第6話 いつもの席へは戻らない
月曜の四時間目が終わると、小椋が机を動かした。
通路を挟んだ俺の机へ、横を寄せる。
「榎並、そっち、ちょっと詰めて」
いつもそうしていた。
俺が少し前へ動き、真壁ともう一人が椅子を持ってくる。弁当を食べながら、金曜に何をやるか話す。
今日は自分の机を動かさず、弁当の袋を出した。
「金曜さ、結局三人で行ったんだけど」
小椋は俺の返事を待たずに話し始めた。
「四人用できなくてさ。店で別のやつ借りた」
「そう」
「お前も来ればよかったのに。あんな所で帰るから」
弁当箱の留め具へ指をかけた。
一つ外した所で、真壁が近づいてきた。今日はいつもの購買の袋を持っている。
「ここ、いい?」
「俺、今日は別の所で食べる」
留め具を戻す。
小椋が机の端をつかんだ。
「まだ怒ってる?」
「今も、嫌だとは思ってる」
「いや、そりゃ最初はびっくりするだろうけど。一週間、彼女できたわけじゃん。何もなかったよりは得じゃない?」
小椋の机には、俺が何度も借りた消しゴムが転がっていた。
貸してもらったことも、普通に楽しかった昼のことも、なくなりはしなかった。
それでも今の話へ、そうだな、と頷くのは無理だった。
「俺は、付き合ってると思ってたんだよ」
「それは聞いたって」
「なら、得だったって話にはしないで」
近くで椅子の音がした。
振り向かなかった。声を大きくしたくはなかったし、小さくして聞こえなかったことにされるのも嫌だった。
「金曜に言った通り。あの四人で遊ぶのは、やめる」
俺は弁当の袋へノートを一冊重ねた。
真壁が、椅子を引きかけた手を止める。
「学校で話すのも駄目?」
「必要な連絡はするよ。授業とか、班の用事とか」
「そういうのじゃなくて……前みたいに」
俺は彼女の袋を見た。
好きだと言っていたパンの包みが、口から少し出ている。前なら、今日はそれ買えたんだ、と俺から声をかけていた。
「今までと同じつもりでは、話せない」
真壁は袋を持ち替えた。
「でも、私、別に──」
「夜に二人で連絡するのも、もうしない」
先に言ってしまった。
真壁の顔が止まるのを見て、胸の奥が少し縮んだ。
好きだった相手に、嫌な顔をさせている。
それを避けようとして、金曜までの俺なら、今日は忙しいから、と言ったかもしれない。
明日なら話していいと待たれる言い方を、今はしたくなかった。
「ちょっと、椅子通す」
俺は自分の椅子を引いた。
通路で袋を引っかけかけ、小椋の机から離す。足の先が一度、机の脚へ当たって大きな音がした。
別に格好よく去れるわけではなかった。
窓から二列目で、仁科が弁当の蓋を開けていた。
「ここ、空いてる?」
「机なら俺が使ってる」
「横」
「横はいいよ」
椅子を置くと、仁科は自分の弁当を少しだけ寄せた。
入っていた唐揚げが一個、仕切りの反対側へ転がる。
「何かあった?」
俺は座ってから、箸箱を開けた。
「金曜、真壁と、付き合ってるつもりだったのが終わった」
「……付き合ってたの?」
「俺も、そう思ってた」
罰ゲームだったこと。期限を知らなかったこと。何もなかったようにいつもの昼食へ戻されそうになったこと。
順番が少し前後したが、仁科は途中で口を挟まなかった。
「あれ、笑って終われって?」
「たぶん」
「きついな」
それだけ言って、仁科は箸を動かした。
こちらを見たまま返事を待たれないので、俺も弁当を開けられた。
「さっき、引き留められてたのは?」
「一週間彼女がいたなら、得だっただろって」
仁科が眉を寄せた。
俺は少し笑った。面白かったからではなく、代わりに嫌な顔をされたのが、ちょっとありがたかった。
「……食べる前に、こんな話して悪い」
「昼飯の話しか駄目だった?」
「そうじゃない」
「ならいいだろ。俺、この後の昼休み、少し寝るけど」
朝の練習で眠いらしい。
仁科は唐揚げを拾い直し、残りのご飯を指した。
「話すなら、それ食べながらにして。お前だけ残る」
俺はようやく、卵焼きを一つ口へ入れた。
「土曜は、どうしてた?」
「別の人と店に行った」
「遊べたんだ」
「負けた」
仁科の箸が止まる。
「何で?」
「相手、配置が得意で。俺が余裕って言った後、普通に負けた」
「言わなきゃよかったな」
「言う前は、勝つつもりだったんだよ」
仁科は少し笑い、自分の口へご飯を運んだ。
俺も、空いてきた弁当の端へ箸を伸ばす。土曜に負けた話なら、いくらか普通に話せた。
背中の方で、小椋たちの話し声が聞こえた。俺の名前は聞き取れなかった。
「午後、最初、何だっけ」
「英語」
「寝るにはよくないな」
「起こせよ」
頼まれて、分かった、と返した。
弁当の端のご飯を箸で寄せる。仁科は、もう次の話を探してはいなかった。
俺も、向こうの机へ戻らずに食べ終えた。




