表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/42

第21話 花婿は知らなかった

 招待客一人一人を見送り、婚姻のお披露目はつつがなく終了することになった。



 *



 重苦しいドレスを脱ぎ、締め付けの苦しいコルセットを外して、結い上げられていた髪を開放してもらった。

 湯あみを終えるとルドベキアは、憂鬱の極みの夫婦の寝室へと出向く。今夜で名実ともに、ランドルフの妻となったのだから。


 ベッドで先に休んでいたランドルフに、形式的に「おやすみなさい」と口を寄せると、ふいっと逸らされた。そのまま寝返りを打って、背を向けられてしまう。

 そちらがそのような態度ならと距離を空けて隣へ潜り込み、ルドベキアは不愉快さにぐっと耐えることにした。


 ランドルフがどう考えようと、最終決定を下すのはウエスト伯爵だと切り替える。ジェフから聞かされたことを伯爵に話し、助けを求めるべきか? 

 息子夫婦の婚姻の破綻を望む可能性も捨てきれない、そうなると……と判断に迷う。


 毛布を自らの肩まで引っ張り上げると、ルドベキアの頭の中は、今夜起こった出来事を振り返り始めた。


 全てを飲み込んでガーフィールド公爵家のいいなりになり、ジェフと二人で苦渋の選択をすればスウィフト家は救われる。

 ただしルドベキアは婚姻していたにも拘わらず、別の男を選ぶのだから、『分別のない女』のレッテルが一生ついて回るだろう。ジェフも出世と多額の金銭と引き換えに、生涯『人妻を奪った男』と陰口を叩かれ続けることになる。


 二人が本当の恋仲なら、醜聞を乗り越えることに価値を見いだせるかもしれないが。そうではないのだから、お嬢様の圧力に屈して一緒になったとしても、結束はすぐに切れるのではないか。

 傷物のお下がりを妻にすることも、口にせずともジェフの心の奥底に、必ずわだかまりとして残るはず。


 よほど真剣に悩んでいたのか、突然ランドルフが重みをかけてきたことで、ルドベキアは驚いてしまった。驚き過ぎて、何度か瞬いてしまったぐらいだ。


 唇に、少々乱暴な口づけが始まる。

 激しく動揺したルドベキアは、とっさに覆い被さっていたランドルフの胸を押し返していた。


 ランドルフはなぜという表情を浮かべた後に、また背を向けて横になってしまう。拒絶するつもりはなかったのだが、妻の対応としてはまずかったのだろう。


「私がダンスをしていた間、皆様で何を話していたのですか?」


 名実ともに夫となった男の背を追いかけるように、ルドベキアは尋ねてみた。あの大広間でジェフと踊っていた間に、お嬢様がどんな主張をしていたのかを把握しておきたかった。


「お前達こそ何を話してたんだ、カビなんて嘘だろう」

「カビの話はスウィフト家にとって大切なことよ。何を疑ってるのか知らないけど、婚姻のお披露目なのに、ジェフと踊るのを止めなかったのはウエスト家じゃない!」


 今度はルドベキアが、ランドルフに背を向ける番だ。


「アノ女気持ち悪い……」


 ぷりぷりと怒っていると、ランドルフが背後から抱きついてきた。その気持ちはよく分かる、とルドベキアもそれに関しては同感だった。


 これまでガーフィールド家のお嬢様になど、とんと無関心で、注視したことがなかったからだろう。今夜改めて注目したことで、目の焦点が不明瞭な、頬がこけた病的な令嬢という人物像が完成した。

 顔全体の筋肉の動かし方も他の人間とは違い、のっぺりしているというか、それが妙な違和感を放っていた。怒りを表す時だけ、爆発的なエネルギーを発するのも畏れを感じさせる。


 ジェフは口づけの口頭指導時に、お嬢様と口づけはしないが子作りはできると断言した。聞いた時にはそんなものかとやり過ごせたが、実際にランドルフと子作りを始めたルドベキアとしては、ジェフの図太い神経が信じられなかった。


