第22話 手を繋ぐ方は、もう決めた
伊都が右へ来たので、自転車を左へ寄せた。
今度は彼女が、俺の後ろを通って左へ回る。
「そっちだと、車道近いだろ」
俺も回った。
校門を出て少しの所で、二人とも止まる。伊都は俺でなく、自転車の方を見た。
「これ、いつまでやるの」
「何を?」
「岳が回って、わたしも回るの」
火曜の放課後。バス停まで一緒に歩くだけのはずだった。
校門の前が混んでいたので伊都を内側へ入れ、広い道へ出てから、もう一度俺が車道側へ回った。
そこから、位置が決まらない。
「歩きにくかった?」
「歩ける。でも、手が遠い」
俺はハンドルを持っていない方の手を見た。
伊都との間に自転車を置いたり、外側へ移したりしているうちに、空いた手が反対へ行っていた。
「……つなぎたい、ってこと?」
「うん。手、つなぎたい」
聞き返した分まで、はっきり返ってきた。
前を通る人を避け、俺は少し脇へ寄った。
「俺も、そうしたかった」
「じゃあ、こっちにいてよ」
伊都は自分の横を空けた。
俺がそこへ行こうとすると、また車輪が間に入る。
「あ、待って」
一度自転車を止め、俺を真ん中にして、左へ車体、右へ伊都が来るようにした。
広い歩道の内側なら、しばらくはこのまま歩ける。
ハンドルを左手へ持ち替えた。
「これでいい?」
「うん」
彼女は右手で鞄を持ち、左手を少し上げた。
俺も空いた手を出す。指の先へ触れてから、握る場所を一度直した。
伊都の手が、俺の手の中へ入った。
歩く前に、彼女の顔を見た。
伊都も俺を見ていて、手元へ戻った目が、もう一度顔へ来る。
「……思ったより、普通にできたね」
「つなぐ方はな」
「歩く方も、普通にして」
一歩目で、自転車のペダルが靴へ当たりかけた。
伊都が横で笑ったので、俺も笑った。手を引っ張るつもりはなかったのに、肩までつられて動く。
「近すぎた?」
「大丈夫。自転車だけ、もう少しそっち」
自分の体より、車輪の位置ばかり気になっていた。
伊都の方へ向くと、彼女が少し指へ力を入れる。
「今は、前見てていいよ」
「昨日は、こっち見てって言っただろ」
「今は、つないでるから分かる」
俺は前へ戻った。
歩道の線を踏まないようにしていた足が、いつもの速さへ戻っていく。
それでも、右手の方だけは、歩くたびに意識した。
「手、冷たくない?」
「冷たくない。岳の方は?」
「大丈夫」
「なら、そのままでいいでしょ」
余計な確認をしている間も、伊都は離さなかった。
指が一本ずれたのを、彼女の方から軽く握り直す。それで俺も、握り直していいのだと分かった。
道が狭くなる手前で、一度離した。
自転車を先に通し、伊都がついてくる。
「土曜の話、聞いていい?」
後ろから声がした。
俺は振り向きかけて、車輪を縁へ寄せ直す。さっきまで顔を少し動かすだけで聞こえた声が、今は背中へ来ていた。
「広くなったら、話す」
「ここでも聞こえるよ」
「うん。でも、並んでる方で」
伊都は何も急かさず、俺の後ろを歩いた。
道が開くと、自転車より先に彼女の足が横へ来る。
今度は俺が空いた手を差し出した。
彼女は、それを見てから笑った。
「もう聞かないんだ」
「さっき、つなぎたいって聞いたから」
「うん」
今度は、指を探す時間が少しだけ短かった。
彼女が隣へ収まると、俺はバス停までの距離を見た。
いつもなら、もう着くなと思う所だった。
「土曜、空いてる?」
俺が聞くと、伊都の顔が上がった。
「空いてるよ」
「今度は、俺が行先、考えてもいい?」
「どこ?」
「まだ一つに決めてない。でも、伊都と行きたい」
彼女の手はつながったままだった。
頷く動きが、いつもより近い所にある。
「デートの方で?」
「……うん。デート」
言った後で、彼女の方からもその言葉を聞きたくなった。
伊都は一度だけ俺を見て、いいよ、と返す。
「岳の決めた所へ、デートしに行く」
俺は前へ向き直った。
うっかり足を速めると、今度は手で分かってしまう。伊都に言われる前に、自分で歩幅を戻した。
バス停の屋根が見えてきた。
表示を見ると、次の便はあと数分だった。
「土曜の場所、今日送ってもいい?」
「うん。わたしも、見たい物考えておく」
停留所へ着いてから、手を離した。
右手が軽くなり、どこへ置こうか迷う。伊都も自分の指を一度見て、それから鞄の持ち手へ戻した。
「明日も、こっち側で歩こうね」
彼女が俺の右を指した。
俺は、分かった、と返す。
「自転車が違う方へ来そうなら、言って」
「岳が間違えた方じゃなくて?」
「……俺が、そうしたら」
伊都が笑った所へ、バスが来た。
乗る時刻を延ばす理由は作れなかったし、作りたくもなかった。
彼女が乗り込むのを見送り、俺は自転車を帰る方へ向ける。
右手をハンドルへ戻すと、握る所がやけに固かった。




