第20話 今度は、俺から好きだと言う
自転車を押して戻ると、砥上は広場の端で待っていた。
通り道から外れた所へ止め、ハンドルの向きを確かめる。
「今日は、邪魔にならない?」
「うん。そこなら」
彼女は、俺が手を離すのを待った。
昨日から残してもらっていた時間だった。
まだ台紙の角が袋から出ている。景品の話も、さっき買った物の話もできた。でも、今から始めたら、いつまでも続きを探してしまう。
「砥上のことが、好きだ」
彼女の指が、袋の口で止まった。
俺もその手元を見そうになり、顔へ戻す。
「一緒に遊ぶのも好きだけど、それだけじゃなくて」
短く言おうとすると、いちばん言いたい所が落ちそうだった。
砥上は口を挟まず、続きを待っていた。
「最初に、サンド食べに行っただろ。砥上がきのこの方を買って、コロッケは次って言った時」
「うん」
「俺のりんごのパンは、別の日にすればいいって。二回会えばいいって、すぐ言ったから」
あの時は、画面に次の土曜を出した。
砥上はまだサンドを食べていて、俺の端末へは触らず、言葉で待ち合わせを選んだ。
あんなふうに、二回目まで取っておいてもらえると思っていなかった。
「嬉しかった。俺も、また会いたかったから。次だけじゃなくて、その次も決まるのが」
彼女の唇が少し動いた。
声は、まだ出なかった。
「木曜に、俺のパンも食べられただろ。なのに、食べ終わるのが惜しくなった。……パンがなくなる方も、あるけど」
砥上の口元が緩んだ。
それを見て、俺も少しだけ息をつけた。
「帰るのが、惜しかった。次に何食べるか決まってなくても、砥上に会いたい」
今は、彼女が次と言ってくれるのを待つだけでは嫌だった。
「勝負しない日も、俺から誘いたい。砥上の彼氏になって、会いに行きたい」
最後の所で、声が少し固くなった。
でも、言い直さなかった。
「俺と、付き合ってほしい」
砥上が一度、息を吐いた。
持っていた袋を脇へ寄せる。それから顔を上げ、俺をまっすぐ見た。
「……先に、言われた」
小さい声だった。
「わたしも、今日言うつもりだった」
俺はすぐには、意味をつなげられなかった。
昨日の帰りも、今日、何度か目が合った時も。自分が言う言葉ばかり考えていた。
彼女も、俺へ言おうとしていた。
「何て?」
聞いてから、聞き返す所じゃなかったと思った。
砥上は困ったように口を開き、でも、ちゃんと答えてくれた。
「好きだから、付き合ってほしいって」
俺は動けなくなった。
砥上も続きを急がず、俺の顔を確かめていた。
「榎並のことが好き。わたしも、付き合いたい」
もう一度、今度は少しゆっくり言われた。
聞こえた、と思ったのに、まだ何も返せていない。
「……うん」
ようやく出た声に、彼女の眉が少し下がる。
「そこは、もう少し喜んでくれていいんだけど」
「喜んでる」
「見えない」
「今、顔をどうすればいいか分かんない」
言ったら、砥上が先に笑った。
笑いながら一度口を押さえ、すぐ離す。俺を見る方をやめなかった。
「分かった。今のは、すごく分かった」
俺も笑ってしまった。
さっきまで肩の辺りに残っていた力が、一度に抜けた。
「嬉しい。俺、今、すごく嬉しい」
「……うん。わたしも」
彼女は袋を持ち直した。
うつむいて隠すのではなく、口元だけが、どうしても元へ戻らないようだった。
「先に言うつもりだったのにね」
「ごめん」
「謝らないで。言ってもらいたくも、あったから」
最後は俺を見て言った。
そんなことを言われると、返事をもらった後なのに、また何か伝えたくなる。
「好きだよ」
口から出た。
砥上は一瞬止まり、それから、今は聞ける、と言った。
「昨日、聞かないで待った分も、今聞く」
「もう一回?」
「言えるなら」
俺は笑って、もう一度伝えた。
砥上が、うん、と受け取った。その一言を聞くためだけに、また言いたくなった。
しばらく二人とも動かなかった。
広場の向こうで、バスが一台出ていく。
「次の誘いは、わたしからする」
砥上が言った。
俺はポケットの端末へ手をかける。
「来週なら──」
「今日」
彼女が広場の先を指した。
川へ出る、一つ先の角だった。
「今から、もう少し歩こう。二人で」
さっきも一緒に歩いていた、と言いかけた。
言わなくても、彼女が今取りたがっている時間は分かった。
「行きたい」
「よかった。これなら、次は取れた」
「そこ、数えるんだ」
「告白は先に言われたから。こっちは、わたしが誘いたかった」
帰る時刻を確かめた。
二人とも、まだ少しなら歩ける。俺は端末をしまい、自転車のスタンドを戻した。
砥上が横へ来た。ハンドルを持つ手に、また少し力が入る。
「榎並、歩くの速い」
「ごめん」
「まだ、言う前みたいに歩いてる」
彼女の歩幅まで、速度を落とした。
砥上はわざと遅くするでもなく、同じ所を歩いた。
「次、何か食べたい物、もうある?」
俺が聞くと、彼女が考える。
「ある。でも、決めるのは後でいい」
「何で?」
「今は、榎並と歩きたいだけだから」
俺も、今は彼女と歩いていたかった。
行先を増やさず、川の見える角まで歩いた。
帰る前に、砥上が自分の端末を確かめる。
「明日、学校で会おうね」
「会いに行っていい?」
彼女が顔を上げた。
「うん。わたしも、行く」
別れた後、自転車へまたがるまでに、同じ返事を何度も思い出した。
明日は月曜だった。早く学校へ行きたいと思いながら、俺は家へ帰る道を選んだ。




