そして日常へ
ルルと生まれ育ったこの宿場町から出かけたあの日から半年近くかかったんだよね。
ちょっと片道七日ほどの王都へ出かけてから帰宅まで!
姉の荷物を王都まで行って引き取って帰ってくる…だけの簡単なお使いのはずが、王女様誘拐を阻止し、侯爵家ご令嬢を救い、将軍様の危機にはせ参じ、ご子息の怪我を未然に防ぎ、未来に起こりうる裏切りフラグを折り、隣国の諜報員をこの国の王都から追い出した。
ちょっと私、働きすぎじゃないですかね?
季節は夏を通りこして冬ですよ。冬!
帰ったらもちろん父と姉にはめっさ怒られました。
父の承諾なしに勝手に食い扶持増やすし。(人外連れ帰り)
「うっわ寒っ」
店の前を履き清めているとどこか日本人顔の黒髪の少年が馬を引き出してくる。
「エリオール。今日はあなたなのね」
ちょっと目つきが悪いけれど、やさしい気性のいい馬だ。
「仕入にいってくる」
父が完全防寒武装の恰好して店から出てきたのを見て私は笑顔になる。
「気を付けていってらっしゃい」
父の傍らにはボーダーコリーに似た毛並の犬。
「レオ、父さんのこと、頼んだわよ」
「わふ!」
こっそりと父の背中に防御の付与と保温をつける。
父の麻痺していた足はもう殆ど元通りだ。
今回の旅でよかった事のひとつは、私の薬師スキルもカンスト近くになったことだ。
もちろん私はそのスキルで父の怪我を治すための薬を創った。
まだ少し疼痛が起きる事があるらしいけれど、いずれもっとスキルを鍛えて、そこも克服するつもりだ。
身体が動くようになった父は冒険者に戻る道もあったけど、幼いリナリーや私達姉妹の事を考えて、いまだ定食屋の主人をしている。
ただ材料を自ら狩りにいくようになったけれど。
そんな父に今日はエリオールとレオが父に付き添ってくれるらしい。
わたしとニュイが父たちを見送っていると冒険者の支度を整えたグレイブ達のパーティが店に訪れる。
「…よう。傷薬をくれ」
「……。いつものでいいのね?」
グレイブとはこんな会話が出来るようにはなった。
まぁそれ以上の会話はないんだけどね。
まぁ嫌味を言われなくなっただけでも進歩かもしれない。
私は調合した薬を店の片隅で売るようになった。まぁ細々と商売をしている。
グレイブ達も出かけると、店の奥から、リナリーを抱っこした超絶美貌の剣士が顔を覗かせた。
「ありがとう、アリオス。ねぇさんは?」
「夕べは赤ん坊の夜泣きが酷くて眠れなかったようで、まだ寝ておる」
「そっか、もう少し眠らせてあげましょ。じゃぁ準備を…下ごしらえを始めちゃいましょうか」
姉は第2子を出産した。恐れ多くもわが王国の王子の一人、フィリップ殿下のお子様である。
フィリップ殿下自身も11人いる王子王女殿下方の中で王位継承権は4位だから、それほど重要人物って訳ではないんだよね。
それに、リナリーも生まれたフレッドも非嫡子なんだけどね。そんなのは私達には関係ない。
リナリーもフレッドも私のかわいい姪、甥で姉にとっては大事な子ども。
父からしたら、かわいい孫達だ。
手を洗ってエプロンをつけ、頭には三角布。袖をまくって私は厨房に立つ。
料理人のスキルを発動して、野菜類の下ごしらえをはじめる。
一昨日父の狩ってきた獲物は時間熟成させて、香辛料で漬け置きしてあるから焼くだけだ。
結局、姉の荷物が収まりきらなかったので、元の店からそう遠くないところに大きな店舗を買った。
元はそれなりに大きな卸問屋があったところだ。
今までの食堂に比べて大きすぎたので魔道具と薬類のコーナーを作り、私とレオの作った品物もおいてある。そのせいか、それ目当てのお客さんも来るように。
