第一章 『騎士団』凱旋③
少女は、
彼女に会うまえ、
医者と会って進捗状況を聞いた。
朱莉は現在、中央小付属朱雀総合病院に入院中の身である。そこは尊の妹である唯が入院している病院でもあるわけだが、術後、目が覚めてからというもの、唯の病室を訪れ、話をするのが日課になっていた。
いままでは学校は休んでいたため、尊と会うことはなかったが、今日からは復学したわけだから、面会時間ぎりぎりまでいる尊とは、必然的に毎回鉢合わせすることとなる。
しかし、どんなにいやそうな顔をされても、朱莉はもう、特になにも思わないだろう。たぶん、慣れたのだ。感覚が狂ってきたともいう。
毎日ではない。三日に一度くらいだ。尊だけでなく、唯としても、兄妹水入らずの時間は大切にしているに違いないし、毎日行っていては迷惑だろうから。
今日は初日だったし、話すネタも増えたので、行こうかとも思ったがやめておこう。会うのは明日にしようと、自分の病室にむかっていたときだ。
唯から連絡が来た。尊がいないときに、アドレスを教えておいたのだ。曰く、今日は尊が用事で来れないから、もし迷惑でなければ話し相手になってくれないか、というものだった。
それを見て、朱莉は雷に打たれたかのような、強い衝撃が走った。あの尊が、用事があるから唯に会いに来られない。これは異常事態と言っても過言ではない。
たしかに、いままでにも放課後に予定が入るのを見てきた。また今回も、その類なのかもしれない。が、尊であれば逃げ出してでも来そうなものだ。そうしないということは、『君主』のときのような、重要な用事ということだろうか。なんとなく、律子に首根っこをつかまれて引きずられていく光景が頭をよぎる。
ともかく、そういうことなら仕方がない。どうせ病室にいても、テレビを見るか、本を読むくらいしかすることがないのだ。お言葉に甘えて、お邪魔することにしよう。
こんなことなら、なにかお土産買ってくればよかったかな、とちょっと後悔した。
少女は、
彼女に会い、
他愛のない話をした。
『安全地帯』……朱雀地区のとある一角、中央省からすこし離れた場所にその建物はあった。俯瞰図で表すと、『口』。内側は中庭となっており、滑走路まで整備されている。
日夜『フレイアX』と戦い、『安全地帯』に文字通りの安全をもたらした一団――『騎士団』。その本部であった。
尊、律子、瀬戸の三名は、中庭の一角……滑走路から離れた場所にいた。
「おい、この俺をいつまで待たせるつもりだ?」
これ見よがしに貧乏ゆすりをしつつ、尊がイラついた声で言った。
「まだ五分しかたってないわよ」
律子が言った。
「〝五分も〟だ。俺の貴重な時間を五分もムダにしているんだぞ」
「いいから静かにしてちょうだい」
「唯との時間よりこっちを優先してやったというのにこれとはな。まったく、腹の立つ話だ」
今度は律子は無視をした。しかし、尊の愚痴は止まらない。
「だいたい、なぜ俺がこんな下らんことをしなければならないんだ? 出迎えぐらい貴様らでやればいいだろう。ただぼさっと突っ立っているだけとは、徒労というほかない。今日のこの時間は、俺の人生の中でも五本の指に入る無意味な時間になるだろう」
「尊」
瀬戸がため息交じりに言った。
「あいつらは二ヶ月間もぶっ続けで仕事してたんだぜ。すこしくらい労ってやれ」
「労うさ。気が向いて、機会があったらな。ここでこうしている必要はないだろう」
「じきに帰ってくるから黙って待て。鬼柳ちゃんがいるのにおまえがいないんじゃ、不格好だろ」
「不格好ねぇ……」
尊は鼻を鳴らすと、厭味ったらしく周囲を見回す。
「そういえば、一人足りないな。すこし合わない間に、天寿を全うしたか?」
「生憎、まだお迎えは来ていませんよ」
突如後ろから声が聞こえたが、しかし尊たち三人はだれも驚いた様子は見せなかった。振りむくと、そこには一人の老人がいた。
「やあ、源さん。元気そうですね」
瀬戸が親しげに声をかけると、老人は中折れ帽子をとって応じる。
和服を着た男だ。人当たりのよさそうな顔をしているが、その身のこなしや立ち振る舞いには一部の隙も無い。杖を突いているくせに足腰もしっかりとしており、ピンと伸びた背筋からは、凛とした空気と、一本の刀のような雰囲気がある。
「おかげさまで。皆さんもご壮健そうでなによりです」
全員にあいさつした後で、源と呼ばれた男は瀬戸に向き直ると、
「遅れて申し訳ありません。すこし寄り道をしていたもので……」
「なに、構いませんよ。ちょっと到着が遅れているようですからね」
寄り道、の意味を察した瀬戸が、ひょいと肩をすくめて言った。
「なら俺はもう行くぞ」
「待て。もうすこし前後の文脈を考えてしゃべれ」
歩きだす尊を瀬戸が制す。
「貴様らがいるなら、俺がいる必要はないだろう」
「ついさっき言っただろ。俺たちがいるのに、おまえだけいないんじゃ不格好だ」
尊はまた舌打ちとともに鼻を鳴らす。
「フン、これだけ待たされるなら、もっとゆっくり来るべきだったな。なあ、副団長殿」
と、尊は律子に嫌味な視線をむける。というのも、彼はここまで律子に引っ張られてきたからだ。
「そうかしら。これを期に、すこしは待つってことを覚えたほうがいいんじゃない?」
皮肉をかえされ、尊が懲りずに口を開こうとしたときだった。
「小隊長」
源が制するように言った。
「そう焦らずじっと待つことです。逸ったところで、なにも変わりません。心を落ち着かせ、自身と対話するのです。そうすれば、期は熟す」
「フン、ずいぶん老獪なことだ。そう都合よく物事が進むなら、この世ももうすこし生きやすいだろうよ」
「そうでもないみたいだぜ」
瀬戸が中折れ帽子のつばをすこし持ち上げ天を仰ぐ。遠く、上空に、なにかが見えた。
それはやがて音を伴って、大きくなる。
純白の、一切の汚れも見られない飛行機だった。
「フン、ようやくお出ましか」
止まった飛行機から、白い服を着た者たちが次々に降りてくる。彼らは左右一列に並び、一斉に敬礼をした。
そこから、三人の人間が降りてくる。
一人は、色の白い、細身で長身の男。
一人は、白いマントを羽織り、不気味な白い仮面をつけ、傷んだウィッグをつけた男。
一人は、純白のドレスを着た、鮮やかな金髪を持つ美しい女。
彼らと視線を合わせ、瀬戸はにやりと笑う。
「さあ、『騎士団』の凱旋だ」




