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第20話 ライバル登場!? 花婿が奪われそうです

 スウィフト家の収入源であった薬草栽培に横槍を入れたガーフィールド公爵家の令嬢は、愛おしむような眼差しをランドルフに向けていた。

 今夜はウエスト家の婚姻のお披露目だというのに、主役のルドベキアよりも遥かに贅を極めたドレスや宝飾品を身に着け、不快そうな表情まで浮かべている。


「ウエスト伯爵、夫人、ご無沙汰しておりました。ランドルフ様もダンスが踊れるまでに回復しておられたのですね」


 公爵令嬢はやや細めの目をさらに細くして、ルドベキアを除く三人にのみ微笑んだ。背後には王弟の父親とこの国の宰相の祖父が見え隠れするのだ、心得たウエスト夫妻は丁重な挨拶を返していた。


 一歩下がって立つジェフなど下男扱いだ、公爵令嬢という存在には礼儀は必要ないのだろう。


「ねえジェフ、ルドベキアと踊りなさい。昔から仲良しだったでしょう。国立学院ではずっと一緒にいて、あなた達こそ婚姻すると噂されていたじゃない」


 さらには、ルドベキアには別の男の影があるとまで口走る。ただその男がいずれ自らの伴侶になる場合は、どのような意味を含むのか。


「ただの噂だと公明正大に主張する意味で、堂々と踊ろう」

「ええっ!?」


 公爵令嬢の目に余る振る舞いに呆れていたルドベキアだったが、突然ジェフに腕を引っ張られた。しかも四人から離れた場所まで移動して、ダンスを始めようとする。


 いくら何でも今夜の主役の花嫁が年若い男と踊り出したのだから、目ざとい招待客達は一斉に二人を注視する。


「子爵家の二男がその高い能力で公爵家に見初められたというのに、お嬢様のお相手は大変そうね」

「俺の婚姻話は、間もなく消滅する」


 身分は下位でも、優秀かつ度胸まで持ち合わせるジェフ。


 王宮での王妃様主催の『第二王子にお友達を作りたい会』には、ルドベキアとランドルフだけでなく、ジェフも出席を求められていた。


 幼少より頭脳明晰だと評判だったジェフは、15歳で国立学院に入学してから卒業するまでの4年間、一度も成績トップの座を他者に明け渡すことはなかった。

 それだけにとどまらず、学院の改革案が通ったことで「学院始まって以来の逸材だ」と評された。


 目端が利くガーフィールド公爵家は当然、学院卒業後は外務の仕事を希望していたジェフの後ろ盾として名乗りを上げた。

 ルドベキアは珍妙な茶会以降もジェフと交流を続けていたので、その辺りの事情は十二分に承知している。


 その茶会には、鼻持ちならないガーフィールド公爵家のお嬢様も招待されていた。身内のような第二王子ではなく、ランドルフを追い回していたことを思い出す。

 それにしてもお嬢様とジェフは、水面下で婚約が内定していたのではなかったのか。立ち消えになるとは穏やかではない。

 どんな粗相をして切られたのだと、ルドベキアは踊りながら首を傾げた。


「ここだけの話だ。俺は公爵家に望まれたものの、7年前に見初めたお前を忘れられずこれから誘惑する……手筈になっている」

「はい??」


 どこかで聞いたような作り話に、ルドベキアこそ粗相をしそうになった。バランスを崩したところをうまくカバーされたが、ジェフはこんなにもダンスが上手かっただろうか。

 まあ、口づけの口頭指導はなかなかのものだったが。


「公爵家の婿に恥じない振る舞いをと叩き込まれた。いずれ外交の場で役立つだろうから、ダンスは上手いに越したことはない」


 その得意のダンスで口説いていると? 7年前のルドベキアは嘘塗れながら、随分とモテモテだったことになっている。その捏造話の裏側に、どのような悪巧みが隠されているのか。


「お嬢様はランドルフを、どんな手を使っても取り戻すつもりらしい。ずっとウエスト家にお願いしてたのに! 重い病気で誰とも婚姻しないと思ってたのに! と喚き散らしてたぞ。お前との婚姻なんて認めないそうだ」

「それで別れさせるために、私を誘惑しろって? 本当の話なの?」

「お嬢様は、妻の座を挿げ替える気でいる。長い友人のよしみで言う、気をつけろ。何をしでかすか分からない女だ」


 ジェフが驚くべき計画を告げてきた。


 公爵令嬢の婚約者になるはずだった男がルドベキアを誘惑したことで醜聞になり、ウエスト家が怒って離縁になる筋書きだ。それで空席になった妻の座に、まんまと座わるつもりらしい。


