第4話 格好いいところだけ、見せる予定だった
「次、これにしない?」
砥上が棚から箱を持ってきた。
さっきまでの札より厚い。蓋には、色の違う形の駒がぎっしり詰まった盤が描かれていた。
「配置の方か」
「約束してたでしょ」
「俺がもう一回って言った途中だったけど」
「再戦の約束は、今できた。こっちは昨日」
順番の話になると強い。
俺は点数用紙を折り、テーブルの端へ置いた。
箱を開けると、問題のカードと小さい盤が二人分入っている。
同じ問題を選び、決まった所へ最初の駒を置く。残りを全部、枠の中へ収めればいい。
砥上が問題をめくりながら俺を見る。
「こういうの、得意?」
「残った所から消していけば、何とかなるだろ」
「何とかなる」
「その言い方、覚えなくていいから」
さっき一局は取れた。
何もできずに終わるわけではない、と思った分だけ、口が軽くなっていた。
俺は駒を並べる。砥上はまだ置かず、盤と駒を順番に見た。
「じゃあ、始めよう」
置くと決めてからの彼女は早かった。
俺が真ん中の形を揃えている間に、向かいで一つ、小さい音がする。端にぴったりはまった駒へ、次の駒が続いた。
「埋める方からやってる?」
「うん」
「端を先に決めた方が──」
言いかけて、自分の盤へ戻る。
砥上へ説明している場合ではなかった。
手元には、真っ直ぐな三升の棒が一枚。
盤にも三升、空いている。
右上に一つ。下の離れた所に二つ。
棒を縦にした。
横にした。
砥上がこちらを見た。
「それ、曲がらないよ」
「分かってる」
「今、曲がるかなって持ち方してた」
「してない」
棒の端を持ち直す。
俺が考えるより先に、砥上の最後の駒が盤へ収まった。
「できた」
声が静かだったので、余計に間に合わなかった感じがした。
砥上は両手を盤から離す。隙間も、重なっている場所もない。
「……早いな」
「榎並のは?」
「あと一枚」
「見れば分かる」
彼女の指が、俺の盤の離れた空きを辿った。
そこへ棒を置く方法は、どう持ってもなかった。
「一回、途中から戻して考える」
「問題を解く方は続けていいよ。勝負はわたしの一勝ね」
「それは消さない」
さっきの点数用紙が、俺の肘の近くに見えている。
砥上は満足したように、自分の駒を外した。
俺は二枚目の形を動かす。
真ん中で揃えた時は、うまくいくと思った。手元の棒ではなく、空きの方を見ていなかった。
一枚動かすと、今度は別の駒を置けなくなる。
「言おうか?」
「まだいい」
「一箇所だけでも?」
「自分で考える」
砥上が、あ、と小さい声を出した。
顔を上げたら笑っていた。
「さっき、わたしも言った」
「俺のは札じゃないから」
「そこは違うんだ」
ようやく棒が入った時、俺は思わず盤を彼女へ向けた。
砥上は自分の駒を箱へ戻さずに待っていた。
「やっと入った」
「最初に棒の場所を残せば、もう少し早いよ」
「最初から、最後のを?」
彼女は完成した盤の棒だけを抜いた。
細い空きが、一列に残る。
「これ、入る所が少ないから」
「なるほど」
「手加減して説明した方がいい?」
「そこは、分かると思ってくれていい」
砥上は棒を戻して、俺の盤と見比べた。
「じゃあ、次は間違えないね」
「今ので全部は覚えられないだろ」
「覚えてなくても、分かったんでしょ」
さっきの自分の言葉が、こっちへ戻ってくる。
完成した所を確かめてもらってから、俺は新しい問題を机の中央へ出した。
「次は、こっち」
「今度こそ分かった」
「置く前から?」
「前の間違いは分かった」
俺が言い直すと、砥上は頷いた。
新しい配置の最初の駒を置き、残りを持ち上げる。
俺の手も動きだしたところで、向かいの駒が一枚、盤の縁を跳ねた。
「あ」
次の一枚まで巻き込んで、テーブルの下へ落ちた。
砥上の両手が、まだ駒をつかんでいる形で止まった。
「……今の、置こうとした所は合ってた」
俺は笑うのを我慢した。
砥上が机の下を見て、口元を押さえた。
「駒の方が先に行った」
「速さでは勝ってたな」
彼女が笑ったので、俺も笑った。
椅子を引いて立つと、砥上も反対側へ回る。
「そっちの足元、一枚ない?」
「赤いのなら、ある」
「もう一枚は青」
赤を拾って机へ戻す。青は隣の卓の手前で止まっていた。声をかけて取らせてもらい、戻ると、砥上が元の問題を並べ直していた。
「手は遅いのか」
「遅くはない。急ぐと落とす」
「急がない方が、結果的に速いかも」
「次に完成させてから言って」
俺も椅子へ戻った。
砥上は青い駒をつまみ、一度はめる位置の上で止めた。指の角度を変え、今度は音を立てずに置く。
全部分かっているような顔をしていた人が、自分の指を確かめている。
見ていたら、目が合った。
「榎並の方、止まってる」
「……今、考えてた」
「こっちの盤を?」
俺は手元へ戻った。
新しい問題でも、砥上の方が早かった。
点数用紙を開く役は、自分から引き受けた。




