第31話 任せるのに、口が出る
「手は、出してないよ」
言ってから、俺は両手を机の手前へ置いた。
伊都は札を持ったまま、こっちを見る。
「口から、もう三枚くらい置かれた」
月曜の休日。市民の学習スペースで、会話のできる共用卓を借りていた。
午前中に一問だけ試して、その後は各自の考査勉強。昨日、バス停までに決めた通りだった。
店の箱は返したので、今日は家にあった別の選択式の配置問題を持ってきた。
二段四列の八升に、三枚の札を収める。
各組の二候補から一枚ずつ選び、不要な方を戻せば確定。途中で一組だけは選び直せない。
昨日と同じつもりで、最初は伊都が選ぶことにした。
「四升の方を左に置いたら、右の二列が残るだろ。次は──」
そこまでで、自分から止まった。
伊都の手の中には、まだ四升の正方形と、三升のL字が両方あった。
どちらも取り上げてはいない。その代わり、置く所まで口で済ませかけていた。
「今の、続けない方がいいな」
「うん。そこからは、わたしが見たい」
伊都は俺の手を止める必要がなく、自分で二枚をひっくり返した。
俺も、その間に三組の数を見た。
「左と右、どっちを空けたい?」
「左の四つを使いたいんだけど、正方形をこっちへ寄せて、細い二枚を横に置くのと、縦に置くのがあって」
伊都の指が、盤の左右を往復した。
「右に正方形でも同じでしょ。でも、最初に細い方を置くなら、上の一列から見た方が──」
「伊都」
「どこ、違う?」
「まだ、数えてる」
俺の指は、最初の一枚から動いていなかった。
形の説明を追っていたら、八から四を引いた所まで戻ってしまった。
伊都も自分の口を閉じる。
「……今の、岳の方と似てた?」
「俺、昨日、そこまで全部言ってたんだな」
彼女が少し笑った。
俺も笑ったら、卓の端の時計が目に入った。
一問に使うつもりだった十分が、半分近く過ぎていた。
「説明を短くする方なら、勝てるかな」
「それも、今から説明する?」
「……しない」
俺は候補の札を、三組に分け直した。
最初の組は四升の正方形と三升のL字。後の二組には、それぞれ二升と三升の棒がある。
四と二と二なら、八。三升を最初に選ぶと、後に二と三が必要になる。
数だけなら、どちらも候補に残せた。
「伊都は、どこを残したい?」
「右の二列。細い二枚を縦に入れたい」
今度は、そこだけだった。
俺も四つ分の空きを見た。
「じゃあ、残りは二升が二枚。四升の方なら合う」
「うん。そっちにする」
伊都がL字を自分で戻す。
正方形は左の二列へ置かれた。俺が説明した時と同じ場所なのに、今は彼女の置く所を待って見られた。
二組目は俺が選ぶ。
「二升の棒を残す。縦でいい?」
「うん。右端は空けて」
片方の列へ置き、三升の候補を戻した。
最後の二升は伊都が持った。俺が何か言う前に、彼女は一度だけ、こっちを見た。
「あと、二つ?」
「二つ。上から下まで」
札が入った。
八升とも埋まったのを、二人で見た。
「できた」
「うん。思ってたより、遅かったけど」
「岳が全部言ってた時間も入ってるよ」
「伊都の、左右を両方説明してた時間もな」
彼女は否定せず、時計へ顔を向けた。
十分にはまだ少しあった。でも、もう一問出すほどではない。
俺が箱の蓋を持つと、伊都は盤から札を外した。
「続き、やりたくならない?」
「なる」
「……なるんだ」
「でも、今出したら、片づける時にまた言うだろ」
伊都が笑って、最後の一枚をしまった。
机の真ん中が空く。俺は数学の問題集、彼女は英語のノートを出した。
遊ぶ箱より、そっちの方が厚かった。
「どこまでやる?」
「俺は、このページから。伊都は?」
「昨日、覚えた所の続き」
伊都が小声で単語を読み、一つだけ言い直した。
俺もつられて答えを言いそうになり、知らない単語だったので自分の問題へ戻った。
しばらくして顔を上げたら、伊都のペンも止まっていた。
「今度は、口を出さないの?」
「そっちの範囲、俺、知らないから」
「わたしも、こっち見てたのは、問題を聞きたいからじゃないよ」
意味が分かった時には、彼女はもうノートへ戻っていた。
俺だけが、次の式へなかなか進めなくなる。
休憩で席を立つ時、伊都が自分の端末を見せた。
今週の土曜なら家の人も大丈夫だと、返事が来ていた。
「十六日。うち、来られる?」
「行きたい」
「今のは、早かったね」
頷いたら、彼女が笑った。
今度は短く伝えようとしたわけではなかった。
席へ戻ると、俺の問題集はまださっきのページだった。
伊都はそれを見て、何も教えてはくれなかった。自分のノートを開き、隣でペンを持つ。
俺も、土曜の返事を先に送ってから、自分で次の式を書いた。




