第13話 借りを返すためなら、次はいらない
購買の列が動いた時、砥上はまだ財布を探していた。
片手のお茶とパンを持ちにくそうにしていたので、俺が受け取る。自分の飲物と一緒に、会計の方へ寄せた。
「この前、先に約束してたのに断ったし。今日の分くらい、俺が」
「自分で払うよ。パン、ありがとう」
小銭が皿へ載った。
最初にサンドを買った時と、同じ返事だった。
俺がもう一度財布へ触れるより早く、彼女は自分の袋を受け取って列から離れる。
後ろの大庭が焼きたてのパンを買い終えると、砥上が言った。
「木曜、空いてる?」
「空いてる。今度はちゃんと、砥上の行きたい所に──」
「待って」
お茶の蓋を開けかけた手が止まった。
「今度は、って何?」
「だから、この前の分で」
「日曜も、そういうつもりで来たの?」
俺は自分の飲物を見た。
土曜は箱を選び、日曜は鳥を見た。家へ帰ってからも、白い箱にどう収まったのか気になっていた。
「そういうつもりだけ、じゃない」
「だけ?」
残した一言を、きっちり拾われた。
「悪かったと思ってるのは、本当だから」
「謝ってもらったよ」
砥上は、まだ木曜の話を続けなかった。
俺も彼女の行きたい店を聞きかけ、口を閉じた。
「お詫びで付き合ってくれるなら、次はいらない」
短い返事だった。
次がいらない、と言われた所だけ、遅れて胸へ来た。
「俺は、行きたい」
すぐ言うと、砥上がお茶の蓋から手を離した。
「……うん」
「先約を断ったから、仕方なくってことじゃなくて」
廊下の先で、人が二人すれ違った。
その間に続ける言葉を探していたら、大庭が自分の袋へ顔を近づけた。
「先に食べてくるね。これ、冷めると中のチーズが固くなるから」
砥上へ一度手を振り、いつもの昼食場所の方へ行った。
残された俺は、まだ一度も飲んでいないボトルを持ち直した。
「榎並からも、誘ってほしいんだけど」
砥上が言う。
「わたしが何か見つけるまで、来たいかどうか分かんないの?」
「そうじゃない。けど、俺の行きたい所が、砥上も好きかは」
「聞いてよ。それから返事するから」
片手のお茶が、今度は俺の方を少し指した。
俺は蓋を開け、一口飲んだ。甘かった。彼女の無糖のお茶とは、見なくても違う。
「りんごのパン、食べに行かない?」
言えたのが、それだった。
彼女は少し口元を動かした。
「まだ残ってたね」
「俺、あれ食べたい。それから、店の裏の通りも見たい」
「地図で見てた方?」
「うん。こっちから見ると、一本向こうにも店があるから」
端末を出して、道を開いた。
砥上が俺の隣へ半歩寄る。返事を聞く前に、二人で覗き込むには少し小さい画面を、もう少し広げた。
「木曜。砥上と行きたいんだけど」
今度は、彼女が答える番だった。
「行きたい」
思っていたより、何も間に挟まらない声だった。
俺が画面へ木曜と入れる間、砥上は同じ通りを見ていた。
「わたし、ここにある雑貨の店へ行きたかった」
「じゃあ、そこも寄ろう」
「パンは先ね」
「いいの?」
「榎並に誘われたから、わたしも一緒に食べる」
彼女がそう言って、袋の口を開いた。
今日のパンまで、今から食べたくなったらしい。
「案内は、わたしがしてもいい?」
「詳しい?」
「店は見つけた。道も見ておく」
「じゃあ、お願いする」
砥上は自分の端末へ通りの名前を残した。
俺も待ち合わせの候補を出そうとして、昼休みの残り時間に気づく。
「続き、後で送る」
「うん。わたし、まだ食べてない」
俺たちは歩きだした。
砥上が自分のパンを見て、あ、と声を出す。
「これも、気になる?」
「さっきから見てたの、分かった?」
「分かるよ。人のお茶まで買おうとする前に、自分のパン買えばよかったのに」
俺は購買へ戻る方を一度見た。
並び直すほどの時間はない。砥上は袋を閉め、今日はあげないよ、と先に言った。
「木曜のパンは、今のより大きいやつにする」
「うん。そっち、楽しみにしてる」
自分が食べる方を大きくしても、彼女は楽しみだと言った。
大庭のいる場所へ着くまで、俺はさっきの、行きたい、という声を何度か思い出していた。




