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──挿話 ガーフィールド公爵令嬢

「欲しいと思ったものは、何としても手に入にいれなさい」

 それが、私のお母様の口癖。


 名門侯爵家の生まれというだけでなく、父親がこの国の宰相位に就いているのだから、望んだものが手に入らなかったことなんてなかったはず。

 しかもお母様の嫁ぎ先は、国王陛下の弟が当主を務めるガーフィールド公爵。唯一お母様より上の存在がいるとすれば、それはもう王妃様だけ。


 この国の国王陛下は代々、友好国から王女を政略で迎えて婚姻するのが習わしだもの。この国の貴族社会では、お母様は一番の勝者になったということよ。


 でも私は、王家に血が近いから格下の家に嫁ぐしかない。


 それなのにお母様は、私にマナーや教養だけでなく、ダンスに刺繍やピアノ、嫁ぎ先に足元を見られないようにって家政まで叩き込もうとしたわ。

 毎日毎日朝から晩まで、入れ代わり立ち代わり家庭教師がやってくる。お勉強! お勉強! お勉強! 一日が終わるころには、ヘトヘトで食事が喉を通らなかった。


「どうしてこんな簡単なことができないの! ミスをするということは、真剣に取り組んでいない証拠よ!!」


 ご自分の決めた基準に私が達していないと、お母様はとにかく頭ごなしに怒鳴ってくる。一番以下には価値がないって言いながら、私の嫁ぎ先は二番手三番手だなんて、どう納得すればいいのよ。


 私が不満げにしていると、頬を抓ったり、耳や髪を引っ張ったり。手でぶつとご自分の手が痛むからって、鞭まで持ち出す。


 何時間も気が済むまで暴力をふるうのは、ただの憂さ晴らしじゃないかしら。


 こんなに辛いことを我慢して頑張っているのに、褒めてもらえるどころか、どうして叱られなきゃならないの? そう反論したいけれど、お母様に逆らうと折檻されるから、だんだん抵抗する気力もなくなっていった。


 じゃあお父様はというと、お兄様のことでお忙しいのか、私はお言葉もいただけない。でもお父様は、幼いころから兄である王太子殿下に傅く人達の姿を傍で見て育ったのよ? お兄様より私に配慮が必要だって、いつか気づいてくれるはず。


 そんな風に期待したこともあったけれど、お父様も所詮は社交界では一番の地位にいらっしゃるからか、私の寂しさなんて理解できなかったみたい。


 一番になれない私は、生きる価値がない? 10歳になったころから、突然胸に不安が押し寄せて、息ができなくなる病の症状が出るようになったわ。


「あなたは心が弱過ぎるの、この国で一番高貴な家に生まれた意味がないじゃない! その可笑しな気鬱の病を、誰かに知られたりしないでちょうだい!!」


 医者の処方するセントジョーンズワートでは、私の苦痛が治まったりはしなかった。食欲はわかないし、夜はよく眠れないし、月の穢れだって不安定だし。


 常にイライラするから、お母様が私にするように使用人を怒鳴りつけたり、扇で身体を打ってやったりしたわ。でもいくら使用人に当たったって、ドレスや書物を引き裂いたって、自室の装飾品を壊したって、私の気持ちが晴れることはなかった。


 そんな時よ、ランドルフ様にお会いしたのは。


 代々軍の将官を務める名門伯爵家の嫡男で、サラサラの黒髪に、とっても綺麗なグレーの瞳の、物語に出てくる王子様のような男の子だった。私は一目で、この人にしようって決めたの。


 ウエスト家に嫁げるなら、マナーや教養、ダンスに刺繍やピアノだって頑張るわ。ウエスト家は名家だもの、女主人として屋敷の内々のやるべきことがたくさんあるはずよ。交際範囲の広い家だろうから、たくさんお客様をお迎えするだろうし。


 ランドルフ様の妻になるためなら、家政を学ぶ意欲も沸くというもの。


 堅実な領地運営をしているだけでなく、ウエスト家はたくさんの事業もなさっているそうだから、ガーフィールド公爵家がお助けできることがたくさんあるのではないかしら。


 公爵家か侯爵家の嫡男で、しかも優秀でお人柄も、となると私に相応しいお相手はこの国にはいなかった。それで婚約者が決まらなかったのだけれど、つまらない方で妥協せず、待っていた甲斐があったと嬉しくてたまらなかった。


