第23話 案内は当たったのに、俺の予想は外れた
「先に、大きい水槽の方?」
入口の案内を見た伊都が聞いた。
土曜の午前。商店街から少し歩いた所にある、小さい水族展示の建物だった。
俺たちはそれぞれ六百円の券を買い、中へ入った。
「うん。昼前に、見学の団体が来るんだって」
「見たいって言った所、覚えてたんだ」
「そこを見るために来たから」
火曜の夜に場所を送ったら、伊都は大きな水槽の写真を返してきた。
ここでしばらく見たい、と書かれていたので、俺も混む時刻と、その後に回れる展示を調べた。
店代とは別に取っていた小遣いも、昨日のうちに財布へ分けてある。
水槽の前には、まだ空いている場所があった。
伊都がガラスの少し手前で止まる。長い魚が二人の前を横切ると、目が端から端へ動いた。
俺も隣へ立った。
「あれ、もう一周してきた」
「同じやつ?」
「尾の所、少し白い」
言われて目で追うと、確かに一本、色が違う線がある。
見失わないようにしている間に、次の魚が前へ重なった。
「今の、どっち?」
「まだ奥」
「よく分かるな」
「あの大きいのより、そっちが好き?」
「うん。片方だけ白いから、帰ってきたのが分かる」
俺は、奥を泳ぐ一番大きな魚から目を戻した。
写真で指してきたのは、水槽だった。中のどれを好きになるかまでは、調べてこられなかった。
伊都はまた白い尾を見つけ、俺にも指した。
俺は次の部屋へ行く時刻を言わず、その白い尾がもう一度戻ってくるのを待った。
後ろに人が増え始めた頃、彼女が自分から、次も見よう、と言った。
隣の部屋は、ちょうど人が少ない。
「岳、今日、ちゃんと当たってるね」
「今日って、何と比べた?」
「わたしの柵」
案内を褒められたのに、伊都の方が笑っていた。
俺も笑って、地図の順番を一つ折った。考えてきた通りに進んでも、急いで回るだけの外出にはならなかった。
「次、岳が止まる所、当てていい?」
急に聞かれた。
同じ大きさの水槽が、壁に沿っていくつか並んでいる。
「どれを見るか?」
「うん。先に言わないで」
伊都は一度だけ端まで見て、奥の明るい水槽を指した。
色のきれいな大きい魚が、岩の上をゆっくり回っていた。
「こっち」
「何で?」
「見つけやすいし。動く所、ずっと見てられるから」
俺も覗いた。
きれいだった。でも、その隣の小さい水槽が、さっきから気になっている。
底の石の近くに、ほとんど動かない魚がいた。
「そっちは、何もいなくない?」
「いる。あそこ」
伊都が顔を近づける。
細い魚が一本、石と同じような向きで止まっていた。
「……あ、本当だ」
その時、係の人が上から少し餌を入れた。
魚が急に向きを変え、さっきまでの遅さが嘘みたいに上がってくる。
俺もつられて、一歩水槽へ寄った。
「速いな」
横で、伊都が俺を見た。
「何?」
「岳みたい」
「俺、そんなに動いてない?」
「見てる時は静かなのに、食べたいの見つけると急に決まる所」
りんごのパンを指した時の話らしい。
自分も店先で散々迷っていたくせに、と言いかけ、俺はもう一度魚を見た。
「伊都は、動かない鳥を三回も見せてくるけどな」
「あれは、見る向きが違うでしょ」
「こっちも、今は向きが違う」
魚はもう底へ戻っていた。
伊都が吹き出し、声を抑えて笑った。俺も次の餌が入る方を、まだ気にしてしまう。
「当てるの、外れたね」
「岳がこっちを見るのを、先に分かってたら当ててた」
「それは、見てから言う方だろ」
彼女は少し考えた。
「じゃあ、今のは数えない」
「何に?」
「……点数、決めてなかった」
二人で笑っているうちに、また魚が動いた。
今度は伊都の方が先に見つけ、俺の袖をつまみかけてから、空いた手を取った。
俺も少し近くへ寄った。
最後の部屋に、記念撮影ができる壁があった。
青い背景の前で、伊都が立ち止まる。
「ここ、いいね」
俺は端末を出した。
画面へ彼女だけが入る位置まで下がると、伊都が手を横へ伸ばす。
「岳も」
「俺も入ると、撮れない」
「だから、頼もうよ」
近くの係の人へ、彼女が二人の写真を撮ってもらえるか尋ねた。
引き受けてもらい、俺は端末を預けた。伊都がその前で隣を空けて待つ。
「撮る方だと思ってた」
「今日は、一緒に来た方でしょ」
その横へ立った。
空いていた所へ入るだけなのに、肩の間が気になった。伊都が少し寄り、俺も寄る。
「岳、それだと、わたしの方見てる」
慌てて正面へ戻ったら、今度は真っ直ぐ立ちすぎた。楽にしていいですよ、と係の人に言われる。
「さっきの魚、見てた時の顔にすれば」
「今、餌ないから」
伊都が笑った所で、一枚撮れた。
確認すると、俺も口元が緩んでいた。
「これでいい?」
「うん。これ、欲しい」
本人へ送ると、伊都はすぐ自分の画面を開いた。写真を広げかけ、指を止める。
「何か、気になる?」
「ううん。近くで見たら、片方が切れるから」
小さい画面の中へ、二人を戻す。
俺も自分の画面を開いた。二人の顔が入った所で、広げる指を離した。
「明日は、わたしが行先決めてもいい?」
「どこ?」
「公園。ボート、乗りたい」
端末を持つ手とは反対の手が、俺の指を探した。
握ると、彼女は写真をしまった。
俺は帰る道を一度確かめ、彼女が写真を見たくなった時には止まれるくらいの速さで、出口の方へ歩いた。