 しかしジェフも命令を実行すれば、公爵家に恩は売れても、文官としての経歴に傷がつく。武官で力を持つウエスト家には、生涯睨まれることになる。

 ルドベキアにしても、不倫の末にウエスト家を飛び出して、どんな得があるというのか。


「ランドルフと上手くやってるなら、ヤツの親に一刻も早く助けを求めろ。このままだと俺達は、この国の社交界から抹殺されてしまう」

「王弟の父親の力と、この国の宰相の祖父の力を使えば可能だと?」


 この国だけでなく、他国であろうと貴族の離縁は本来不可だ。


 ランドルフの妻が公爵令嬢、の方がウエスト家にとっては好都合だろう。しかし愛する息子が、『寝取られ夫』と噂されるのはガマンならないはず。

 ただし本人がお嬢様がいいと言い出せば、ルドベキアは『不倫に走った妻』以上の烙印が押されて放り出されるかもしれない。


「お前と婚姻すれば、出世の確約と多額の金が手に入るらしい。ありがたいことに、お嬢様との縁も切れる。お前も大人しく頷けば、公爵家が独占してきた薬草販売の権利を、スウィフト家に分けて貰えるはずだ。どうだ、俺と再婚するか?」


 ウエスト家に体面を選ばせるなという、驚くべき提案だった。


 ルドベキアが自ら醜聞を引き受け妻の座を降りれば、スウィフト家は苦しみから解放される。しかも自分の伴侶になるはずの男に、地位と金をエサに邪魔者を生涯見張らせる周到さだ。


 他人の妻だった女を押し付けられるジェフだが、自らの欲望に貪欲な女と生涯を共にするよりはマシということか。

 迷っているうちに、この国の社交界から抹殺されるのも願い下げだろう。


 ジェフと、自らの保身のために手を取り合うべきか。


 突然の再婚話にルドベキアが思案していると、いつの間にかダンスの曲は終了となっていた。


 二人が皆の元へ戻ると、お嬢様はランドルフの傍にピタリと並んで立っている。

 ウエスト夫妻はどのような遣り取りをしていたのかと言わんばかりに、ルドベキアに翳りのある眼差しを向けてくる。


「素敵だったわ、二人の踊り。私やランドルフ様の家の事情で引き裂かれただなんて、可愛そう。あなた達がこそがお似合いなのに」


 このお嬢様の発言に、ウエスト伯爵が顔を歪める反応を見せた。どうやら息子の花嫁が、他の男と楽しげに踊っていたから不快、だけでもなさそうだ。


 ランドルフはというと憤怒の形相である。自らは優雅なダンスを人前で披露できなかったというのに、目の前で自分以外の男が巧みに妻を踊らせていたのだ。

 さぞかし矜持が傷ついた、といったところだろうか。


「ジェフの叔父様が王宮の薬剤研究所で働いていらっしゃるので、色々とお尋ねしておりました。気になっているカビ(・・)の研究の資料があれば、いただけないかと思いましたので」

「探しておく。手に入ったら、ウエスト家に届けさせるよ」

「よろしくお願いいたします」


 ダンス中に聞いたお嬢様の暴挙を暴露するわけにもいかず、ルドベキアは最近手紙で頼んでおいた話で代用しておく。ジェフも意図を汲み取り、応えてくれた。


 ウエスト家へ嫁いで以来、ルドベキアは大学の図書館で、商品価値が高そうな新種の薬草を探していた。そんなものが簡単に見つかれば、誰も苦労はしない。

 それでも王宮の薬剤研究所で行われていた、特殊な手法での解毒の研究記録にありつくことができた。発案者が亡くなったことで放置されていたのだが、その研究で使用されていた実験材料があるもの(・・・・)と符合していたのだ。


 もっと詳しい資料が見たいとなり、ルドベキアは便利屋さん的な親戚の叔父さんジェフを頼ることにした。


「カビですって? 汚い。気持ちの悪い話をしないで! そんなものに関心があるなんて変な人、ねえランドルフ様?」


 お嬢様は烈火のごとくカビを嫌悪しながらも、ランドルフを媚びを含んだ瞳で覗き込んでいる。なるほど、お嬢様は本気のようだ。

 

 ウエスト家に婚姻を迫っていたが、肝心の相手は重篤な病で叶わなかったと口にしたお嬢様。お嬢様はいつから、ランドルフとの婚姻を夢見るようになったのか。

 さらには7年前から薬草の栽培を独占するようになり、スウィフト家を苦しめ続けたガーフィールド公爵家。


 スウィフト家に苦汁を舐めさせたのは、ランドルフに執着したお嬢様の仕業だったのでは、との疑念が鎌首をもたげ始める。

 三姉妹の母親が、心労で亡くなったのもその所為か。


 しかし非道な行いに走るなら、今ではなくどうして7年も前からなのだ。


「お嬢様、エスコート役の彼が戻られました。そろそろルドベキアをランドルフにお返し下さい」


 ウエスト伯爵の強い口調だった。

 屈辱に耐えるように唇を歪ませたお嬢様は、ルドベキアをぎっと睨む。


「参りましょう。あまり今夜の主役の方々を独占していては、出席者の皆様からいらぬ疑念を抱かれますよ」

「分かりました、いずれまた」


 ジェフに促され、お嬢様はようやく踵を返して離れていった。


ここから、お話の後半に入っていきます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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