裏庭には厩もあって小さな運動場と庭もある。まぁアリオスもエリオールも人型でいることが多いので殆ど使っていないけど。ここには将来、彼らのお嫁さんを住まわせる約束もある。
近い将来、牧場化しちゃうかも。
街道とは少し離れてしまったが、こんどの店の方が地元のお客さんがきてくれるようになったのはうれしい。 魔道具や薬を見に来る冒険者さん達がついでに食事していく事が多くなって、一気に口コミが増えた感じだ。
なんかねー。今までの料理は仕入れたお肉に限界があったみたい。
父が自分で仕留めてきたもので作ったお料理は超美味しいもの。
冒険者風の料理って、そういう事なのねと思った次第。
リナリーがうっとりしている。小さくても女の子なんだなぁ。
てかお馬さんなんですけど。貴女を抱っこしている彼は。
まぁある意味幼児らしいといえば幼児らしいか。
小さい子とお馬さん。メルヘンチックではある。
私の頭の中を某ランドのメリーゴーランドが周る
「「きゃぁぁー」」
歓声に振り向けば、新しくご近所さんになった、奥様、お嬢様方。
あ、アリオスがリナリーを高い高いしてるのを見てるのね。
微妙に営業の邪魔になる場所にいるわね。
…見物料とろうかしら。
あ、でもよい考えかも。
うんメリーゴーランドの方ね。そうそう。お寿司もまわってたわよね前世では。
お寿司、お寿司かぁ。お米食べたいなぁ。
とりとめない思考にふふっと笑いが浮かんでしまう。
あの記憶が蘇った日を境に以前の私と今の私、まるで違う人のようでそうでもない。
私は私で、別の誰かになったわけじゃない。私は私だ。
ただ、経験が人を変わったように見せるように、記憶の一部が私を変えたように見せるのだろうけど。
今の私はもう恋愛で浮き沈みしてた私じゃない。グレイブの事は哀しいけれど、そういう事もあるねって思えるの。
「ご主人サマ。ルル様が用事あるってー」
「ていうかもう来てますけどね」
ふりかえると、ルルがカゲとイモの皮むきをしてしている。
「はいはい。いつもありがとうねー」
「料理人スキル…つかえる」
「ルル様、早くスキルが身につくといいっすねー」
「あっは。がんばってー」
私だけでなく、私の環境も変わったかもしれない。
以前の私はグレイブ一筋で友達とかいなかったけど、今はルル、ルルリアにマリエステル王女、ダフネ様それにジュニアとか人外達とか、親しい人がいっぱい出来た。
時々、マリエステル王女からのお願いやジュニアからの頼みごとなんかも引き受けてる。
そしてダフネ様のお招きで侯爵家にも訪問させてもらえて、憧れのイザーク様にも会えた。
ほんと素敵な方でした。気さくで。優しくて。目にも優しいし。でも残念ながら、アリオスを見てるから目が肥えちゃってて、いぇ素敵なんですよ?素敵なんですけど。
んーあれはゲームでは3年後だからかな?3年の月日は人族には長いよね。
3年後に期待。
私の世界はどんどん広がっていって、狭い世界しか知らなかった私の価値観を洗い直してくれている。
以前の私は本当に狭い世界にいたんだなぁって思う。
今なら、心配で仕方がなかったとは言っても、グレイブの仕事にあんな風にきっつい意見を言ったりしないし、彼の意見も尊重できると思う。
彼がずっと憧れていた職業だから。
きっと応援できる。というか、隠れてついていって何なら窮地に援護もしちゃえる。
魔物の王、配下の四天王のひとりくらいはやっつけられるしね。
んと、今なら魔物の王ともいい勝負が出来るかも?
ゲーム脳でそれをやってみたいとは思わないけど。
結局は自分の不安を彼に押し付けていただけだったなんて、今ならそう解る。
斥候役のあの子の姿は最近見ないけど、私とグレイブの間には、もう…。




