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第13話 初夜で花婿と拗れました*

 本来であれば、今夜は大学の寮で荷解きでもしながら、ルドベキアは植物誌や薬物誌に目を通しているはずだった。


 それがウエスト家の二人の侍女の手によって、身体中を磨かれている。入浴後には結婚式の前後と同じように、またもやいい匂いの香油が塗られていた。

 止めは、脚が丸出しになる丈の短い薄い布地の夜着だ。


 いい加減、うんざりだった。


「本日はおめでとうございます、ルドベキア様」

「正式な初夜でございますから、もっともっと手を掛けて差し上げたいのですが。ランドルフ様がお部屋で首を長くしてお待ちですので、どうかお急ぎください」


 侍女達はルドベキアを前にして、浮かれた様子が隠しきれていなかった。仕え甲斐のある主家の慶事に、ただただ心躍っているように見えた。


 長く嫡男の意識が戻らず、屋敷の中は火が消えたようになっていたウエスト家。その嫡男が7年ぶりに目を覚ましただけでなく、日に日に健康を取り戻していく。さらには正当な爵位継承のための、男児が得られる芽まで出始めたのだ。

 今夜執り行われる二度目の初夜への期待が、相当な熱量にもなるのも致し方ないことだった。


 1か月前と同様、自室の部屋と夫婦の寝室の間にある扉へと、ルドベキアは覚悟を決めて歩き出さなければならない。


「婚姻前に交わした約束は、ランドルフが目覚めても有効だ」

 それでもウエスト伯爵の言明がまだ耳に残っており、納得ができていなかった。胸の中には暖炉の灰の中に埋もれた熾火に似た、何かの拍子に一気に燃え上がる怒りがまだ燻り続けている。


 ルドベキアの中では、「どうしても嫌だ」という感情が勝ってしまっていた。


 だからといって激情に駆られて逃げ出すのか? すでに納入された大学の入学金や半年分の学費、用意された嫁入り支度、スウィフト家への援助、はどうなる?

 結局はウエスト家に抗えるはずもなく、ルドベキアは揺れる思いを封じるしかなかった。



 *



 諦めの心境で室内に足を踏み入れると、室内には薔薇の花の濃密な香りが満ちていた。窓際に置かれた飾りテーブルの上には、庭に咲くピンクの薔薇が、山のように豪華な花器に生けてある。


 結婚式後の初夜でも用意されていたのだろうが、あの時は横たわるランドルフが怖ろしく、周囲を見ているような余裕もなかった。室内がどうなっていたかなど、ルドベキアの記憶の端にも残っていない。


 今は気を張っているから、周囲の把握もできるのだろうか。


 そして夫のランドルフはというと、妻がどれほど萎れていようと、表情を硬くしていようとどこ吹く風だ。事前練習とやらがこのベッドではなく、別室で行われたことだけが救いだった。


 これまでのルドベキアは、薬草への知的探求心と、実家の立て直し以外のことには興味も関心もなかった。なりふり構っていられない、スウィフト家のお家事情が常に目の前に横たわっていたからだ。

 だからといって婚家や夫となった男に、黙って子を産め! 扱いを受ければさすがに傷つく。


 家族から『人の心を忘れた変わり種』と揶揄されるしっかり者の超現実主義者だが、ルドベキアはまだ18歳だった。


 曲がりなりにも伯爵家の令嬢として厳格に育てられていたからこそ、ルドベキアは別の女に触れた夫に、自らの身体を触ってほしくないというのもあった。

 ランドルフに対して恋愛感情こそ抱いていないが、神が与えたもう花婿だと受け入れていたからこそ、照れ臭く恥ずかしい妙なリハビリにもつき合えたのだ。


 それを直前になって、より確実に子を得るためには必要な経験だった。お前だっていきなり男の上に乗って頑張ることなどできないだろう? と、いきなり提示されて納得できようはずもない。


 ランドルフの突然の裏切りを、ルドベキアは心の底から恨んでいた。


 それでも縺れそうになる足で、半端に座ったような姿勢で待つランドルフの元へと向かう。何の弁明もしない男から少し距離を空けて、ルドベキアはベッドの上に乗り上げた。

 頑なな態度が気に入らないならそれでもいい、と無造作に転がり目を閉じた。


 ランドルフは特に気にした風もなく、身体をずらして覆い被さり、ルドベキアの手を引き繋ぎ合わせてきた。やはり系譜を残すための義務を課すつもりなのだ、ということがひしひしと伝わってくる。

 それなら、練習した行為の邪魔にならないように振る舞うのみ。ランドルフが顔を覗き込んでいる気配は感じたが、ルドベキアも無言を貫き完全無視を決め込んだ。


 まずは、ちゅっと唇を啄まれた。


 愛おしくてたまらないのだというような手慣れたキスに、ルドベキアはより一層惨めな気持ちになった。

 そうやって他の女にも同じように慈しむようなキスを贈ったのでしょう、一体どのような教えを受けてそんな風に……と考え出したところで自嘲する。やはり嫌悪が勝って、どれぐらい耐えられるか自信が揺らぎ始めた。


 ついには鳥肌が立って、やや強引に身を捩って拒絶してしまった。


 それならと性急に身体のあちこちを撫でられても、だから何としか思えない。ルドベキアは必死で、暴れて抵抗したいのを我慢した。

 

 もうどうにでもすればといった心境になったころには、ランドルフがどれだけ肌を這い回ろうと、心も身体も鈍麻になっていた。


 まだ続きをするの? 

 試してみるだけじゃダメなの?

 大学に行きたいの、約束はどうなるの?

 目が覚めた時には決まっていた妻だから、どう扱ってもいいと思っているの?


 ルドベキアには聞きたいことがたくさんあった。

 ランドルフに言ってほしいこともたくさんあった。


 最初のうちは自分の中で折り合いがつかないうちに物事が決まってしまい、年頃の娘らしく拗ねていただけだったのかもしれない。けれど「なかったことにされた」ことで、ルドベキアは婚家や夫となった男を諦めた。


 何かが始まる気配と物音に驚き閉じていた目を開けると、ランドルフが眉根を寄せているのが目に入った。


 やめて!

 待って!

 ねえ、夜着はどうして着たままなの!

 そうだ、名前を一度も呼ばれてない!


 ちゃんとした夫婦になるならその前にせめて名前を呼んでほしい、というルドベキアの未練たらしい最後の願いすらついぞ届くことはなかった。





 たった一度で。


 医者は今夜必ず夫婦の営みが成功するとは限りませんよと言っていたが、驚くほど簡単だった。


 タラタラ取り組んでいた子種を出す練習も、その教えるのが上手な女とならすぐに成功していたのかもしれない。ルドベキアである必要はなかったのだ。

 夫婦の営みもそちらで練習を繰り返せば、ルドベキアなどお呼びでないのではないか。


 それはない。名門ウエスト家の嫡男を産む女は、行為の上手い下手でなく血筋が重要になる。ルドベキアはそういう存在として、ランドルフの花嫁として選ばれたのだから。


※お話の都合上不快な表現が含まれておりますが、ラスト近くで『!?』っという困惑するような事態になると思われます。

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