第二章 〝士議会〟①
少女は、
彼女に別れを告げると、
また来月来ると言って病室を後にした。
『騎士団』本部の、三階中央の大部屋。『U』型のテーブルを中央に置き、純白の壁と天井に覆われ、部屋の四隅には観葉植物、壁には有名な絵画のレプリカがかけられている。
団長と副団長、各隊の隊長たちを集めて行う、『騎士団』会議――〝士議会〟が行われる場である。
列席が許されるのは、『騎士団』の創設者である瀬戸、彼の秘書である丹生。団長、副団長、連隊長、大隊長、中隊長、小隊長の計八名のみ。ここで受け取った書類は外に持ち出すことは許されず、その場ですべて頭の中に、正確に、しかし迅速に叩き込まなければならない。議事録も残されないため、ここでなにが話され、またなにが決定されたのかを知る者は、列席者のみであった。
「それでは、今回の遠征の成果についてご報告させていただきます」
色白の男が言った。
「ああ。頼むぜ、刀哉」
瀬戸が言った。
刀哉、と呼ばれた男は素早く点頭する。彼はいま、入り口前で直立不動の姿勢をとっていた。一部の隙も無い、一本の刀のようなその佇まいは、西園寺や源を彷彿とさせる。彼の後ろには、仮面の男と金髪の美女が控えている。
部屋の一番奥、上座に腰かけた瀬戸は、まっすぐに刀哉たちを見据えている。律子は上座の一つ下の席に、源はその下の席、尊は下座に腰かけていた。瀬戸の後ろには、秘書である丹生の姿もある。
「今回……二ヶ月に及ぶ大規模な遠征となりましたが、我々に課せられた任務は大きく分けて二つ。
第一に、四つの『アドラスティア』支部の制圧であります。潜入捜査によって正確な内部情報を得ていたこともあり、制圧は速やかに完了しました。
第二に、『アドラスティア』最高幹部の一人である一 二三の拘束ですが、情報通り、最初に制圧した支部にて発見、戦闘となりましたが、拘束に成功。他の信者に関しては、すべて処理しております。したがって、四つの支部に関しては、完全に無力化に成功。『騎士団』の死者はゼロ。
以上の点を鑑みて、今回、我々に課せられた任務は、滞りなく完了したことを、団長としてご報告させていただきます」
「ご苦労。おまえたちも無事でなによりだ」
瀬戸はとくに満足げな様子もなく言った。彼らが任務を遂行することを確信していたのか、できて当然と思っているのか。
一二三というのは、以前から逮捕しようと探していた『アドラスティア』の重要人物である。それを捕らえたというのに、うれしそうな様子もない。部下のまえで舞い上がった態度をとりたくないのか、それとも……。
一は、さきほど頭に白い布をかぶせられた状態で、手錠をかけ、足にも重りをつけ、首輪までつけて、十人以上の『騎士団』団員によって『騎士団』本部の地下牢に連れて行かされた。たかが信者一人に、仰々しいほどの対応である。
「いやいや、元帥殿に労っていただけるとは、頑張った甲斐がありますなぁ!」
仮面の男が大げさに両手を開いて、さも嬉しそうに言った。彼はこう見えて、『騎士団』の大隊長である。
金髪の美女に汚物を見るような目をむけられるも、彼は気にした様子はない。今度は一転して低い声でつづける。
「しかし、『安全地帯』はそういうわけでもないようだ。ゴタゴタがあったのでしょう?」
意味ありげな言いかたをする。わざとしているのだと、会議室の『騎士団』幹部たちは思った。
フン、と傲慢そうに鼻を鳴らした者がいた。意外にも、それは尊ではなかった。
「わたくしたちがいないときに限ってこの体たらくとは、ちょっと危機感が足りないんじゃありませんこと?」
「手厳しいな」
瀬戸は困った様子で肩をすくめた。
「まったく、こんなことじゃ、おちおち遠征にも行けませんわね」
すべてを見下すかのように言う女。瀬戸は言いかえすことはしなかった。苦笑いでそれを受けている。普段尊を相手にしているために、いちいち言いかえす気にはなれないのかもしれない。
「中隊長」
