第7話 今夜の話を送る相手がいない
二十二時になる少し前、私はスマホを充電器から抜いた。
榎並くんの名前を開いて、文字を打つ。
『今日の委員会でさ』
そこまで書いて、手が止まった。
昼、榎並くんは自分の椅子を持っていった。
夜に二人で連絡するのも、もうしない、と言って。
委員会で話そうとしたことを、今日も最後まで言えなかった。
配る紙の並べ方を相談している途中で時間がなくなり、結局、前と同じに決まった。私の案の方が絶対によかった、というほどではない。ただ、どう思うかくらいは聞きたかった。
榎並くんには、そういう話もできた。
話の途中で別の用事を思い出しても、戻ってきて、それでさっきのは、と聞いてくれた。
先週の木曜も、何を言おうとしたかもう一度話せた。
私は書いた文字を消した。
ここへ送ってはいけないことくらい、分かっている。
ベッドへ腰を下ろし、別の友人の名前を開いた。
『今、電話できる? 少しだけ』
送ると、スタンプが先に返ってきた。
『ごめん、妹がまだ宿題終わらなくて』
『何かあった? あとでなら返せる』
忙しいのは知っていた。前にも何度か、家で妹の勉強を見ていると言っていたから。
『大したことじゃないから大丈夫。また明日』
返してから、スマホを膝へ置く。
本当に、明日でよかった。委員会の小さい話なんて、一晩待って困ることではない。
榎並くんへは、それを待たずに送っていた。
最初の夜は、何を話せば恋人らしく見えるか分からなかった。
小椋は、承諾をもらったら普通にしていればいい、と言った。金曜に来ると言ってくれたかだけ、後で聞いた。
毎晩電話しろと、誰かに言われたわけではなかった。
私から、今日は何してたの、と送った。
榎並くんは、帰りに寄った店が混んでいたことを話した。私がその店を知らないと言うと、写真を探してくれた。
次の日は、小テストの一問で変な間違いをしたと話していた。
いつも私だけが聞いてもらっていたわけではない。
だから、電話を切る時は、また明日、と自然に言えた。
一度、部屋の外から母に呼ばれて、途中で切った夜もあった。
用事が済んで戻ると、榎並くんから『終わった?』と来ていた。
返せば、また続きができた。あの夜、私の時計を見ているのは私だけではない気がした。
通話の途中で、今、眠い、と言われた日もある。
じゃあ今日は終わり、と私が言うと、彼は最後に一つ聞き返した。
明日の小テスト、範囲どこまでだったっけ。
それを教えて切った後、明日はどうだったか聞こうと思った。
そういうところは、本当だった。
そう思ってから、昼にも同じことを考えていたと気づいた。
告白が罰だったと言っても、話した内容まで嘘にはならない。その分は残しておける気がしていた。
椅子を持っていく彼へ、前みたいに、と頼んだ。
でも、前には、二十二時に連絡する約束なんてなかった。
スマホを取り直し、最後の通話履歴を見た。
金曜の前の夜。切った後に、私からスタンプを送っている。
もう寝たかと思ったところへ返事が来て、嬉しかったのも覚えている。
その下には、土曜の話が残っていた。
『金曜に時刻を決めよ』
私は、自分が打った言葉を長く見た。
一週間が終われば、それ以上決めなくて済むつもりだった。
榎並くんが、金曜になるのを待っていることも分かっていたのに。
砥上さんとの約束を断ってほしい、と頼んだ時もそうだ。
友人のままなら、言えなかった。
その日、私にも会ってほしいとは言えても、他の女子とは行かないで、とまでは言えない。
でも、彼女なら。
実際に榎並くんは断った。
送ったよ、と言われた時、ほっとした。いつもの金曜にも来ると言ってくれた。
小椋にそれを伝えた時より、榎並くんから返事をもらった時の方が嬉しかった。
私は画面を伏せた。
自分が何をしたのか、ずっと知らなかったわけではない。
ただ、付き合っているように振る舞えば、一週間の間、彼も嬉しいだろうと思っていた。
終われば少し拗ねるかもしれない。でも、また四人で店へ行けば、そのうち戻るだろうと。
今日のお昼、榎並くんが持っていった椅子の分だけ、机の端が空いた。
私たちは三人で食べた。パンの袋を開く音が、いつもより大きく聞こえた。
まだ話せるかもしれない。
今夜ではなく、明日なら。
榎並くんとの画面をもう一度開いた。
『少しだけ、連絡してもいい?』
短くして送った。
送ってから、昼に聞いた返事で足りていたと分かった。
私は歯を磨きに洗面所へ行った。
戻るまでに何か届く気がして、スマホを部屋に置いていった。
ベッドの上には、さっきと同じ画面があった。
送った一行は残っている。
返信はなかった。
あと一分だけ待つつもりで、充電の線を持った。
先を端末へ挿し損ね、もう一度やり直す。
枕元の時計は、二十二時を少し過ぎていた。
今夜言おうとしていた話の続きを、私はまだ覚えていた。