 ランドルフ様が伯爵家の出自ということで、お父様とお母様に反対されたらどうしようって心配だった。けれど私が強く望むと、すぐにウエスト家にお願いしてくださったの。


「ウエスト家は長く嫡男に恵まれなかったことで、ウエスト伯爵も夫人も、まだ息子を他家の令嬢に渡したくないのですって。ガーフィールド公爵家からの申し入れを断るなんて……と癪に障ったけれど、まんざら嘘でもなさそうなの」

「決まったお相手はいらっしゃらないのですね」


 生まれて初めて、運命ってあるのねって神に感謝したくなったわ。


「どこの家からの誘いにも、耳を貸さないそうよ」

「お母様が欲しいと思ったものは、何としても手に入れなさいって仰ったのです。私はランドルフ様を手に入れるためなら、どんなことでもいたします」


 私は密やかに胸に刻む、王子様にこの家から連れ出してもらおうって。


 お手紙やプレゼントを贈っても、なしのつぶてだった。決まった方がいるなら、何としてもそのご縁を引き裂かなければ、って激情に駆られてしまったけれどそうではなかった。


「未来の軍のトップの妻になりたいなんて言い出したから、あなたの気概を褒めてあげようと思ったのだけれど。ウエスト家の嫡男は、ぼんくら息子という報告もあるのよ?」

「あの方も私と同じで、不器用なのです。公爵家の威光で太陽のように輝く私の光を浴びて、月であるランドルフ様もきっと輝きます。ですがもしもの時には、お父様、お母様、お爺様のお力をお貸しください」


 名門の家に生まれると恵まれているってだけの理由で、あらゆる人達から責められる。努力しても、結果を出しても、まともな評価が得られない。


 きっとランドルフ様だって私と同じなのよ。お父様が軍の二番手三番手でいらっしゃるから、「お前はトップに立て」って要求されるばかりで、苦しいお立場で日々を過ごしていたはずよ。


 だから、婚約に至らなくても我慢してあげたのに。


 あの王妃様主催の『第二王子にお友達を作りたい会』で、末端伯爵家の娘風情が図々しくも薬草の知識をひけらかして、王妃様や第二王子の気を引くような真似をするから。物珍しいわよね、薬草の効能なんて普段は耳にすることがないもの。


 私だってガーフィールド公爵家の跡継ぎ娘なら、薬草の知識を身に付けていたはずよ。でも我が家には嫡男のお兄様がいるのだし、私はいずれ嫁ぐからと、誰も学べなどと言わなかったじゃない。


 そもそもマナーや教養でもないことが、どうして公の場で貴族の令嬢としての価値を高めるの。何なの、あのルドベキアとかいう生意気な娘。


 ランドルフ様まで興味を持ってしまったのか、チラチラと目で追いかけていらっしゃった。すぐにでもガーフィールド公爵家の力を使って、ルドベキア・スウィフトをこの国の貴族社会から排除しなければ。

 それにランドルフ様のお気持ちも、今すぐどうにかすべきよね。いくらウエスト家が軍で力を持っているからといっても、王弟でもあるお父様や、宰相であるお爺様には敵わないでしょう。


 私は絶対に諦めない。

 欲しいと思ったものは、何としても手に入れる。


 お母様とお爺様がいざという時の汚れ仕事させるために雇っている、従者を使えばいいのよ。腕が立つだけでなく、軍にも顔が利くと聞いたわ。


 ウエスト家の泣き所を探らせることを考えていたのだけれど、従者は私に意外な『王子様を手に入れる方法』を提案してくれた。とっても素敵な方法を。


 私はガーフィールド公爵家に生まれたことで、これまで十分に苦しんだ。だから例外的な特権を使っても、きっと許されるはずなのよ。

 この国の誰よりも幸せになる権利があって当然じゃないかしら、って信じてる。






 一度鎮火していたはずの山火事が、燻っては再燃するってこのようなことを言うのね。ウエスト家の婚姻のお披露目でルドベキア・スウィフトを目にした瞬間、全てを焼く尽くしてもなお燃え盛る業火のごとく、私の胸の内には怒りと憎しみが沸き立っていたもの。


 どうしてあのような女がこの世に存在するの、天からの恩恵だけで私の前に立ち塞がって邪魔をする。絶対に、絶対に、ルドベキア・スウィフトだけは許せなかった。


遊びに来て下さっている皆様に、感謝を込めて。

お嬢様のことをちょびっと入れてみました、いつもありがとうございます!

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