第25話 彼女ができても、昼飯は増えない
仁科が購買の袋を開ける前に、スマホが震えた。
伊都からだった。
『今日、一緒に食べたい。沙弥もいる』
俺は返信欄を開きかけた。
目の前で仁科が端末を持ち上げる。朝に計った記録が出ていた。
「見て。ここ、前より縮んだ」
俺は自分の画面を一度伏せた。
先週から、今度の火曜に続きを聞く約束だった。
「最初の方?」
「そう。後ろはあんまり変わってないけど、出だしで余計に沈まなくなった」
指された数字を見た。
一番新しい数字だけ、少し小さい。
「前、そこだけ遅れるって言ってた所か」
「うん。まだ一回だけだけどな」
仁科は膝で手を動かし、飛び込む前の体の位置を変えたと言った。どこで確かめたのか聞く。
「動画。自分じゃ前と同じつもりだったから」
「見て直せるの、すごいな」
「一回だけだって。次も出たら、もう一回言って」
先に頼まれて、俺も笑った。次も教えて、と返すと、彼は照れたように画面を戻し、昼のパンを取り出した。
「何か来てた?」
「伊都も一緒に食べたいって。大庭と」
「じゃあ、四人?俺、後で部の記録ノート出しに行くから、遠い方は無理」
俺は、もう買った物を持っているか聞いた。
返事はすぐ来た。
購買の前で合流すると、伊都は袋を一つ、大庭はパンと紙パックの飲物を持っていた。
「中庭の方、空いてた?」
「日なたは。俺、あそこに座ると、卵焼きが温まる」
弁当を少し持ち上げると、伊都が袋の中を見ようとした。
まだ蓋は閉じている。
「そっち、卵焼きなんだ」
「うん。伊都は?」
「パン。今日は、ちょっと甘い方にした」
大庭が窓の外を見た。
「あっちの階段の陰なら、四人座れそう。購買へ戻らなくていい?」
「飲物、別のにしようか迷ってた」
「俺は、もう食べたい」
仁科が袋を持ち上げた。ノートを出しに行く時間もある。
俺も頷き、伊都は、じゃあ次、と列へ戻るのをやめた。
四人で階段の脇の日陰へ行く。邪魔にならない所に座り、俺はようやく弁当を開けた。
「彼女ができると、昼飯の候補、増えるな」
「俺の昼飯は、朝からこれ一つだよ」
仁科が笑い、パンの包みを開いた。
俺も箸を出す。伊都は、俺の弁当をさっきより真剣に見ている。
「岳、それ、一口ほしい」
卵焼きを指された。
俺は一つ持ち上げてから、伊都の箸がないのに気づいた。
「箸、ないよな」
「うん。……半分でいい」
分ける量を言われたのに、俺は隣までの距離を見てしまった。
伊都も一度、大庭の方へ顔を向ける。
「沙弥、そのパン、辛いやつ?」
「そう。だから、飲物だけは甘いのにした」
「急に、そっちの方がよくなってきた」
「替えないよ。これ食べたくて並んだんだから」
大庭は自分の包みを広げた。伊都も、そっか、と前を向く。
卵焼きの方へは、まだ顔を戻さない。
「……要らなくなった?」
「いる。そっちは、いる」
俺は半分に切り、箸で持ち上げた。伊都が少し近づく。
差し出した所で目が合い、俺の手の方が止まった。
「岳、その高さだと、食べにくい」
慌てて下げる。彼女が食べ、俺は箸だけを自分の方へ戻した。
ご飯を取ろうとして、空の蓋へ一度触ってしまう。
「……甘い。おいしい」
「俺、こっちの方が好きだから」
隣で仁科が、まだ残っている卵焼きを見た。
「俺も一個、替えてくれない?パン一口と」
「さっき、普通のパン買ってなかった?」
「それは食べた。二つ目が、思ったより甘かった」
袋の中には、白いクリームが見えた。
俺は残りの数を確かめ、もう一個だけ分ける。仁科は紙の上で受け取った。
「ありがとう。ちょうどよかった」
伊都が俺の弁当を見た。
「岳の分、減ったね」
「俺の分を減らした方が言うなよ」
彼女は口を押さえて笑い、自分のパンを持ち上げた。
「俺も、そっちの中、気になってる」
伊都の袋を指した。
彼女は、自分のパンを一度見た。まだかじっていない側を小さく割り、包みの上へ置く。
「じゃあ、ここ。甘いの、入ってる方」
俺は箸を弁当へ置き、受け取った。
伊都が、そこまで一口でいけるよ、と言うので、そのまま口へ入れた。
仁科からも一口分のパンを受け取って食べた。こっちも甘い。
「卵焼き、取っておいて正解だったな」
「私は、こっちが正解」
大庭は辛いパンの最後を食べた。伊都が羨ましそうに見るので、自分で買っただろ、と俺まで言いたくなる。
残した半分の卵焼きを食べた。いつもの味なのに、さっきの伊都の顔も一緒に思い出してしまった。
仁科は先に食べ終え、記録ノートを鞄から出した。
「続き、また聞いて。次は同じくらい出たらだけど」
「出なくても、聞くよ」
「なら、数字は変わらないかも」
彼は笑い、階段の先へ向かった。
大庭も食べ終わると、自分の本を返しに図書室へ行く。午後の授業までの少しを、伊都と二人で片づけた。
「土曜、うちへ来ない?」
弁当箱の留め具を閉めながら、俺は聞いた。
彼女が手を止める。
「岳の家?」
「うん。家族もいるけど。今日、ちゃんと話しておく」
「わたしのこと?」
「他の人は呼ばないよ」
「名前の時も、同じこと言ってたね」
「今度は、家に来てほしい方」
俺も少し笑った。
伊都が、行きたい、と返す。鞄へ包みをしまってから、もう一度俺を見た。
「卵焼きのことも、聞いていい?」
「それ、俺じゃなくて親に聞く方だな」
「うん。今日のおいしかったって、言いたい」
俺は、そこも伝えておく、と答えた。
土曜までに片づける場所が、頭の中で急に増えていた。