 『男は狼』どころか、男の心臓は剛毛に覆われているに違いない。


「あの二人は想い合ってるからって、繰り返してた。お前は邪魔な存在だし、意地悪したって……意地悪って何だ?」


 ルドベキアはまさかと耳を疑い、さらに怒りで爪が食い込むほど両の掌を握り締めた。その仕打ちとは、スウィフト家に直接手を下したことだろうか。


「我が家が薬草栽培をしているのを、ランドルフ様はご存じですか?」

「ああ」

「元々利幅が大きい種類の薬草はガーフィールド公爵家が独占していましたが、それでも日常使いの薬草を丁寧に栽培していれば、我が家が困ることはありませんでした。ところが7年前から我が家の薬草が、売れなくなったのです。公爵家に恨まれるような心当たりはなかったのに、市場に出せないような手を打たれました」


 背後からの、ルドベキアを抱き締める力が強まった。


「父親も手を尽くしましたが、力の差は歴然です。他国から新種の苗を取り寄せて、そこに活路を見出そうとしましたが、上手くいかず、多額の借金を抱えてその取り組みは終了となりました。知識も経験も、助力してもらえるツテも、何もかもが足りず、全てが未熟だったのです」


 ルドベキアは抱き締められていた腕を解いて半身を起こし、ランドルフを見下ろした。


「だから私は知識を得るために、大学での勉強を希望しました。教師、王宮の研究職員、同じ専門分野を学ぶ友人、何か起こった時に頼れる人脈、も増やす計画でした」


 悲痛な思いを込めてグレーの瞳に訴えるが、ランドルフは押し黙ったまま応えてはくれない。


「ウエスト家から婚姻の申し込みがあったのは、ちょうど大学の入学金が払えないと困っていた時でした。大学に行くといい、学費も出そう、週末に息子と一緒に過ごすだけだ、と夢のような提案です。実家に援助をしよう、跡継ぎの心配をしなくてもいい、とまで伯爵が仰ったので驚きました」


 ──他人の助力を期待して、手痛いしっぺ返しを食らう


「きっとウエスト伯爵は全てご存じで、迷惑を被ったスウィフト家の事情を考慮して、助力をとお考になったのかもしれませんね」


 部屋の明かりが落とされている中、これまでおかしいと感じていた疑問が、全て繋がった。よくできた筋書きに巻き込まれていただけだった、とルドベキアははっきりと自覚する。


 ウエスト家が最初に対応してくれていれば、と喉元までこみ上げた。罪滅ぼしにスウィフト家に救いの手を差し伸べる前に、そちらだろう。

 ところが可笑しな方向に運命が転がってしまい、ウエスト家の事情が変わり、婚姻が本物になってしまった。ルドベキアが従うと、またガーフィールド公爵家が圧力をかけてくる。


 ウエスト家は、疫病神のようにルドベキアに絡みつく。


 探りを入れるつもりが、どうやら話し過ぎたようだ。口にするうちに感情に流され、ルドベキアは心の制御ができなくなってしまっていた。

 隣では同じように半身を起こしたランドルフが、背中を丸めるように小さくなっている。


「ごめん」


 俯き、膝を抱えるようにして、ランドルフが苦しげな声を絞り出した。


「手紙やプレゼントが毎日届くし、アノ女には困ってた。公爵家からの婚約の話も絶対に嫌だと断ってもらったのに、それからすぐに記憶がなくなって。目が覚めたら7年も過ぎたとか、身体も動かないし、言われたことをやってるうちに今日だ。悪かった……」


 ルドベキアはぎゅっと目を閉じる。


 ランドルフは何も知らなかった。当時13歳、家に恵まれ、容姿に恵まれ、体躯にも恵まれ、将来を約束された名門伯爵家の一人息子だ。

 招かれて出向いた先々で、同じ年頃の令嬢に囲まれていたのだろう。その中の一人との話を好みではないから断ってくれ、と言ったからとどうして責められようか。


 ──仕方がなかった、仕方がない、それが運命というものかもしれない


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