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第10話 花婿、ついに立つ

 ランドルフと暫し二人で過ごした後に、茶会の準備を終えたグレタと世話役の使用人夫婦の元へと引き返した。

 すると世話役の使用人夫婦が、仲良く立ったままでウトウトしていた。


「申し訳ありません!」


 何かの気配で目が覚めたのか、世話役の使用人夫婦は居たたまれないとばかりに俯き続けている。

 伯爵家に仕える使用人が主を忘れてのうたた寝は失態だったが、日に日にランドルフが健康になって気が緩んだのだろう。長年の疲れも溜まっているはずだ。


 それにしても立ったまま眠るなんて器用だな、と驚きはしたが。


「お前達、寝ていたの? 使用人の管理もできない嫁と叱られたくないから、ウエスト夫妻には黙っておいてね。命令よ」

 肩を竦めて笑うルドベキアに、使用人夫婦は項垂れたままだ。


「そうだ! ランドルフ様が今度はご両親も一緒にお茶を、と仰って下さったの。ご都合を伺ってくれるかしら」

 これには世話役の使用人夫婦も顔を上げ、「かしこまりました」と嬉しそうな様子で、深々と頭を下げた。


 数々の好ましい結果に、ルドベキアは大満足していた。


 その後、ささやかな茶会が始まった。最初は人前でお茶を飲ませてもらったり、小さな菓子を含ませてもらうのが恥ずかしいのか、ランドルフは一切合切を拒む。

 庭を見ているだけでいいから、と。


「仲のよい恋人同士や夫婦は、食べさせたり食べさせてもらったりするのが楽しいものです。私も亡くなった夫に食べさせてあげると、照れながらも喜んでおりました。ルドベキア様、ランドルフ様はご遠慮なさっているだけです。ご本心では望んでおられるはずです」


 背後に控えていた、グレタからの助言だった。

 使用人夫婦は何ともいえない表情を浮かべていたが、ルドベキアは車いすの傍に椅子を近づけ、ランドルフの口元にカップを寄せた。


 やはり目が合うことはなくグレーの瞳は逸らされたままだが、口は少し開いたので慎重にお茶を飲ませてやった。次に小さなクッキーを近づけると、眉根を寄せながらもそもそ食べる。

 冷え切った夫婦関係では絶対にやらない行為を素直に受け入れられると、何かの拍子にウエスト夫妻から、食事の介助の仕事を頼まれるのではないか。


 だがしかし図書館通いの時間が削られるのは、とルドベキアは口籠って俯いた。



 *



 庭での茶会で少し近づいたような? そうでもないような? 夫婦生活は、そろそろ4週目に突入しようとしていた。


 夫婦二人だけでゴロゴロリハビリができるようになっただけでなく、ランドルフは時間はかかるが、一人で寝返りができるまでに回復した。

 まだまだ歩行には程遠い状態ながら、意識が戻った当初は身動き一つできなかったのだからものすごい進歩である。


 代々軍の将官を務める名門の嫡男だけのことはあった。


 しかも朝ルドベキアが目覚めると、ランドルフが腰のあたりに縋るように眠るようにもなっていた。夜と朝の口づけでは、やけに濃厚に口づけてくる。


 最初のころは重ねて触れるだけで、やはり身体の自由だけでなく口の中の自由も利かないからか、それ以上の事態には至らなかった。それが角度を変えて甘く食まれるようになり、初めてねだるように舌が侵入してきた時には、ルドベキアはもの凄く驚いてしまった。

 口づけの技術まですごい進歩なのである。


 代々軍の将官を務める名門の嫡男だけのことはあった。


 本格的な口づけの時間が長くなり、もうお話し相手のような形の婚姻ではなくなりつつある。そのうちに本物の初夜を迎えなければならないのではないか? と、ルドベキアはとてつもなく焦っていた。


 そしてある朝ついに、ランドルフの身体の一部が立つという珍事件が発生した。


「立った! 立った! ランドルフ様のが立った!!」

 

 もう何度目のお祭り騒ぎだろうか。


「ルドベキア様は神様です!!」


 ウエスト夫妻だけでなく、ウエスト家の使用人一同からも崇め奉られてしまった。夫婦生活が可能ではないか? お子様ができるのではないか? の声まで上がり始めると、ルドベキアはさすがにギョッとする。


