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第12話 花婿への失望

 ランドルフの身体の一部が完全に成人男性となったことで、またまた朝から医者の往診となった。

 医者も仕事とはいえ大変だ。


 夫婦の寝室でルドベキアとグレタ、ウエスト夫人と世話役の使用人夫婦、がベッドの上のランドルフを囲む。

 ウエスト伯爵はここ数日国境沿いの地形調査で留守なので、きっと手紙が届けられるのだ。「ご子息に、お子様誕生の可能性が整いました」と。


 医者が加わると当然ながら、今晩受粉してみてはどうかという話になる。


 ただしルドベキアは今日大学の寮に荷物を運び込み、そのままそちらで新しい暮らしがスタートする手筈になっていた。

 その後は、ウエスト家に戻るのは週末に限られる。


 入寮を明日に延期して今夜うっかり子を授かることになったら、ルドベキアは困るのだ。大学生活は一体全体どうなるのか。

 ウエスト伯爵が「婚姻前に交わした約束は、ランドルフが目覚めても有効だ」と言明したのだから、せめて伯爵が帰宅するまでは受粉は保留にすべきだろう。


「今夜必ず夫婦の営みが成功するとは限りませんよ」


 確かにランドルフが花粉を飛ばすことに成功したのは、今朝たまたまだという疑いは残っている。毎回可能かどうかは、まだ判然としない。


 ランドルフはもう一度チャレンジしてみたかったようだが、ルドベキアはまず医者の指示を仰ぐべきだと猛烈に反対した。成功したのは結構なことだが、まだまだ不十分な体調で、身体に負荷がかかる2回目の行為はよくないと必死に止めた。


 今朝のランドルフは、呼吸をひどく乱していた。そのまま意識不明になり、また永い眠りについたらと気が気じゃなかった。

 夫になった男は何をどう考えているのかがさっぱりで、ルドベキアの理解の範疇を超えていた。


 未確認生物のようだった。

 他国で出現したというジェヴォ―ダン獣とかいう、新種の狼なのではないか。


「ルドベキアちゃんが大学の寮に入れば帰宅は週に1回、子作りに挑戦できる機会が極端に減るわ。しかも月のモノが来れば、取り組めるのは月3回になってしまうじゃない。健康な夫婦が毎日頑張っても、何年もかかる場合もあるのよ?」


 ウエスト夫人の不満は、至極ごもっともだ。


「すぐにできるのは、できては困るケースが圧倒的多数です。子が欲しいと懇願する夫婦はなかなか授からないという、非常に妙な現象があるにはありますね」


 医者がやんわりと、ウエスト夫人を擁護する。

 ルドベキアには、不必要なお節介に感じられた。


 世襲貴族にとって嫡男は必要不可欠、得られないと大概は女性側が責められる。

 数年妊娠しなければ妻を離縁する、体面を考えこっそり他の女に産ませた子を妻の子とする、などと妻の地位など無きに等しい。


 ウエスト家に限ってはランドルフ次第だと考えられているので、ルドベキアが責められることはないだろうが。


 男性は案外と繊細な生き物らしいので、女性がもっともっとと重圧をかけると、上手くいくものも上手くいかなくなるらしい。必死のパッチで嫡男をとランドルフを追い詰めると、ナーバスになって二度と受粉・受精ができなくなるとのことだ。


 のびのびと回数を熟しながら子を得る、がウエスト家にとっては最良になるだろう。では、ルドベキア側の事情は一切考慮されないのか。


 いやいや配慮してほしい。


 今夜はお試しで本番は行わずに、明日の朝一番に大学へ出発する。

 週末だけウエスト家に戻る、週末婚でいこうではないか!


 思えば子種を出す練習も、朝夜と計13・14回ものチャレンジでようやく出した結果だ。

 夫婦の営みを初心者二人で、しかも相手はまだまだ歩行も儘ならない状態で行うのだ。花粉が飛ばせるようになった成功確率より、遥かに下がるに違いない。


 仮に受粉が可能となるまでに、13・14回かかるとしよう。

 そこへ、営む条件設定を月3回とする。

 蜂のような役割が期待されているルドベキアが、消極的なのだ。

 計算上では4か月だが、夫婦の営みの成功には半年はかかるのではないか。


 ウエスト家に出してもらった学費を使い切る時期とピッタリ符合するので、大学で学びながら週末に身体を売る……ではなく。


 とにかく半年後から本格的な子作りに入る、でどうだ!


 色々思考を巡らせてはみるが、戦況は悪くなる一方といった感じだ。

 ルドベキアは自分の立案など通るはずがないじゃないかと、結局は肩を落とした。


「やる」

「何を?」

「今夜やってみる。すぐにできるか分からないなら、もうやるしかないだろう」


 名門伯爵家の嫡男らしく、ランドルフは潔い。


 やはりか……と、ルドベキアにはほろ苦い気持ちが込み上げる。

 妻の大学生活が落ち着いてからでいいとの心遣いを、なぜヤツは口にできないのか。所詮、頭脳は13歳で身体は20歳なのに成長不良で外見は16・17歳! の男では無理なのか、無理なのだ。


 圧倒的な力の差がある貴族の婚姻で、相手を思いやる心などというものは存在しない、とルドベキアの最後の反発心は消滅した。



 *



 気分ダダ下がりだったルドベキアは、午後は大学の図書館で過ごすことにした。ウエスト家の屋敷から逃げ出したまではよかったが、読書には集中できず、結局は無駄足の帰宅となってしまった。


 そして上機嫌らしきウエスト夫人と、夕食を共にする。生家のスウィフト家では目にすることのなかった手のかかった前菜、オレンジのソースをあしらったメインの牛肉、大好きなフカフカと柔らかい白パン、と上質な葡萄酒まで揃っている。


 しかしながら今夜のことを考えると、贅沢な料理を目にしても、ルドベキアの食欲はわくはずもない。


「もう聞いてるかしら? ランドルちゃんは、7年前には閨教育が済んでいなかったの。だからルドベキアちゃんに負担をかけないためにも、急遽練習のお相手を手配したわ。今別室で実際に学んでいるから、安心して初夜を迎えてね」


 ウエスト家が望んでいたのは、最初から爵位継承だった。


 熱いスープを口にしたはずが、ぞっとするほど冷たく感じられた。

 身体が芯から凍えるようだ。


 夫人は何と言ったのか。妻がいるのに屋敷に他の女を入れ、親公認で閨学習をやらせている? ランドルフがまだまだ不自由な身体だから?

 今夜二度目の初夜が行われるが、ルドベキアが大学の図書館から戻る前に、全ての準備は完了していたということか。


 7年ぶりにランドルフが目を覚まさなければ、ウエスト家は最低限の体裁を維持できればそれでよかった。無事に爵位継承を終えるための布石として機能すれば、ルドベキアはお飾りの花嫁でいいというスタンスだった。


 それが今やこの婚姻は、ウエスト家にとってはとんでもない価値を生むものに様変わりした。ルドベキアとスウィフト家への援助も、別の形での返済が求められることになるだろう。


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