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──挿話 世話役の使用人の妻の話 2

「ランドルフ様は、さすがにもう目を覚ますことはないだろうな」

「時々、本当に生きているのかと思ってしまうぐらいだもの」


 旦那様と奥様のご心痛を思えばとても申し上げられませんでしたが、夫婦二人になると、諦めに似た感情を吐露することもございました。坊ちゃまがあまりにもお気の毒で、楽にしてあげてはいけないのだろうかと考えたりもいたしました。


 そして坊ちゃまが20歳になられる直前に、婚姻をと奥様が言い出されたのでございます。あのお気に召していたお嬢様をお迎えすれば、坊ちゃまが目を覚ますと仰って。

 いくら奥様のお気持ちが不安定だから何でも叶えて差し上げたいとはいえ、さすがにお相手のご令嬢がお気の毒です。初恋のご令嬢がお傍にいれば坊ちゃまはお幸せでしょう、だからといってお目覚めになるとも思えません。


「旦那様はお相手のご令嬢のお家にお願いに行かれたみたいよ」

「こちらのウエスト家は力がある、命じられれば断れないだろうに」

「ランドルフ様が可愛くて、可哀そうで、は分かるけど。まだお若い貴族のご令嬢を、苦しめるためだけにお迎えになるなんて……」

「旦那様も奥様もすっかり変わられた。今の状態は誰にとっても辛過ぎる……どうにもならないがな」

「でも……」


 目を覚まさない愛する息子のためなら、旦那様と奥様は何でもなさるのか。私達夫婦も坊ちゃまがお元気になられるなら、どんなことでもして差し上げたい。

 それでも婚姻のお話だけは、どうにも受け入れがたいものを感じておりました。


 婚姻のお話を受ける前に坊ちゃまにお会いしたいと現れたのが、ルドベキア様でした。夫婦で坊ちゃまの傍で控えながら拝見していると、やはり大層驚かれているご様子です。

 私は正直申し上げて、ルドベキア様はお断りになるだろうと思っておりました。ですが困窮するご実家を救うために、ご自身の大学進学のために、自らのご意思で嫁ぐと仰ったのでございます。


 打ちひしがれるご様子もなく、ただただ前を向かれて。


 旦那様と奥様にご挨拶をされ、ウエスト家の使用人達にお声がけなさり、ベッドで静かに横たわる坊ちゃまにも微笑まれておられました。

「どうかよろしく」


 いつの間にか私達夫婦でさえ、お好きだったルドベキア様がお傍にいらっしゃれば、坊ちゃまは意識を取り戻されるのではと期待するようになりました。


 そして結婚式の次の日の朝、7年間微動だにしなかった坊ちゃまがお目覚めになったのです。


 それからはもうこれまでの7年間が嘘のように、物事がうまく運び出しました。

 いくら奥様のご希望だからとはいえルドベキア様がお気の毒だと考えていたはずが、夫ともよかったよかった、ルドベキア様をお迎えしたのは正しかったのだとすっかり考えを変えたのです。


 おしなべてウエスト家は、どんどん活気を取り戻していったのでございます。


 ついにはお子様をとまでお話は進んだものの、お二人が本当のご夫婦になられた次の日に、ルドベキア様がお倒れになられたのです。

 お見舞いにと仰るランドルフ様の車いすを夫が押し、私も付添い、ルドベキア様がお休みになっている部屋の扉の前でその話を伺ってしまいました。


 ランドルフ様が初夜を迎える直前に他の女性でなさったことが不愉快だと、ルドベキア様は強い口調で怒っておられました。

 他の女性と比べて胸が足りない、夫婦関係を結ぶに当たり潤いが足りないと指摘された、などとひどく憤慨された声が扉の向こうから聞こえてまいりました。

 香油を大量に使用されての行為などで愛情など湧くはずがないと激怒されていることが、はっきりと伝わってきたのでございます。


 朝まで自室で号泣なさっていたと仰った時には、どうしてそんなと、私は両手を胸の前で握り締めてしまいました。


 ランドルフ様は本当に、ルドベキア様をお好きだったのです。


 目覚められてからのご様子を拝見していても、一日も早くお身体を動かせるようになろうと、努力を厭わず過ごしておいででした。痛みを伴うリハビリも、文句ひとつ仰らずに取り組んでおられました。

 それはルドベキア様に相応しくありたい一心だったから、だと思うのです。


「自信家のランドルフ様が、不自由なお姿をルドベキア様にお見せするのはさぞかしお辛いだろうな」

「でも、ルドベキア様がいらっしゃるから頑張れるのよ」

「そうだな」

「お二人はきっといいご夫婦になるわね」

 

 これまでお二人から、幸せを分けていただいているようでございました。それが無体を働いたどころか、目覚めてから今日まで一度もランドルフ様はルドベキア様のお名前をお呼びになったことがないと伺い、心が凍る思いがいたしました。

 反射的に夫を見やると、夫も心配そうにこちらを窺っておりました。


 ルドベキア様の「今朝になって約束してた大学も行かせないって言い出したのよ、あの母息子。騙されて、私の人生終わりだわ」というお言葉をお聞きになり、ランドルフ様は「もういい」と仰って、その場を離れるように指示なされたのです。


 初めて耳にするルドベキア様の乱暴な口調にも驚きましたが、それほどまでにお怒りだったのでしょう。常に丁寧な物腰で、優秀な学力をお持ちの貴族の方にしか入学を許されない学校をご卒業されて、大学入学まで許された方がでございます。


 何とかお二人のお気持ちを元通りに近づけたい、ルドベキア様はランドルフ様を誤解されているだけで、本当はそうではないと私はお伝えしたかったのです。

 が、難しいのだと痛感いたしました。


 今までと変わりなく聡明でお優しい口調ですが、ルドベキア様は物言わぬ花のようになってしまわれたのでございます。


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