第11話 花婿はやる気満々です
大学に進学してまで薬草学を学ぶのだから、ルドベキアも受粉から受精を経ることで、種子ができるメカニズムは理解している。
それを人に置き換えればいいのだが、ランドルフが活発に活動できないとなると、雄しべの先端の花粉をどうにかするには蜂のような役割が必要になる。
その蜂になれ! ということなのだろうが。
「ランドルフ様には私から説明いたしますが、若奥様は後ほど侍女の方にお伝えしたことを、しっかりと聞いておいて下さい」
ランドルフと医者、世話役の使用人夫婦の四人で行ってほしい。ルドベキアはそう懇願したかったが、参加が求めていると知りものすごく落胆した。
ガクンと肩が落ちた。
そもそもこのような破廉恥な話を、屋敷の皆の前で交わされて、ランドルフはどう感じているのだ? アンタの雄しべの先端の花粉が問題になっているというのに。
「あ、あの、ランドルフ様はお食事をしている姿を見られるのも恥ずかしいと仰られているのに、いずれ私主導で子を作れだとか、それまでの練習を一緒にしろだとか……嫌ではないのですか?」
入浴やリハビリの姿ですら、見せたくないのだろう? 午後の勉強も、20歳のくせに子供に毛が生えた程度のことしか学んでないのを、ひた隠しにしていたはずだ。
子種を出す練習などというぐらいだから、アンタの身体の大事な一部分に過度な刺激を加えて、どうにかして花粉を飛ばせと言われているんだぞ。
分かっているのか? 頭脳は13歳で身体は20歳なのに成長不良で外見は16・17歳! のランドルフ様よ!! と、ルドベキアは大声で叫びたかった。
「嫡男を残す義務がある」
「義務……」
反論するどころか、ランドルフは赤くなりながらもはっきりと主張する。
義務だとしても、子種を出す練習などという珍訓練を、そうそう頑張れるものなのだろうか。
しかし身体は不自由ながらも嫡男としての力強い発言に、ウエスト夫妻だけでなく、夫婦の寝室に駆けつけていたウエスト家の使用人一同からも「おおっ!」と歓声が上がる。
あれも嫌これも嫌ばかりだったランドルフが、少しずつ前向きに取り組むようになるのは素晴らしいことだが、周囲の巧妙な筋書きにすっかり乗っかってしまっている。
ランドルフは理解力というものが、少々乏しいのではないのだろうか。
──美味い話には必ず裏がある
*
「本当に私でいいのですか?」
「仕方がないだろう、目が覚めたら妻は決まっていたし。離縁なんかしない。俺はそんな冷酷な人間じゃない」
夜の夫婦の寝室で、ルドベキアの質問にランドルフは明言する。
妻が誰だとか、そんなことはどうでもいい。
医者からのグレタ経由で伝えられた、子種を出す練習の話だ。
アンタの下着を下げて、アンタの身体の一部を掴んで振り回して、それで効果がなかったらあらゆる手練手管を使えと教えられたのだ。
さらに最終奥義だなどと称した、聞くに堪えない、常軌を逸した行為まで試してみてくれないかと頼まれたんだぞ。
アンタは名家の嫡男の義務だからと、名義貸しで嫁いできただけの困窮した伯爵家の令嬢に、そんなえげつないことまでさせる気なのか。それでも人間なのかと、ルドベキアは思い切りランドルフを怒鳴りつけてやりたかった。
この後ゴロゴロリハビリをし、だんだん長くなっているお休みの口づけをしてから、いよいよ花粉を飛ばす体制に入らなければならない。
予定は立て込んでいるのだ。
さっさと始めないと、夜が明けてしまうがどうするつもりだ。
「やる」
「何を?」
「全部だ」
「ぜ、全部!? 私のような初心者にあんなこんなの、人の道を外れたような行為を要求するおつもりですか!!」
「ち、違う」
唇を噛んで怒りに燃えるルドベキアに、ランドルフは慌てて否定する。
ゴロゴロリハビリ後に、お休みの口づけを交わしながら、身体の一部に触れてほしいらしい。
結局、貴族の令嬢にはあるまじきことをしなければならないのか、と大きな溜息が出た。蜂だ、蜂だ、蜂になるしかない。
ゴロゴロリハビリを二人で終え、毛布を引っ張り上げ、二人で並んでベッドの上で口を合わせる。気恥ずかしいが目を固く閉じながら、ルドベキアは雄しべの先端の花粉をどうにかするために、思い切ってランドルフの下着の中に手を入れるしかなかった。
女は度胸だ、ランドルフは大学進学のための大切な金づるだ。
日に日に健康を取り戻しているとはいえ、相手は看病が必要な病人なのだ。夜の夫婦の寝室で二人きりでベッドに転がっているから、妙な抵抗感を感じてしまうのだ。
そうすべきだということをするのに、何の遠慮がいろうか! とルドベキアは覚悟を決めた。
しばし病人にくっついて細い身体に触れていると、ルドベキアの耳や首筋が舐められた。くすぐったい上に、ランドルフの顔にはどういうわけか締まりがない。
初めて目にする甘く溶けたような表情で、こめかみや、頬に、たどたどしく手を当ててくる。
まなじりにキスされた時には、ルドベキアはさすがにびっくりして、手がお留守になってしまった。決死の覚悟で珍訓練につき合っているというのに、なぜ邪魔をして人の居心地を悪くさせるのか。
腹立ちまぎれに睨みつけると、突然のしかかられて口まで塞がれた。
そこから先はもう、ルドベキアが早く終わってほしいと思うことばかりとなってしまった。
あと1週間で大学生活が始まる。子種を出すの練習の初日から、こんな濃厚な時間を過ごしていて大丈夫だろうか。脇道はないかと懸命に考えるのだが、身体が不自由な人間の方が手練れの口づけ魔とはどういうことなのか。
無意識に逃げ出そうとするルドベキアを、逃がさないとばかりにランドルフが抱き込もうとする。随分と身体も腕の動きもスムーズになっている。
これではごくごく普通の、貴族の新婚夫婦ではないか。
口の中を掻き回されると溜まった唾液がこぼれそうになり、顎を引こうとしたらランドルフに吸い付かれた。唾液をぢゅっと啜られ、居た堪れない気持ちが込み上げる。
「汚い……」
「いい」
この行為にランドルフは夢中になった。
おやすみの口づけ時だけならまだしも、おはようの口づけ時にも執拗に要求されると、いくらなんでも朝はと渋りたくもなる。ところがゴロゴロリハビリを会得しているランドルフは、あっという間にルドベキアの上になって逃げ道を塞ぐのだ。
今日こそ大学の寮へ引っ越し荷物を送らなければ、と考えていた日の朝だった。
ついに、ランドルフの子種を出す練習が成功してしまう。




