第22話 花婿のずっと好きだったは伝わっていません
お嬢様はよほどランドルフがお好きらしいが、一度一緒に過ごしてみるといい。
どれだけ扱いにくい男かを、思い知ることになるだろう。
7年前もつきまとい行為を繰り返し、お嬢様はウエスト家に嫁ごうと画策していた。断られたことでランドルフやウエスト家を逆恨みするならともかく、どうしてスウィフト家が標的になったのか。
ルドベキアは当時、ランドルフと言葉すら交わしていない。
同年代の貴族家の子息や令嬢とは、国立学院や数少ない社交の場での交流があったが、ランドルフとは新婚生活を始めてからの繋がりだ。
だが、ふと思い出した。
7年前のウエスト家の茶会の帰り際に、ルドベキアが美味しいと絶賛した白パンを、ウエスト家はお土産として山のように持たせてくれたのだ。招待されていた他の十人から白い目で見られながらも、ルドベキアは一人がめつく持ち帰った。
ウエスト家はお嬢様の執拗なアプローチに困り、息子には好きな令嬢がいる、と嘘をついたのではないか。相手は誰だとの厳しい追及に、厚かましく白パンを抱えてヘラヘラしていた令嬢、存在感の薄い吹けば飛ぶ伯爵家のあの娘をランドルフが焦がれる初恋の相手にしよう、そうしようとしたのだ。
あの家なら、多少迷惑がかかっても構わない。
悪意はないが、強引で自己中心的なウエスト家が考えそうなことだ。
白パンごときで恨まれるなんて、たまったもんじゃなかった。
あげくの果てにルドベキアはちゃっかりランドルフの正妻に収まっているのだから、憎悪も至極当然。お嬢様とすれば、邪魔者は伴侶になるはずのジェフに押し付けてしまえ、と考えたくもなるだろう。
ウエスト家は多大な迷惑を被ったスウィフト家とルドベキアに手を差し伸べたが、それは目覚めない息子なら、お嬢様は欲しがらないだろうと考えたからだ。
息子が健康になった今、ウエスト伯爵はどのような決断を下すのか。
仮にジェフを選択してスウィフト家が持ち直しても、ルドベキアが身持ちの悪い女だと広まれば、双子の妹達の縁談に差し障りが出てしまう。
ここはやはり、伯爵に相談すべきなのだ。
同時に、伯爵が態度を豹変させた時のことを考えて、お嬢様の言いなりになる覚悟もしておかなくてはならないが。
などと思案しながら、ルドベキアはウエスト家の庭に咲く薔薇を切っていた。
日の光に照らされて咲くピンクの愛らしい薔薇は、目映いほどに美しかった。敷地の広さに驚き、屋敷の大きさに驚いていたはずが、たった数か月で美しい中庭の存在にも慣れ親しんでいる。
中央に小さな噴水、そこから始まる石畳の小道の左右の薔薇の生垣、多種多様の花の鉢植え。
眺めているだけで、ルドベキアは小一時間はぼんやりできる自信があった。
婚姻のお披露目が終わり、ランドルフの二人の姉は予定通り、今日の夕刻にはそれぞれの嫁ぎ先に帰ってしまう。今回は唐突な宴だったので家族を置いて駆けつけたが、次は事前に準備をして、家族総出で長期間押しかけるつもりだと姉達は笑っていた。
「そのお花、昼食会のテーブルに飾るためのもの?」
声を掛けてきたのは、ランドルフの上の姉だった。
ルドベキアが抱えるピンクの薔薇に手を伸ばし、花びらに指でそっと触れようとする。
「7年間も眠っていた弟が目を覚ましたというのに、すぐに駆けつけなかったこと、ごめんなさいね」
数日前にやって来た二人の姉に対して、ルドベキアは心を開くことができずにいた。ランドルフが正当な嫡男を残せるかもしれないと分かると、いきなり大学進学を諦めろ、家政を学べ、婚姻のお披露目が終われば社交に励めと、ウエスト家が手のひらを返したからだ。
突然ルドベキアの前に現れた二人の姉に対しても、だから今さら何としか思えない。ウエスト家の全ての人達がひたすら宴の準備に奔走していたので、落ち着いて言葉を交わすヒマもなかった、という事情もあったが。
