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看板娘、頑張る  作者: 相川イナホ
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出発



風呂あがりにリナリーを父が抱っこして運んできた。

右足が少しだけ不自由な父は、リナリーをしっかりと抱きかかえていた。


 ルルが見ていて少しだけハラハラしているようだ。


 宝物を渡すかのように、父は布を広げて待つ姉にリナリーを渡す。

 姉はリナリーを受け取ると髪や身体の水分を拭いてあげている。


 「父さん、力は強いから。ただ思うように動かないだけ」

 

 「怪我はどうして?」


 「うん。まぁ昔冒険者をしててね。その時のね」


 父の怪我は腰から右足にかけて、双首の大トカゲに噛まれた時の傷が元で痺れと運動阻害がある。

 その時の傷が元で冒険者を辞めざるを得なかった。

 怪我がなければ、まだ冒険者をしていたかもしれない。

 普段の生活では少しだけ不自由なのは仕方ない。

 でも、私は父が冒険者をやめた時、うれしかったのだ。

 これでもう帰ってこない夜を心配しなくていいって。


 その影響もあるかもしれない。

 グレイブが冒険者という生き方を選択した時、新人を卒業するかしないか位の時に怪我をした時、それに別れるきっかけになった言い争いになった時の怪我の時、私はグレイブに冒険者はやめて欲しいと訴えた。

 本当に心配だったから。


 彼なしで生きていけないなんて本気で思っていたんだ。あの頃は。

 でも、彼に私の気持ちは届かなかった。

 単に怪我をした事への注意を小うるさく指摘されただけととったようで乱暴に拒否の言葉を投げかけられた。

 それが別れるまでになった喧嘩のきっかけ。

 まぁ私の言い方も悪かったように思う。


 ああいけない。

 私の汗は、なんでこんな時にこんな風に目より溢れ出るのだろう。

ほろりほろりと頬をつたって雫となって落ちていく。

 本当に邪魔くさいったら。

 

 汗がこんなに出るのはいつまでも暑いこの夏の夜のせいだ。

 明日は冒険者ギルドに行かないとだし、さっさとお風呂に入って寝てしまおう。


 ルルが私の様子を心配気に見ていたのには気がついたけど、私はルルにお風呂を進め、自分は散らかした野菜くずの処分をはじめた。


 眠って、ひと時でも辛い気持ちを忘れてしまえるように。

 綺麗に綺麗に調理場を片づける。


 鍋やボールを所定の場所に片づけながら、割り切れない思いも片づける場所があればいいのに、なんてぼんやり思いつつ。


  



 夢もみないで次の日の朝をむかえた。




 早朝、王都に護衛で出かけているグレイブ達とは顔を合わせないとは思うけど、と、ドキドキしながら冒険者ギルドに出かけようとした所をルルに引き止められた。


 「一緒に王都へいく」


 だから、王都までの護衛を頼みにいこうとしてたんだけど…。


 「一宿一般の恩義」


 いえいえ、そんなちょっと泊めただけなんだから、というかごはんの方はお代頂いたし。


 「下僕との待ち合わせ場所まで行くのが先」


 よくわからないけど、ルルに引っ張られて教会の前の噴水広場まで歩く。


「ここで?」


 ルルの待ち人はどこだろう?とキョロキョロしてくると、瞬きした一瞬のうちに隣に黒い服を着た青年が立っているのに気がつく。


 「うぇぇぇ????」


 びっくりして変な声が出た。


 「遅いぞ下僕」


 ルルは平然とした態度のままそう言った。彼のこんな登場はいつもの事のようだった。


 黒い髪に全身真っ黒の恰好は今日のような夏の日は暑そうで見ていられないと思ったのだけど、彼の額には汗ひとつ浮かんでいない。

 たしかにまだ朝の早い時間だけれど、もうもわっとした熱があたりに立ち込めているのに。


 「ルル様、また本に夢中になっていて、約束の事をまたお忘れになりましたね。わたくしが何時間待ちぼうけしたと思っておられます?」


 そういいながらどこからか取り出した日傘をさっと広げるとルルの上にさしかける。


 ルルはむぅと唇を尖らせた。


 「…わたくしが遅れたのはルル様のもうひとつの御用事を片づけていたからであります。…だめですよ。今お渡しできるものはありませんからね。すべて塔の方に運んでおりますから。…で、ルル様、こちらのお嬢様は?」


 彼の黒い瞳が私に向けられる。


 「あの、リリアンナです。」


 とりあえず名前を言ったけれどなんて説明しよう?






