第28話 友達を呼んだら、説明役に戻りかけた
仁科が、自分の駒を動かす前に俺を見た。
「これ、もう行っていいの?」
「その前に、旗が近い所を見て。川沿いの道なら次に──」
「行っていいか、だけ聞いた」
俺は地図の上で指を止めた。
日曜の午後一時。ひとますの卓には、四人分の駒が置かれていた。
昨日の夜に連絡を確かめ、予定の空いていた仁科と大庭も遊びに来た。
それぞれ二時間分の九百円を払い、今は最初の一局を始めたところだった。
自分の駒を隣の升へ一つ進めるか、その場所の旗を一つ取る。
三本集めて出発点へ戻れば勝ち。
説明したつもりだったのに、俺は仁科の一手先まで話していた。
「そこ、行ける。ごめん」
「じゃあ、こっち」
仁科は俺の指していない方へ進んだ。
川から離れた道にある、一本の旗へ向かっている。
「そっちだと、戻るのが」
「自分で、行ってみたいから」
駒から手が離れた。
俺も手を引いた。隣の伊都は自分の番を待ちながら、旗がまだ二本残る場所を見ている。
「伊都は、そっち?」
「今、言うと、先に取るでしょ」
「その手は、俺の番より後だろ」
「岳の番、もう来てるよ」
大庭が一手動かし終わっていた。
俺は仁科の盤面ばかり見て、自分の駒を出発点へ残したままだった。
「……俺も参加してたな」
「だから、呼んだんだけど」
伊都が笑った。
俺も駒を一つ進める。説明していた川沿いの旗には、大庭の駒が先に近づいていた。
「そこ、もう取れない?」
「私の方が、次に取れる」
大庭は自分の駒へ目を戻した。
「旗、三本ともそこで取るつもり?」
「あれば。移動する回数、少ないから」
大庭は次の番に一本取り、同じ場所へ駒を残した。
俺はようやく別の道を探し始めた。遠くても、まだ誰もいない方へ進む。
その先へ、伊都の駒が向きを変えた。
「そっち、来るの?」
「岳が行く前なら、まだ取れる」
先に片方を取られた。
空いているように見えた場所が、誰のものでもないだけだったと分かる。
仁科は遠回りに見えた道で旗を集め、大庭は同じ所から動かない。伊都だけは、俺が行きたい方へ先に来る。
「説明してた時の方が、いい手を知ってたんじゃない?」
伊都に聞かれ、俺は残りの道を指した。
「知ってても、今は取らせてもらえないだろ」
「うん。そこは、教えてもらったから」
仁科が笑った。
俺が使おうとした橋の先へ、彼の駒が先に戻ってくる。
取るつもりでいた旗を、もう三本揃えていた。
「戻れたら、俺の勝ち?」
「そう。まだ俺が先に戻れば──」
言いかけて、自分にはまだ旗が一本足りないのに気づいた。
それを取って戻る頃には、もう間に合わない。
仁科は一つずつ、出発点へ戻っていく。
「今日は、こっちでよかった」
最初に自分で選んだ道を、彼が指した。
俺は負けた駒を戻し、もう一局なら勝てる気がしたけれど、机の時計は二時の少し前を指していた。
片づけている所へ、羽鳥さんが紙を一枚持ってきた。
「来月、二人組で出る小さい遊戯会をやるの。興味があれば見てね」
十一月七日、日曜。午後一時から四時頃まで。
八組のトーナメントで、勝ち進むと次の種目へ移る。三回勝てば優勝。
参加費は一人千二百円、飲物付きと書いてあった。
伊都が、俺より先に顔を上げた。
「岳と出たい」
紙の種目をまだ読み終わっていなかった。
伊都は見本の絵ではなく、俺の返事を待っている。
「二人で?」
「二人組って、今聞いたでしょ」
「どのゲームか、まだ見てないけど」
「わたしも。岳は、見たら別の人がよくなる?」
隣の二人へ目を動かす前に、違う、と返した。
伊都の口元が緩む。俺はようやく、日付を見る方へ戻った。
仁科が自分の予定を開いた。
「その日、記録会。俺、こっちは出られないな」
「私も、家で出かける日が先に決まってる」
大庭は紙の日付を確かめて戻した。
「こっちも、前より縮めたいし」
仁科は記録会の時刻を予定に入れた。大庭も、自分の家の外出先を確かめている。
「岳は?」
伊都に聞かれ、俺も予定を開いた。
七日の欄は空いていた。
「出たい。家の方も、聞いてみる」
「伊都と」
付け足すと、彼女が椅子を少し寄せた。
「うん。そこは、さっきから空けてた」
紙には、まだ名前を一つも書いていない。
俺は二人分の欄を指で押さえた。勝てそうな種目を探す前に、そこへ書きたい相手が決まっていた。
「じゃあ、まず、二人でやる方を試そうよ」
「今から?」
「まだ時間ある。ほら、二時間の途中」
俺も卓の時計を見た。
四人のゲームをしても、残りの枠で短い問題なら試せそうだった。
羽鳥さんが、協力して遊ぶ箱のある棚を教えてくれる。
「ルールを見てから選んでね。申込みは、二人とも予定が大丈夫だと分かってからでいいから」
伊都が立ち、俺も棚へ行った。
四人の卓へ戻ると、仁科は、この後、商店街で頼まれた買物をする、と鞄を出していた。
大庭も、帰る前に古本の店を見たいらしい。
「二人は、まだここ?」
「うん。この箱、一回やってみる」
大庭へ答えると、彼女は、じゃあまた学校で、と言った。
仁科も自分の駒を箱へ戻し、俺へ片手を上げる。
「次のそれは、俺の分まで決めないでやれよ」
「さっきも、決めてないだろ」
「決める前に説明が始まった」
返す言葉が遅れると、伊都が横で笑った。
二人を見送り、俺は新しい箱を開ける。
向かい合っていた時より、隣の伊都となら、選ぶのは簡単そうだった。




