連れて来て、ゆっくり滞在しなさい」

「勿論よ。辺境で何もない所だけど、ランドルとルドベキアさんにも、一度来てもらいたいわ」


 ウエスト夫人は上の姉の誘いを耳にし、そうね旅行もいいわねと言い出した。自分とランドルフとルドベキアの三人で、すぐにでも出かけたそうな口ぶりだ。


 ルドベキアは母息子で行けばいいのにと思ったが、黙っておくことにした。


「ランドルはこれからもっと色々な人と接して、7年分の遅れを取り戻しなさい。屋敷内で家族と使用人と、たまに来る医者と家庭教師としか話さないなんてダメ」

「社交界にどんどん顔を出して、同じ年頃の人達とも交流しないと」


 二人の姉は励ましの意味で口にしているのだろうが、ランドルフは目覚めてまだ3か月だ。全くの寝たきり状態からもう杖での歩行ができるようになっているとはいえ、スパルタが過ぎないか。

 これまでの3か月の道のりを知らないからにしても、婚姻のお披露目はもう終わった、次は20歳の青年並みの嗜みをと、せっかち過ぎだろう。


 ランドルフと接していると、ルドベキアはとても自分より年上だとは思えないのだ。見た目だけでなく、やはり言動が幼く感じる。

 4つ年下の双子の妹達と、精神年齢が大差ないような気がしていた。


 本人が意図しているのか、根っからなのかは分からないが。口数が少ないから、今回の婚姻のお披露目で招待客に不審がられなかっただけだ。このまま社交界に飛び出して、適応できるかは甚だ疑問だった。



 *



「せっかく初恋の令嬢を花嫁に迎えたのだから、仲良くね!」

「夫婦は会話が大切よ、頑張りなさい!」


 もうあと数日滞在できれば忙しいウエスト伯爵も喜ぶだろうが、やはりその日の夕刻には、二人の姉は同じ馬車に乗り込んだ。

 上の姉は今夜は王都の妹の婚家で過ごし、明日の朝辺境の地に出発する。妹の嫁ぎ先は夫の母親がキツイ人らしいが行くのか、すごいな、とルドベキアは感心しきりだ。


 いつか双子の妹達に新しい家族ができたら、妹達のために相手の家と係るのだろうか。スウィフト家はルドベキアが母親代りだから、上の姉のように行動する日が訪れるかもしれない。

 まだまだ先の話だが。


 久方ぶりの家族との再会を終え、二人の姉は出発した。


 その夜ルドベキアはウエスト伯爵に、お嬢様の提案を相談してみるつもりでいた。ところが早々に、お嬢様からランドルフへ、チョコレートが入った小箱とお手製の刺繍入りのクラバットが届いてしまった。


 それを見たランドルフが、小刻みに震え出す。


 この3か月間懸命に走り続けた、その代償だったのだろう。

 無理が祟ったランドルフはついに倒れ、その後急激な発熱で寝込んでしまうことになった。



 *



「婚姻のお披露目も終わりホッとされたのでしょう」


 二人の姉が帰った次の日になっても、医者から処方された薬は効かず、ランドルフの高熱は一向に下がらなかった。ベッドに寝かされて苦しげにしている姿を横目に、ルドベキアは眉をひそめていた。


「急ぎ過ぎました。ご本人の頑張りで結果は出ていましたが、やはりお身体は悲鳴を上げていたのでしょう」

「ごめんなさいランドルちゃん、お勉強だ、ダンスだ、って無理ばかり言ったわ!」


 ウエスト夫人の言動が、また壊れてしまった。息子の不調と、どうやら連動しているらしい。


「ルドベキアちゃん、看病してあげてね。ランドルちゃん喜ぶから」

「世話役の二人に手伝ってもらい、致しますので」


 すっかり萎れてしまった夫人の手を握って、ルドベキアはやれやれと思いながらも慰めた。


 さすがにここで夫人に倒れられては困るのだ。厄介事と悩み事満載のルドベキアとしては、とにかく懸念材料を少しずつでも片づけていくしかない。

 まずは夫人の前で、最も潰しておきたい案件を医者に尋ねてみた。


「正直申し上げて、同衾も早過ぎたのではないでしょうか。その……男の人として機能しても、心は13歳。それなのに元気になったから子を作れと、相当追いつめられたはずです。週に一度の同衾では、苦心して頑張っているという感じでしたので。具合が悪いのか、その……いつも、く、苦しそうにされて」


