第一章 『騎士団』凱旋②
少女は、
窓の外を見ながら、
今日は彼女となにを話そうかを考えていた。
「皆さん、おはようございます」
朝のHR。教壇に立ったクラス担任、鬼柳律子がよく通る声で言った。
「すでにご存知かと思いますが、一応ご報告しておきます。二ヶ月まえから遠征に出ていた『騎士団』ですが、任務を終えたため、帰還することとなりました。それにともなって、二週間後に凱旋パレードを予定しています。日程は日曜日の午前十一時からとなります。騎士団養成学園の候補生は全員参加となりますので、全員、予定をあけておいてください」
「教官、一つ質問だ。サボりたい場合はどうすればいい」
話をまったく無視して発言したのは、もちろん尊である。
「これは学園の行事に含まれるので、普段の講義とおなじく、あなた方には参加する義務があります。のっぴきならない理由がない限り、欠席は許されません」
律子はまったく動じない。尊の言葉が聞こえていないかのように、しかし尊の発言を封じつつ話をすすめる。
『騎士団』の遠征については、朱莉も説明を受けているので知っている。『騎士団』は散発的に『危険区域』に遠征隊を送りこんでいるが、今回の遠征はかなり大規模なもので、いくつかの『アドラスティア』支局を制圧するのが、その目的らしい。
今回の遠征は、律子が言っていたとおり二ヶ月まえ……つまり、自分が『安全地帯』に来るすこしまえから行われていたもののようだ。
それだけあって、パーティーが催されることになったのだろう。楽しみにしているクラスメイトもいるようだが、尊にはその気はまったくないらしい。舌打ち交じりにあくびをしている。
「フン、のっぴきならない理由ねぇ……」
バカにしたように鼻を鳴らすと、
「あるぞ。のっぴきならない理由。その日俺は……」
「妹と会う、話す、出かける。それ以外にかしら」
なぜか胸を張っていた尊だが、律子に発言を封じられ、忌々しそうに舌打ちをするとイスに深く腰掛けた。
さすがというべきか、尊の扱いに関してはかなりこなれている。ひょっとしたら、この件に関する押し問答はすでに行われていたのかもしれない。
(凱旋パレードかぁ……)
不機嫌さを隠そうともせず、仏頂面で口を結んでいる尊の横で、朱莉は一人考える。
『安全地帯』に来て、そろそろ二ヶ月経つが、尊や律子以外の『騎士団』の人にはあったことがない(団員にはあるが、団長や、隊長職を務めている幹部には、会ったことも見たこともなかった)。
(どんな人たちなんだろう……?)
以前、律子から聞いた話では、『騎士団』は徹底した実力主義であるらしい。いくら性格に難があろうが、結果さえ出せば出世する。それを聞いて妙に納得した。目のまえに、これ以上ないくらいそれを体現している少年がいたからだ。
あまり、というより、とても考えたくないが、ほかの隊長たちも尊のように、だれかれ構わずかみつくような、狂犬だったりするのだろうか。
それを考えると、会いたいような、会いたくないような、とても複雑な気持ちになる朱莉だった。
少女は、
彼女に会うため、
電車を乗り継ぎ朱雀地区から出た。
『安全地帯』は、二週間後に控えた〝『騎士団』凱旋パレード〟一色になっていた。そこかしこの旗やら垂れ幕には、『騎士団』凱旋を謳う文字が躍っている。
日夜『フレイアX』と戦い、『安全地帯』を守護する〝正義の味方〟。
その彼らが、約二ヶ月ぶりに遠征から帰還するのだ。住民たちに本気で祝う気があるのかどうかはともかく、中央省としては〝一大イベント〟として計画しているものらしい。だから正確には、〝なっている〟というよりは〝している〟というほうが正しいかもしれない。
放課後、朱莉はとある場所へ足を運んだ。
朱雀霊園。
むろん、目的は墓参りである。
いかに祝いとはいえ、さすがに、霊園までその色には染まっていない。ここは静かなものだった。まるでここだけ別世界のような、不思議な感覚だ。
すでに日は傾き、時折カラスの鳴き声が聞こえる。電線の上にとまっているのは、お供え物を狙っているのだろう。
お供え物は持ってきていない。花だけだ。この霊園はいまどき珍しく、井戸で水をくむものらしい。桶に汲んで、墓にむかう。
その途中、一人の男とすれ違った。深い色合いの着物を着て、羽織を羽織った老人である。杖を突いているが、腰はまったくまがっていない。足取りもしっかりしている。桶を持っていることから、墓参りの帰りのようだ。
すれ違うとき、かぶっていた中折れ帽子をちょっと上げ、会釈をされた。しわの目立つ顔に人当たりのよさそうな笑みを浮かべている。朱莉も会釈をかえし、歩き出そうとするが、ふと足を止めて振りかえる。
さっきの老人と、どこかで会ったような気がしたのだ。思い出そうとするが、なにも思い出せなかったので、歩き出す。そこで、もう一つのことに気づく。
いまの人は、だれに会いに来たのだろう。
この先にあるのは、いまから自分が行こうとしている墓がある。
朱莉の目的地は、双子の妹、詩織と西園寺の墓だ。
今日は、二人の月命日である。
『安全地帯』における彼女らの立場は極めて特殊である。そのため、偽の戸籍を用意し、まったくの別人として、埋葬したのだ。
それを知っている人物は限られる。にもかかわらず来たということは、あの人は詩織たちの知り合いということか……?