 早朝から医者も呼ばれ、ランドルフの身体の一部が立ったことが報告された。


 医者もさすがに驚嘆していた。

 7年間も意識がなかったランドルフが突然目覚めただけでなく、日に日に健康を取り戻し、ついに健常な成人男性にまで戻った? 至った? のだから。


「たった3週間で、ここまでの回復は尋常じゃありませんよ。朝勃ちは、ランドルフ様の体調が驚くほど回復しておられる証拠です」


 意識が戻ったとはいえ、少しの会話と少しの身動きが限界だと医者は考えていたそうだ。

 喜ぶウエスト家の人々と7年間も眠っていたランドルフ本人に向かって、「リハビリで寝返りができればいいな、程度の回復しか見込めない」などと、さすがに口にするのは憚られたと釈明する。


 今や内臓が活発に働き、身体中に栄養が巡っている。


 ランドルフ自身が意欲的にリハビリに取り組み、目に見える効果が出ることで、また新たな好結果を引き寄せている。全てにおいて好循環が起こっているのだ、と医者は笑顔で断言した。


「やはり若奥様を迎えられたのが大きかったですね」

「そうなの、愛の力なんです先生。ルドベキアちゃんに嫁いでもらって本当に良かったわ」


 目論見違いを補って余りある医者のフォローに、ウエスト夫人からは嗚咽が漏れた。


「目覚めたら若奥様がおられ、生きていることを実感されたのでしょう。そして毎朝、毎晩、励ましの口づけを贈られれば積極的にもなりますよ。ですから私は、ゴロゴロリハビリを提案したのです。動かない身体でもベッドの上で、繰り返し愛しい若奥様と抱き合っていれば、必ず輝かしい成果が得られるはずだと!」

「ありがとうございます、先生!!」


 医者の言葉に何度も何度も頷くウエスト夫人の瞳からは、涙が噴き出していた。隣に寄り添うウエスト伯爵も唇を戦慄かせている。


 二人の感激は理解できたが、話はどんどん、ルドベキアの望まぬ方向へと走り出した。


「これで子種が出せるようになれば、お子様誕生も夢ではないかと」


 子種!?

 ルドベキアが最も恐れていた発言が飛び出した。


 ウエスト夫妻だけでなく、夫婦の寝室に駆けつけていたウエスト家の使用人一同からも、ごくりとつばを飲み込む音が聞こえてきた。ついでにグレタまでもが医者の次の言葉を、身を乗り出すように待っている。


「歩行ができずとも子種を出す行為ができれば、若奥様の頑張りによって妊娠は可能になります」


 若奥様の頑張りとは、医者はどのような頑張りをルドベキアに期待しているのか。ルドベキアの全身の肌が粟立った。


「このような場で申し上げるのは憚られる内容ですが、あえて医学的見地(・・・・・)から申し上げます。若奥様がランドルフ様の上に乗って頑張って下されば、受精も可能になります」


 じゅ、受精!?


 伯爵家に嫁いできた貴族の令嬢なのだから、ルドベキアが純潔であると医者も十分に承知しているはずだ。その純潔の令嬢に、あなた主導で頑張れ、はさすがに酷だとの配慮が感じられない。

 包んで隠して誤魔化しているが、これから行なわなければならない行為は、ルドベキアの身体の芯を打ち砕くような内容だ。


「頑張ってくれる? ルドベキアちゃん」


 ウエスト夫人の申し出に、ふるふると首を横に振りそうになる。


「私からも頼む」


 ウエスト伯爵までもが頭を下げる。伯爵の現在の階級は中将だ、度々頭など下げさせてはいけない人物だ。しかし懇願の内容が内容なので、やはり勘弁してほしかった。


 ルドベキアは混乱のあまり、返事をと急かされても、どう答えていいかが分からない。何とか声を絞り出そうとするものの、思うように声が出ないのだ。


 さすがにそんなルドベキアを気の毒に思ったのか、医者が別の角度からの提案をしてきた。


「まあ、まずは子種を出せるようになることです。男性は案外と繊細な生き物ですから、急かせば上手くいくものも上手くいかなくなります。ランドルフ様は子種を出せるようになる練習から始めましょう」


 子種を出せるようになる練習!?


 観衆はざわめくが、また医者や世話役の使用人夫婦の前でおかしなことをやらされるのだろうか。どんなに言葉を美しく取り繕おうと、ロクでもない練習に違いない。


 ルドベキアは戦々恐々とした。


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