低い声でそれを遮った者がいた。刀哉である。彼は顔をすこし後ろにむけ、静かに女を見据える。
瞬間、部屋の空気が張り詰めるのを、住人たちは肌で感じた。刀哉が纏う鋭利な、むき出しの刃物のような雰囲気、その切っ先が、まっすぐに中隊長と呼ばれた女の喉元に突きつけられている。
「言葉が過ぎる。弁えなさい」
ひるむことなく、刀哉をにらみつけるが、やがて汚いものを吐き出すかのような調子で言う。
「……相変わらず、身内には甘いんですのね」
「『安全地帯』で起こった問題については、すべて解決したと聞いています。だから彼女はそこにいる」
と言って、刀哉は視線で律子を指す。
「その報告を受けたとき、あなたもいたでしょう。心中お察しするが、『騎士団』中隊長である以上は規律に従っていただく。できないのならば、粛正する義務が、私にはある」
腰に差していた刀を傾け、
「お分かりですね? 副団長」
律子に視線を投げる。彼の視線は軽くはない。重く、体に突き刺さるかのようだ。
「ええ」
しかし、律子は軽く、やわらかに答える。
「私はこれからも、あなたを補佐するつもりです」
「結構」
刀哉は満足したというよりは、事務的な調子でうなづく。
「失礼しました、元帥」
「なに、構わねぇよ。貴重な内部の意見だ。取り入れていかないとな」
瀬戸は軽く手を振って言う。
「もちろん、おまえもだ刀哉。意見があるなら遠慮なくいってくれ」
「私は些末なことに興味はありません」
言葉の通り、彼の言葉はどこまでも冷たいもので、一片の興味すら示してはいない。
「問題が解決済みであれば、私から言うことはなにもない。『騎士団』の規律を守り、結果さえ出せばそれでいい」
そのとき、刀哉の言葉を遮るように、足で小刻みに床をたたく音が聞こえてきた。目をむけると、もっとも、むけるまえから予想できたことではあるが、それは尊の貧乏ゆすりだった。
「報告が済んだのなら、もう解散で構わないか? 貴様らと違って、俺は忙しいんでね」
刀哉の視線が、比喩でなく〝突き刺す〟ように尊を見た。しかし、尊の態度はいつもと変わらない。口元に皮肉な笑みを浮かべ、刀哉を見据える。
「小隊長……」
「ああっ。申し訳ございません、尊様っ!」
そのとき、刀哉の言葉を遮るようにして、唐突に甲高い声を上げた者がいた。金髪の美女である。彼女はじつに大げさなしぐさで尊のもとへ駆け寄ると、その場に跪いた。
「お時間をとらせてしまい、申し訳ありませんっ! しかし、わたくしはこうしてお会いできる日を心待ちにしておりましたわ!」
すがりつくようにイスの肘受けをつかむ。
「尊様! わたくしが不在の間に大変なご迷惑を……面目次第もございません……」
「まったくだ」
尊は我が意を射たりとでも言いたげにイスにふんぞり返った。ふんぞり返りすぎてそのままひっくり返るのではと思うほどである。
「律子の件に『君主』の件、そして先日の『英霊館』事件……どうやら俺の周りにはふがいない人間が多く、そのために俺にしわ寄せが来るらしい。迷惑な話だ」
「よく分かりますわ。尊様は〝天才〟でいらっしゃるがために、凡人から頼られてしまうのです」
「そのせいで、俺はここ最近働きづめでな。恵梨、俺は休むべきだと思わないか?」
「思いますわ」
金髪の美女――恵梨は即答した。
「聞いたか征十郎。いるところにはいるものだ、話の分かる人間がな。貴様もそうであることを切に願う。分かったら休みをよこせ」
急にぺらぺらとしゃべり始めたが、要するにそれが言いたかったものらしい。しかし、『騎士団』幹部たちは尊との付き合いがそこそこ長い。みな無反応だった。
「前向きに検討してやる」
瀬戸はため息交じりに言うと、
「そのためにも、俺たちにはやることが山ほどある。まずは、もう一度話してもらうぜ。おまえがさっき言った、『英霊館』での事件について。丹生ちゃんが入れてくれるコーヒーでも飲みながら、ゆっくりとな」