そうだ、さっきの老人、だれかに似ていると思ったら、西園寺に似ている。ルックスの話ではなく、雰囲気というか、立ち振る舞いとか、そういったものだ。だから、詩織たちの墓に行ったのかと思ってしまったのかもしれない。
いったい、だれだろう?
すこし考えた朱莉だったが、心当たりはない。第一、朱莉に知り合いなどほとんどいないのだ。考えても仕方がない。二人とは話したいことがいろいろある。あきらめて歩き出す。
鈴木家之墓と書かれた墓石だ。
墓石を掃除しようと思っていたのだが、きれいなものだった。まるで、ついさっきされたかのように。線香もまだ長く、ついさっきつけられたように見える。
やはり、さっきの老人だろうか……。
そう考えつつ花を供える。もっとも、花はすでに供えられてもいた。たぶん、これもついさっき供えられたものだ。まだしおれていない。真新しいものだ。朱莉も花を供え、手を合わせる。
話すことは山ほどあった。出会う以前……いや、再会する以前のこと。してから、一緒に過ごした短い時間。そして、入院生活のこと、学園でのことも。
まだまだ一緒にやりたいこともいっぱいあった。それなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
瀬戸や律子から聞いた話だが、犯人の白瀬は、あれから行方知れずだという。一ヶ月たったいまも探しているにもかかわらず、手がかりすらつかめていない。
それだけではない。いままで、彼女が『安全地帯』で過ごした痕跡も、すべて消え失せている。彼女のいた玄武地区、仕事をしていた外務省、暮らしていた家……そのすべてから、きれいさっぱり消えてなくなっている。まるで、そんな女など最初からいなかったかのように。
前述したとおり、『安全地帯』における詩織たちの存在は、極めて特殊である。表立って捜査することすらできない。
歯がゆかった。それに、くやしい。これでは、詩織たちを弔うことすらできない。だが、なぜだろう。白瀬を、詩織と西園寺を殺した彼女を、心から憎むことができないでいる。
それに気づいたとき、正直困惑した。以前、孤児院の母と妹たちの死を、瀬戸に利用されたことがあった。その時も同じように〝憎む〟ことができなかったが、それと今回とでは次元が違う。
星野祥子と孤児院の妹たちを殺害した、律子に対してさえ、心から憎むことができずにいた。
今回もおなじだ。彼女は、白瀬は、妹と父親同然の男を殺したのだ。なのに、なぜ……。
それを考えるとき、奇妙な浮遊感に襲われる。まるで、自分が自分ではないような、どこか遠くからそれを見ているかのような、そんな感覚。
そうして、感じる。その、自分ではない何者かが、自分になにか語りかけてくる、声が。聞こえるのではなく、感じるのだ。そのような、確信めいた、奇妙な感覚を。
『君主』暗殺のテロ事件に関わっていたとき、瀬戸から聞いた〝女神が女神たる五つの条件〟にもあった、〝慈悲深い心を持っていること〟。まさか、それが理由だというのか……?
最近、そんなことばかり考えている。だれかに相談するつもりはない。ただの感覚的な問題だし、言葉にするのは非常に難しい。話せる人はいるが、もっと自分の中で折り合いをつけてからにしたい。
だからいまは、詩織と西園寺にだけで十分だ。こうして墓参りができる日を、朱莉は心待ちにしていた。二人が死んでしまったことを、どうしても、すぐに納得することはできなかった。一ヶ月経ち、ようやくほんのすこしだけ心の整理がついた。彼らを知る者の一人として、いまはその死を悼んでいたい。
自分にできることはそれだけだ。二人がつなげてくれた、守ってくれたこの命を、大切にすること。守ってよかったと思われるように、胸を張れるように生きていくことだけだ。




