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第18話 花婿の腹上死が心配です

 ──より大きな幸福を味わうためには、不幸も享受(きょうじゅ)しなければならない


 この2か月、ルドベキアはウエスト家の家政を学んでいた。従順に振る舞いさえすれば、息子の嫁だからと辛く当たるでもなく、ウエスト夫人は常にご機嫌だ。


 ランドルフとの婚姻のお披露目の日程も決まり、それが終われば遅れを取り戻すべく社交にも励む。


 希望を断たれたとはいえ、家政への関わりは意外にも、当初考えていた以上の恩恵をルドベキアにもたらした。ウエスト家の持つ力の大きさを、実際に覗き見ることができたからだ。


 有力貴族だけでなくその交際は多岐に渡り、縦横無尽に張り巡らされた国内の力関係の構図が、黙っていても身に付いた。

 金の流れもその額の大きさに唖然としたものの、なぜ・いつ・どこで・誰が・何を・どのように・どのぐらい・幾ら、使うかを把握することは、この国の内情を理解する貴重な情報源となった。


 その全てを頭に入れるのは骨が折れたが、ルドベキアにとって将来必ずスウィフト家の助けに繋がるはず。双子の妹達のどちらかに入り婿を迎えるにしても、片方の妹を嫁がせるにしても、ウエスト家の後押しは必要不可欠だ。


 認めたくはなかったが、ルドベキアは大学進学だけに拘っていた自らの視野の狭さに、今更ながらに気づかされた。


 ランドルフはランドルフでリハビリの効果で、今や杖を使いながらであれば、歩行できるまでに回復していた。元々の身体能力の高さと負けず嫌いの性格から、とんでもない早さで元の生活を取り戻しつつある。

 伴侶として向き合っていく気持ちは消え去ったが、無能な男ではないとの確信だけは、ルドベキアの中にしっかりと根付いていた。。


 ウエスト伯爵も嫡男の正当な子が抱ける日が来るかもしれないなら、息子夫婦を広く社交界に認知させたい、と夫人と共に爵位継承の準備に傾倒している。

 自慢の息子が懸命の努力で次々と結果を出しているのだから、もっともっととなるのは当然のことだった。


「息子のために大学進学を諦めてもらうことになったが、どうかランドルフを妻として支えてやってほしい。大学の図書館を訪れることは許そう、引き続きスウィフト家への援助も行う。頼むぞ、ルドベキア。二人なら必ず、ウエスト家を繫栄させてくれると信じている」

「ご期待に添えるよう努めますので、スウィフト家への後押しを、何卒よろしくお願いいたします」


 陽だまりの中でぬくぬくと守られているランドルフとは、夫婦だからと一括りにされても、所詮別物でしかなかった。



 *



 懸案の夫婦の営みは、週に一度のペースで行われている。


「抱かせろ」


 初夜の苦痛が紛れたころを見計らい、ランドルフは系譜作りへの執念を見せた。

 過酷なリハビリと次期伯爵になるための勉強で疲れているだろうに、嫡男の義務だと行為に励もうとする。

 相手は明らかに嫌がっているというのに。


 15歳で国立学院での寮生活を始めるに当たって、父親はルドベキアに口を酸っぱくして「男は狼なんだ!」を連呼した。

 ムラムラ盛りの子息が山のようにいるのだから、柱の陰や空き部屋に連れ込まれないようくれぐれも気をつけろ、男は理性が飛んだら相手は選ばないんだ、とやけにガミガミ諭された。


 若かりし日の、父親の実体験かと訝しむような真剣さだった。


 ルドベキアの身には降りかからなかったが、上位貴族の一部のバカ子息が立場の弱い下位貴族の娘達を辱めて、もみ消しているとの噂は耳にしていた。

 ということは、やはり男は狼なのだ。


 ランドルフも夫婦の営み時に、やたらと跡を残したがった。

 首筋への所有印は両親に対するアピールかもしれないが、ルドベキアはいつかガブリと嚙み千切られるのではと気が気じゃなかった。


 就寝体制から力の強くなった腕で胸の中に抱き込まれると、それが開始する。夫婦の寝室でお互いに夜着を着たまま、もそもそと触れ合うのだ。


 早くに母親を亡くしたルドベキアは、嫁ぐにあたっての心構えのようなものを聞かされていなかったので、このような時にはどう反応すればいいのかが分からない。


 困り果ててランドルフの顔を盗み見ると、ひどく険しい表情が浮かんでいるので、毎回胸苦しさが込み上げる。

 コノ男は大丈夫だろうか、腹の上でポックリ仮死状態になったらどうしようか、とかなりの重圧を感じることになる。


 夫婦の営みに関する知識は、ルドベキアにもそれなりにはあった。聞きかじりの知識だったが、行為は肌と肌を直接触れ合わせて行うもののはずだ。

 着衣のままというのはランドルフの趣味趣向なのだろうが、初夜に惨めに一人泣き続けたことを思い出すので、ルドベキアとすれば堪らなかった。


 とにかく色々と怖いので、腹上でうっと息を殺すのだけは止めてほしいのだが。


 終わると「寝るぞ」という声が掛かり、顔を背けて互いに毛布を引き上げて床に就く。


 夫婦の営みがあった夜だけは別々に眠りたいのだが、そうはならなかった。


 ルドベキアも最初のころは、泣きそうになったり嗚咽が漏れるのを堪えたりしていたが、最近はどうも夫婦の営みを受け入れることに慣れ始めている気がするのだ。スウィフト家の『人の心を忘れた変わり種』などと家族から揶揄されるだけあって、精神的に図太いのだろうかと心配ごとの数が増す。


 自らの性格を鑑みて、婚姻相手にのめり込み、頭の中にお花畑を作って夫が趣味にならない自信はあった。けれどもルドベキアもまさか、ここまで貴族的な冷えた婚姻生活を送ることになるとは思ってもみなかった。



 *



 ある日、追い打ちをかけるようにウエスト夫人が、「婚姻のお披露目で簡単なワルツでも披露できれば」と言い出した。


 杖をついて歩行ができるようになっただけでも奇跡的だというのに、ランドルフにダンスまでしろとはさすがに酷だろう。

 一日を終えて夫婦の寝室で息をひそめるように横になると、ランドルフからは思い詰めたような空気が漂っているというのに。ルドベキアですら、同情的な気持ちになった。


 実際にダンスの練習を始めると、二人は何度も床に叩きつけられた。


「大丈夫ですか? お怪我は?」

「平気だ」


 どんな時でも相手を気遣うのは、ルドベキアに限られていた。世話役の使用人夫婦の妻が度々「ランドルフ様はお身体のことがあって、なかなか素直になれないのでございます」と詫びてくるが、ルドベキアとすれば本人からの誠意が欲しかった。


 男性のリードに任せるのではなく、ランドルフの負担が少ないようにと決められた動きをするので、無理な態勢で踊るためかルドベキアの全身はボロボロだ。


 失敗して転べば立ち上がる、を繰り返す。ランドルフも大概だがルドベキアの態度も頑なで、それが二人の関係をより一層悪化させていた。


 それでもウエスト家に係る人々は、誰もそれを諌めなかった。


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