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第14話 花婿とすれ違い始めた花嫁

 目的を成し遂げたランドルフは、慌てふためいたように離れていった。


 妻としての務めを果たしたルドベキアは、睦言どころか、労わりの言葉すらかからない。途中の舌打ちと、粗雑な扱い。無自覚かもしれないが、途中途中で不快になる言葉まで投げつけられた。


 これが夫婦になるということか、とルドベキアは歯を食いしばって耐え忍ぶ。旦那様は不自由なお身体で頑張ったのだ。己を厭うことに忙しく、新妻への心配りなどあろう筈がないと。 


 純潔を失ったからか、身動きすると身体中が軋んだ。下腹も、足の付け根の奥も、目の奥までもがじんじん痛む。

 それでも大学進学のため、スウィフト家への側面支援のためだと自らを鼓舞する。願い事を叶えるには多少の犠牲はあるものだと、己に言い聞かせる。


 「私にも悪いところがあったのでは」と、一応は考えてみた。しかし不誠実や不条理に対してまで、ルドベキアは責任を負いたくはなかった。


 背を向けて横になっているランドルフから、寝息のようなものが聞こえてくる。そちらへ視線を向け、眠ってしまったらしい夫となった男の背中を凝視する。

 相手はルドベキアより少し大きいぐらいの体格で、ここ1か月で随分ふっくらして健康になったとはいえ、本気で暴れれば逃げ出すことはできたはず。


 抵抗しなかったのは様々な事情が絡んでいたからというのもあるが、ランドルフに対して畏怖を感じたからだ。目覚めた当初など何に対しても照れて赤くなっていたのが、今夜は別人を見るようだった。


 そもそも、ルドベキアは夫婦の営み自体を軽んじていた。多少の行為に関する知識があり、直前までの疑似行為でも、特に嫌悪感がなかったからかもしれない。


 ランドルフは肢体不自由を抱えているので、いざとなればどうとでも扱えると、嘗めていたから手痛いしっぺ返しを食らったのだ。

 実際に自らの身体に男を受け入れたことでようやく、これは軽んじてはいけない大切な行為だったと理解した。


 だが一度壊れてしまったものは元には戻らない、と気持ちを奮い立たせて身体を起こす。ベッドの端にズルズルと移動して立ち上がるために腹に力を入れると、下腹部がシクリと針で刺されたように痛んだ。

 同時に、涙が堰を切ったように溢れて落ちた。


 侍女のグレタはルドベキアの心情を察してか、初夜が終わって辛ければいつでも呼んでくれればいい、湯も用意しておくからと言い残しておいてくれた。

 一人で入りたければそれでもいいと、切なげな表情を向けられていたことを思い出す。   


 夫婦の寝室から自室に繋がる扉を開けると、さらに視界が滲んでしまう。

 ランドルフからの「胸がない」の指摘は、思い切り癇に障った。それはルドベキアが一番気にしていることだった。


「でもね、この胸の綺麗な形を見てよ。これは密かに自慢できるんじゃないか、と思っているの」

「そうですね。いつか初夜を迎えた時に夫になる方が胸が小さいと仰ったら、ご自分のだって小さいくせにと、心の中で高笑いしてやればいいのです」


 グレタが教えてくれたように、心の中で嘲笑ってやればよかったのだ。最中は固く目を閉じていたので、ランドルフの実物がどれほどの大きさかなど分からなかったが。

 「あれっ、潤いがない」については、トキメキも感じないのにプルンプルンに潤うはずなどないだろう。何でもかんでもアンタの思い通りになるはずないじゃないかと、心の中で大いに指摘してやるべきだった。


 用意されていた湯に入り、膝を抱え、下を向く。薬草栽培がうまくいかず実家がどんどん困窮していった時でさえ前を向いていたはずが、今夜はそれができなかった。


 ルドベキアは湯船を拳で叩いた。叩き続けた。

 たかだか湯ではないかと思うが、拳だけではなく腕までジンジン痛んだ。


 その教えるのが上手な女とやらに、ルドベキアは負けたのだ。さぞかしそちらがよかったから、文句が溢れ出たということだ。

 初夜に満足できなかったランドルフはもう夫婦の営みには拘らないだろうから、存分に大学で勉強に打ち込めるというものだ。


 子を孕むために週末だけ相手をすることにはなるが、できるだけ長く子ができないよう祈ればいい。


 困窮するスウィフト家を潤すような薬草を探し出し、大学であらゆる栽培方法を学ぶ。そのためにこの7年間、なりふり構わず何でもすると、ルドベキアは固く誓って日々を過ごしてきた。

 着飾ったり、夫探しの社交に励んだり、貴族の令嬢として当たり前の行動を全て排除して勉学に励んでいた。


 有象無象の貴族社会で公爵家に睨まれた結果、誰からも救いの手も得られず、どんどん家は傾いてしまった。

 母親まで、その心労で亡くしている。


 令嬢としての振る舞いを気にしていても、お腹の足しにはならない。軍の中枢に食い込むような新種の薬草を手にできれば、いくらでも今の状況をひっくり返せる。

 そんな風に強がっているうちに、ルドベキアはスウィフト家の『人の心を忘れた変わり種』などと、家族から揶揄されるようになっていた。


 時間が経ち過ぎた風呂で一人泣く。

 泣き続けていたら、湯はすっかり冷えきってしまった。

 それでも涙は止まらない。


 週末にはやはり、またあのみじめな行為を受け入れなければならないだろうか。子ができれば受け入れずに済むが、それでは以降の大学生活はどうなるのか。


 これから先、その答えがルドベキアには見つからなかった。


 浴室で散々泣いた後は夫婦の寝室には戻らず、自室のベッドで休むことにした。夫婦の寝室のものに比べればベッドは半分以下の大きさだが、毛布の中で身体を丸めていると、ようやく身も心も緩めることができたのだった。


 少しだけ眠ろう、少し休んだらまた前を向いて歩き出せばいい。


<15R>表現がよく分からなくなり、ぐるぐるして昨日の13話を書き直しました。色々工夫しながら、もう少々続けていきたいと思います。引き続き、応援していただければ嬉しいです!!

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