 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 元々王都へ行く用事があって用意されていたというルルの馬車に乗せられて、カモメ亭を経由して

 私とルルは王都へと現在向かっている。

 あまりの展開に自分でもびっくり。


 あれから、ルルが『一宿一飯』の関係を説明して、下僕と呼ばれている青年は『カゲ』という名前だと教えてもらった。ルルのお世話担当をしているのは二人いるらしく『カゲ』は下僕と呼ばれ、もう一人は『ヤミ』という女の人で、こちらは名前で呼ばれているらしい。


 なんだか、ルルの身元が高貴な血筋の関係ではないかと匂わせる関係なんだけど。あれ?暗部っていう言葉が浮かんだり忍びというよくわからない言葉が思い出せそうで思い出せない。

 なんでルルの事を高貴な人ではないかって思ったんだろう。


 まさか高貴な方が一人で町の飯屋でごはん食べたりしないものねぇ。


 馬車の中ではルルが『カゲ』さんにねだり倒して本を出してもらい、読み始めたので私は話す人もいなくて退屈になってしまい、窓の景色を眺めようか、と思ったところまでは覚えている。


 でも気がつけば、夜をすぎ朝を通り越して昼になっていてしかももう王都付近てどういう事なんだろう?

 私、何日も寝ていたって事?


 王都とカモメ亭のある宿場町はどんなに短く見繕っても乗合馬車で7日はかかるはずで、こんな目が覚めたらついていたっていう距離じゃない。


 首を傾げているとカゲさんが苦笑しながら教えてくれた。


 「ルル様が王都にある塔に届いた本を読みたいばかりに、せかしましたので」



 いやいや、そんな話のレベルじゃないはずでしょう。急がせたって7日の距離が一昼夜とかありえない。


 

 「このことはご内密に」


 いやいや誰に話したって信じてもらえないから。



 「下僕?何故、進まない?」


 「タイミングが悪く、王子殿下のパレードの規制にひっかかってしまったようで」



 王都への門をくぐりぬけてすぐに道が封鎖されていて馬車や荷車はみなそこで止められ、動かなくなってしまった。


 「歩きは大丈夫なようですがどういたしますか?」


 カゲは規制の事を説明して回っていた衛士を捕まえて事情を聞きだして問いかけてきた。


 「そうしよう」


 ルルはそれを聞くとさっさと馬車を降りてしまい、私の事を忘れてしまったのかどんどんと行ってしまった。


 「ルル?」


 私はどうしたらいいんでしょう。



 あまりの事に呆けていると、カゲが私に謝ってきた。


 「…ルル様がすみません。本の事で頭がいっぱいでああなるともう…。リリアンナ様はどうなさいます?

王都の冒険者ギルドもここから歩いた方が近い距離ですけど」


 「ここまで乗せてきてもらって助かりました。あとは自分でいけます」


 私も降りて歩く事にした。

 

 「人が多いですので、お気をつけて」


 カゲは手をふって見送ってくれた。


 「世の中にはまだまだ飯屋の看板娘ごときには知らない事が多すぎるわ」


 首をふって歩き出す。


 暫く歩くと、だんだん人の数が多くなってきてついには一歩も進めないほどになってきた。


 「王子殿下だ!」


 「レスティナ様もおられるぞ!」


 「将軍閣下だ!あれは愛馬のエティ号だね。」


 とうとうパレードが迫ってきたらしい。


 私ものびをして、せっかくだからと普段はお顔なんて拝めない高貴な方々を見物する。


 「ねぇねぇ王子様はどちらにいかれるの?」


 「魔境の魔物を倒しにいかれるのよ。」


 すぐ傍の親子がそんな会話をしているのを耳はさみつつ、もっとよく見ようとつま先で立つ。


 パレードの両側に騎士のみなさんが綱をはってそれ以上見物人が前に出ないように抑えているが、興奮した市民の皆さんは前へ前へと身体を押し出してくる。


 あ、ちょっと今、肩に手をかけたのは誰よ!


 「後ろへ下がれ!不敬であるぞ!」


 そのびっくりした誰かは下がるついでに私の肩をもうしろへと引っ張った。


「あ!」


 つま先で立っていた私は体勢をくずす。


 そこへ追い打ちで押されただれかが、私を押した。


ゆっくりと倒れていく視界に、ちょうどパレードが通りすぎていくのがうつる。


 将軍や、貴人ののる馬や馬車のうしろ、通り過ぎる騎士達の中に銀色の髪をうしろでひとつでまとめた一人の青年の姿が一瞬クローズアップして見える。


 ついで見物人の背中、青空と視界が変わっていき尻もちをついた後背中をぶつけ、最期はゴンという音とともに目から火花が出た。


「っつぅぅぅぅ!!!」


 声が出ないほど痛かった。


 倒れた私はちょうど後ろにあった何かに頭をぶつけたらしい。


 「おい大丈夫か??」


 いやいや大丈夫じゃない。走馬灯のようにいろんな画面が私の頭の中をかけめぐっているのだから。


 


 










 


 

 



 



 


 




 



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