 初夜で躓きルドベキアが完全にへそを曲げ、関係性が悪化していることは伏せておく。熱に苦しむランドルフの悪魔っぷりを公表することは、死者に鞭打つ行為のように思えたからだ。


「ランドルフ様を精神的に苦しめる同衾を、1、2年先に延ばせませんか? 健康を取り戻すためのリハビリ、実年齢の20歳の青年と同等の教養とマナーの勉強、社交性を広げるために夜会などに出向いて、さらに同衾では心が壊れてしまいます」


 初恋の相手らしき人間をじわじわ責め立てる性癖があるようなので、お嬢様問題が片づくまでは、ルドベキアはランドルフとの同衾は控えたかったのだ。


「お子様作りを推奨したのは時期早尚でしたか。半年先か、1年後、ランドルフ様がもっと精神的に大人になるまで待ちましょう。リハビリと勉強と社交性を広げるペースも落としましょう。ご本人が限界を超えて頑張られておられたのを、医者である私がお止めして、ご家族に気長に待ってあげてほしいと申し上げるべきでした」

「いいえ、7年も待てたのに。ランドルフが目を覚ましたら、さあ今までの遅れを取り戻さなくてはと、気持ちが焦ってしまいました。本人の将来のためにと言いながら、自分の欲を満たしたいだけだったのかもしれません」


 医者も反省し、夫人も詫びる。言葉使いが戻っているので、夫人は気持ちを立て直せたのだろうか。


 よくよく考えてみると、18歳の娘が13歳の少年と同衾していたようなもので、神が定めた道徳から外れた行為だったのではないか。

 やる気満々だったのはランドルフの方だが、同意の上で行われたことを差し引いたとしても、不適切な関係だったと断言できた。


「ご本人は20歳の青年貴族としての責任感から、できないとは仰れないでしょう。いざとなったら私が頑張ることで子を得るというお話は、やはり無茶があると思うのです。大人の女性だと社会からも認められている私が、心は13歳の少年を組み敷いて痛めつけるような行為でもありますし」


 ルドベキアが漏らすと、医者と夫人は絶句した。


「そうねっ! ランドルちゃんが元気になったら隣の自室で休ませます。夫婦の寝室は封鎖して、リハビリと勉強と社交性を優先しましょう」

「うーん、確かに寝室を分けた方がよく眠れて疲れも取れますか。そうですね『新しい生活様式』に変えましょう」


 夫人も決意し、医者も賛同する。

 ルドベキアはほっとしたが、夫人の口調がまた乱れてしまった。息子の具合が悪くなると、夫人の様子がおかしくなるのは確定だ。

 取扱いには、細心の注意が必要ということだ。


 昨夜はウエスト伯爵が帰宅せず、懸案を相談できなかった。ランドルフが不調のままでは今夜も無理、あまりお嬢様問題を先延ばしにはできないのだが。


 ベッドの傍らに椅子を置いてぼんやりしているのが看病とも思えず、ルドベキアが立ち上がって枕元から離れようとすると、ランドルフが手首を掴んで引き戻す。意識があるのかないのかは分からないが、手を繋ごうとするのでぎゅっと握ってやった。


 ──相手をいたぶる嗜好、のような腐った性根は直らない


 お嬢様からまた、プレゼントが届く。今度は花と手紙だが、さすがに誰にとっても精神的によくないので、ルドベキアが家令に対応を指示しておいた。

 本人は今体調を崩しているから家の者が代理で礼を述べた、という形にでもしておかないと、どんな報復に出てくるか分からないからだ。


 結局、ランドルフの熱は3日間下がることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