第30話 彼女が味方で、いちばん手強い
俺は、最初の問題の候補を、三組とも揃え直した。
最初の組には、長い棒と、L字の三升の札。
「これ、伊都が選ぶって言ったのに、俺が戻した」
さっきの挑戦は終わりにして、三組とも初めから選び直す。
「早く進めたかった。でも、何を考えてるか聞いてなかった」
伊都は四角い札を、二問目の紙へ戻した。
「わたしも、岳がまだ数えてたのに、こっちで決めた」
彼女が紙の九つの枠を見る。
俺も二問の紙を並べ直した。
「次は、選ぶ人が戻すことにしない?」
「うん。勝手に、もう一枚を片づけない」
伊都が答えた。
その手元へ、俺は長い方も曲がった方も寄せる。
「俺、残りの数を見る。伊都は、置きたい形を見て。決める前に、互いに聞く」
「じゃあ、今度は、言い終わるまで返さないでね」
「伊都もな」
彼女は一度だけ俺を見た。
すぐに笑って元へ戻ったわけではなかった。でも、札を持つ手は動きだした。
「この棒を、最後に残したい。四升の札は使える?」
枠の下の一列を指す。
俺は三組を指で辿った。
「棒で三つ使うから、残りは六つ。後は両方三つじゃないと、多くなる」
「じゃあ、曲がった二枚。先に上で組めるか、見たい」
彼女が持ち上げた二枚を、俺も数えた。
三と三。棒を足して九つ。四升の方を混ぜないと決めてから、伊都が枠の上へ重ねた。
最初の組へ戻り、伊都は棒を残した。対になっていた曲がった札だけを、箱へ返す。
俺は、隣にあった別の札を先に片づけかけ、指を引いた。
「そっちは、まだ見てる?」
「うん。今、両方の向き試す」
彼女はまだ候補に残る曲がった札を、枠へ合わせた。二枚で上の二段を埋める向きが見つかる。
伊都が二組目の四升を箱へ戻す。俺は最後の組を持ち上げた。
「こっちも三つの方を残すよ。それで、あの隙間、埋まる?」
「うん。その向きじゃなくて、こっち」
彼女が回して見せた。俺はその三升を残し、四升の方だけを戻した。
俺も残った数を確認する。
置く途中で、伊都が一つだけ、こっちでいい、と聞いた。
「そっちなら、三つ残る」
今度は言い終えてから、彼女が手を動かした。
上の二段が埋まり、横一列が残る。
最初に取っておいた棒が、そこへ入った。
九升が、全部埋まった。
「……できた」
伊都が言った。
俺も指を離し、盤から顔を上げる。
「俺、合ってる方、片づけたんだな」
「うん。いちばん先に」
笑い話にするには、まだ少し痛かった。
俺が棒を抜かずに見ていると、伊都も完成した盤をこっちへ寄せた。
「今のは、岳が数えた方でできたよ」
彼女だけの正解を見せられているわけではなかった。
俺も上の二枚を指し、ここを空けてくれたから、と返した。
机の脇に残した申込用紙が見えた。
伊都もそちらへ顔を動かし、俺を見た。
「一緒に出たいの、変わってない」
俺は頷いた。
「俺も、伊都と出たい」
さっきとは、違う返事だった。
伊都と組んだら簡単そう、ではなかった。この盤を、次も二人で埋めたかった。
端末を出し、家へ日付と時刻を送った。
十一月七日の日曜。午後一時から四時頃まで、ひとますのペア遊戯会に出たい、と。
伊都も自分の家へ確認する。
返事を待つ間に、二人で用紙を読んだ。
八組で勝ち抜き三試合、一人千二百円、飲物一杯付き。負ければそこで終わる。
「予算、大丈夫?」
俺から聞くと、伊都は自分の端末を見た。
「貯めてある方から、出せる。岳は?」
「俺も。今月、店に来る分は、少し考えるけど」
彼女は頷いた。
毎週、長く店で練習するとは言わなかった。
俺も、新しい問題をもう一枚、とは言わなかった。
片づける前に、家から返事が来た。
その日は空いているから大丈夫、と。伊都の方も、帰る目安を伝えたら予定を入れてよいと返ってきた。
二人の欄へ、それぞれ自分で名前を書いた。
持っていくと、羽鳥さんが日付と人数を確かめる。
「二人一組で、受け付けますね。詳しい当日の案内は、また確認しましょう」
控えを一枚渡された。
俺は端末へ日付を入れ、伊都も同じ所を開く。
参加費は当日と確かめてから、控えを鞄の内側へ入れた。
店の利用時間が終わる前に、箱を戻した。
二人で階段を下り、俺は駐輪場所へ向かう。
伊都が少し待ち、自転車を出すと、いつものように右へ来た。
ハンドルを左手へ移す。
俺が空いた手を出す前に、彼女が指を差し出した。
「こっちは、先に決めていい?」
手を取って、俺は笑った。
「俺も、そうしたかった」
「じゃあ、こっちは合ってた」
伊都が握り直した。
机の上で少し尖っていた声が、今は隣へ戻っている。
「一緒にやる方、思ってたより難しかった」
「俺も」
「次は、もう少し早くできるかな」
彼女は、数える時間は待つよ、と返した。
それから、明日はそれぞれ勉強もあるね、と言った。
休日の午前なら、市民の学習スペースで一問だけ確かめられそうだった。
「一問終わったら、自分の範囲やる?」
「うん。考査、もう近いし」
先に時間を決め、家へ帰る目安も変えなかった。
バス停の手前で伊都が立ち止まり、自分の端末を見せる。
十一月七日の欄に、二人で出場、と入っていた。
「岳の方は?」
俺も同じ日を開いた。
伊都がそれを見て、少し笑う。
「今なら、わたしと組むとどうなるか、少し分かったでしょ」
「うん」
「まだ、わたしと出たい?」
さっきの二問も、言い返した声も思い出した。
その上で、隣にいてほしかった。
「伊都と、勝ちたい」
握っていた手が、少し強くなった。
バスが来るまで、二人の予定に入った日付をもう一度見た。