「私の嫁いだ辺境伯家は隣国と隣り合わせだから、領地に張り付くように暮らしているの。平和なご時世になっても、社交シーズンの間ずっと王都で過すわけにはいかなくて。王都から領地への移動には、片道5日もかかるから」
それなのにお越し下さり、とルドベキアが口にする前に上の姉は頭を振る。
「妹の嫁ぎ先は、義母がキツイ気性の方でね。こちらへの出入りを嫌がるのよ」
嫁ぎ先というものは、大なり小なりあるらしい。
「私も妹も眠り続ける弟のことを、自分達の婚姻後は忘れるようにしていたから。両親から弟に花嫁を迎えるって手紙が届いても、お母様はついに物事の分別がつかなくなったとしか思えなくて。弟が目を覚ました、元気になった、婚姻のお披露目をする、なんてすぐには信じられなかったの。壊れたウエスト家を夫や子供達には見せられないから……妹と二人で……」
この7年間、辛かったのはルドベキアだけではないのだ。ランドルフもウエスト夫妻も二人の姉も、ウエスト家に係わる全ての人達も、そしてスウィフト家の皆も、もがき苦しんでいた。
「愛の力ってすごいわ、あなたが花嫁になってくれて本当によかった」
またかのセリフと共に、上の姉が笑みを浮かべて涙を零す。
ルドベキアが嫁いだことでランドルフが元気になったという感謝は可だが、愛の力という表現は不可だ。
「ランドルフ様は目覚めていきなり私が妻を名乗っていることに、葛藤があるようです。愛の力だとか初恋だとか、ご家族以外の方達への方便だとしても、ご容赦下さいませんか」
「あらあら、弟の気持ちは全く通じてないのね」
ランドルフとよく似た容貌の上の姉を見据えて、ルドベキアは会話を続ける。
「目が覚めたらもう妻は決まっていたから仕方がない、今さら離縁するほど俺は冷酷な人間じゃないと、納得しようと努めておられます。ですが、茶化すようなお言葉はやはりご不快なのではないでしょうか。ずっと不機嫌なご様子ですし」
はっきりとした意図を持って非難した。お嬢様がスウィフト家へ行った非情な仕打ちを知らずに、愛などと適当なことを口にするからだ。
ウエスト家がそんな調子だからスウィフト家が被害を被ったのだ、とルドベキアは猛烈に腹が立った。
上の姉は驚いたように目を見開いた後に、小首を傾げてくすりと笑う。
「7年もの時を失って、弟は素直になれないのよ。でも王妃様主催の『第二王子にお友達を作りたい会』で出会ったあなたを、とても気に入っていたわ。王家の私的な庭園に咲くピンクの薔薇と同じものを我が家にも植えてくれ、ジャムになるからって大騒ぎだった。王妃様にお願いして枝を分けていただいたものが、あなたが今抱えているものの正体よ」
はあっ!? というようなとんでもないことを、上の姉が言い出した。
記憶の奥底をどう探しても、ランドルフに好意を持たれる要素はみつからない。それなのに二人の出会いの記念というような話を聞かされても、ルドベキアは容易に受け入れることができなかった。
そもそもランドルフは、そのようなことを思いつくロマンティストではないだろう。
「あなたをうちの茶会に招待したのが、昨日のことのよう。本当に嬉しそうにしてたのよ、ランドル。それなのにガーフィールド公爵家の茶会から帰って、そのまま目を覚まさなくなってしまって……」
ガーフィールド公爵家の茶会からの帰宅後に、ランドルフの具合が悪くなった? ウエスト夫人もランドルフとの顔合わせの日に、公爵家の茶会の話をしていたが。
ルドベキアは上の姉の話に、曖昧に頷くしかなかった。
ガーフィールド公爵家に出向いたランドルフ、それから7年間仮死状態になっていたランドルフ。そこで何か、とんでもない何かが行われた、とでもいうのだろうか。




