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第15話 花婿とさらにすれ違い始めた花嫁

 ほんの少し開いていたカーテンの隙間から、白み始めた外の明かりが差し込んできた。いくら明日が来なければと願おうと、朝は必ずやって来る。

 誰に押し付けられたわけでもなく自ら望んだ婚姻だ、そう気を取り直してルドベキアはベッドから身体を起こした。


「おはようございます」

「ルドベキアさん、ご苦労様だったわね。身体は大丈夫なの?」

「はい、ですが……お待たせして申し訳ありませんでした」

「構いませんよ」


 身支度を終えてルドベキアが食堂に顔を出すと、ウエスト夫人はすでに着席して待っていた。初めて見せる、凛とした表情を浮かべて。


 昨日までのどこか甘えるような「ルドベキアちゃん」口調は、おおよそ名門貴族家の夫人としては相応しくなかった。それが今や、醸し出される雰囲気はすっかり落ち着きはらい、とても同一人物とは思えないほどに激変している。


 ルドベキアが困惑しながら椅子に腰を下ろすと、テーブルの上に数多の朝食が、使用人によって並べられた。メリハリのある動きで食事を始める夫人の仕草を目で追いながら、次にどんな発言が飛び出すかに意識が引きずり込まれていく。


「ランドルフが子を残せることが分かったことは、とても喜ばしいことです。ですが身体機能がどれほど回復しようと、これから騎士を目指すことは無理でしょう。それなりの教養を身に付けさせてから、領地運営と財産管理を学ばせようと思います」


 別々に朝を迎えたので、ヤツが今何をしているか、何を考えているか、はルドベキアには分からない。ただ夫婦の寝室のベッドの状況と、ランドルフの口から、無事に初夜が執り行われたとウエスト家には伝わっているのだろう。


「ルドベキアさんには、私の元で家政を学んでもらいます。二人の婚姻を大々的にお披露目しなければならないし、お子も一日も早く授かってもらわなくては。よろしいですね」


 大々的なお披露目をするので、一日も早く子を授かってほしいというのは理解できるが、夫人の下で家政を覚える? それはウエスト伯爵家に嫁いだ、正式な花嫁として扱われるということだろうか。

 しかし今日こそは大学の寮に出発するつもりなのだが、夫人の話の内容は、ルドベキアに大学進学を辞退するよう迫っているように聞こえた。


「あの、でも……大学に入学後は、週に一度帰宅するのみで構わないと伺いました。それにランドルフ様がどう考えているのか、何も聞いておりませんし……」

「ランドルフは、あなたがこのままこの家に留まることを望んでいます」

「本当ですか?」


 ルドベキアは戸惑い、俯いた。


 7年間も眠り続け、ついに20歳の誕生日を迎える息子に人並みの幸せを。


 時折枕元で語りかけるだけでいい、跡継ぎは二人の姉がいるから気にしなくてもいい、学費も出すから我が家から大学に進学すればいい、週末だけ花嫁の真似ごとをしてくれるだけでいい。

 そうウエスト夫妻は考え、ルドベキアを迎え入れたのではなかったのか。

  

 何かのきっかけでランドルフの意識が戻り、日に日に元気になり、たった1か月で子を残せるまでに回復した。

 それならば若夫婦にウエスト家を継がせる準備を始めよう、になるのは理解できる。


 ランドルフ自身も嫡男の務めだと、系譜作りに固執しているようだった。それで名実ともに妻となった女には、引き続きこの家に留まることを欲している?


 それではウエスト家から出してもらえない、ということだろうか。


 昨夜のランドルフの態度も、今朝のこのウエスト夫人の物腰も、あまりの急変ぶりにルドベキアの心はついていけない。

 そもそもランドルフは、本当に7年間仮死状態だったのか。


「大学は諦めなさい」


 ウエスト夫人は背筋がシャンと伸びた美しい所作で、何事もなかったかのように食事を再開させる。

 ルドベキアは自身に告げられた言葉が信じられない、否、信じたくはなかった。目の前に座っている人は誰なのだろう、何のために人を騙すようなマネをするのか。


 ──美味い話には必ず裏はある


 そうだ、あの男は7年前もそうだった。


 当時からシュッとした外見を鼻にかけ、同じ年頃の取り巻き令嬢達を、ゾロゾロと引き連れて歩いていたではないか。感じの悪い男として、強く印象に残っていたはず。

 それを「昔はともかく、今は良好な友好関係を築けている」と、ルドベキアは勘違いをした。人の性根など、そう簡単には変わらないというのに。


 確かめなければ。


 ゆっくりと席を立ち、ルドベキアはそのまま食卓を離れた。常に気づかいの笑顔を忘れないルドベキアとは似ても似つかない、憎悪に満ちた顔になっていた。


 食堂の扉を開け、そのままウエスト夫人には声も掛けずに出て行く。


 ところがランドルフがいる部屋までが、果てしなく遠い。右手に並ぶ硝子窓も、左手に並ぶ閉じられたたくさんの扉も、長い廊下も、ウエスト家の屋敷の全てが迷路のように感じる。


「どうされたのですか、ルドベキア様。しっかりなさってください!」


 どこかに控えていたのだろう、背後から追って来たグレタに腕を掴まれた。ルドベキアは渾身の力で、その手を振り払う。


「私は! 私は、絶対に許さない!! こちらに何の落ち度もないのに、人を平気で傷つけるヤツを……アイツら、陥れて……いつだって私の大切なものを奪う!!」


 肩で息をしながらルドベキアは、誰に向かって怒りを向け、どうしてこんなに激情に駆られているのかが分からなかった。

 胸の中の何かが暴れて暴れて、身体中に細かな震えが走る。


 堰を切ったように、またどっと涙が溢れ出た。


 ──甘い話に安易に飛びつくから騙される


 ルドベキア様、ルドベキア様、と呼ぶ声が聞こえた気がしたが、激しい耳鳴りと共に全身の血の気が引いた。

 闇に飲み込まれるようにルドベキアの意識は薄れ、そのままその場に崩れ落ちてしまった。


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