第11話 勝てる形と作れる形は違う
「これなら、すぐ分かりそう」
見本を見た砥上が言った。
俺はまだ、六つの部品を机へ出しているところだった。
日曜の十時半。商業施設の体験広場には、同じ形の完成品が何個も並んでいた。
昨日のうちに仁科と大庭からも返事が来て、四人で一番早い体験枠へ入ることになった。今日は練習が休みだという仁科は、見本の大きい方を持ち上げている。
「これ、自分で作ったのも持って帰れる?」
「組む部品は、戻すんだって」
大庭が卓の説明を読んだ。
仁科は少し残念そうに、でも重さは確かめきってから置いた。
細い棒に切り込みがあり、組み合わせると、真ん中が膨らんだ一つの塊になる。
平らな盤に駒を入れる遊びとは、少し違う。
「ここと、ここが中で交差してる」
砥上が見本を指した。
俺も覗き、穴の数を数えようとする。
「どっち向きに入れる?」
「こっちを先に通して、横から――」
砥上の手が二本を持ち上げた。
一本が裏返り、もう一本の角へ当たった。軽い音がして、机の端へ転がる。
「……まだ、始めてない」
「今のは準備?」
「うん」
砥上が拾った棒を、元へ並べ直した。
俺も自分の部品を持ち、彼女の示した向きへ合わせてみる。
こっちを上にして、もう一本を横から入れれば。
「入らないな」
「榎並、それ、逆」
「でも、切り込みは合ってる」
「それだと次の一本が通らない」
言われて、部品の向こうを見た。
もう塞がっていた。
横で大庭が、小さい方の見本をゆっくり回している。仁科は二本を交差させて持ち、見本の中心と同じ隙間を作ろうとしていた。
「二人とも、今どこまで?」
「入口で詰まってる」
俺が答えると、仁科は自分の手元を見せた。
「俺も。これ、持つ指が一本足りない」
実際、支えている指の間から、部品が斜めに抜けかけていた。
砥上が見本へ手を伸ばした。
「置いてから、ここを浮かせればいいんじゃない?」
説明しながら自分の二本を動かす。今度は一本を押さえすぎて、入れたい棒の行先を指で塞いだ。
指をずらすと、下の部品までついてくる。
「ちょっと、そこ持って」
「こっち?」
俺が横から押さえた。
今なら、空いた所へ一本入れられる。彼女が取りかけた部品を、先に俺がつまむ。
「これを入れれば――」
「あ、待って」
下の二本が開いた。
組みかけた形が机へ崩れ、俺と砥上は同時に手を止めた。
「……増やしたね、散らばってる方」
大庭が見ていた。
俺は余計に持ち上げた一本を見た。
「今、合ってたと思った」
「わたしも、榎並が持つまでは合ってたと思う」
「持ってって言っただろ」
「組んで、とは言ってない」
俺の指には、入れ損ねた一本だけが残っている。
「これ、返した方がいい?」
「うん。まず、そこから手を離して」
「もう何も支えてないけど」
「次に何か組みそうだから」
そっと机へ戻し、両手を膝へ置いた。
隣で仁科が、自分の組みかけた二本を机の奥へずらす。
「こっちは、まだ大丈夫だからな」
「そっちまで手を出さないよ」
砥上がとうとう声を漏らした。俺の持っていた一本を並べ直す手まで揺れたので、笑い終わるのを待った。
大庭は説明図の最初の所へ指を置いた。
「一回ずつやったら? 二人の手、説明図より多いよ」
俺は椅子を引き直した。
「じゃあ、先に砥上」
「いいの?」
「今の、俺が崩したから」
砥上は部品を一本ずつ揃えた。
どの向きで持つのか、自分の指を見て決める。俺は両手を机の手前へ置いた。
ここ、と言いそうになるたび、まだ何も聞かれていないと思い直した。
「榎並、ここの隙間、見える?」
「見える。奥まで空いてる」
「じゃあ、通す」
彼女が自分で部品を差した。
机の上に、さっき見本で見た形の半分ができる。
「そこは、できた」
「うん」
返すと、砥上は口元を緩めかけ、また手元へ戻った。
「今、見なくていいからね。まだだから」
「呼んだの、そっちだろ」
昨日から頼まれている完成の一回を、途中で使われたくないらしい。
俺は組みかけた形の方へ、視線を戻した。
最後の一本を入れる時だけ、俺が下を支えた。
頼まれた所を動かさないで待つと、最後の棒が収まった。言われて手を引くと、形が残る。
「できた」
今度は、ちゃんと俺を呼ぶ声だった。
俺は顔を寄せて、全部つながっている所を見た。
「持ち上げていい?」
「まだ。わたしが先」
そっと両手で持ち上げる。
砥上は目の前まで上げ、崩れないのを見てから、俺の方へそっと向けた。
「ほら。ちゃんと、わたしの手でできた」
見本を見た時より、ずっと得意そうだった。
まだ渡してはくれない。角度を変えて全部見せてから、ようやく机へ戻した。
「次、榎並」
俺の方も、見ていた通りには進まなかった。
一本の向きを間違え、また砥上に聞く。さっき彼女が止まった場所で、俺の指まで止まった。
先に自分の分を終えた大庭が、隣で仁科の見本を回している。
「そこ、持ち上げてみたら?」
「まだ、抜けそう」
仁科は一本を押し込み直した。
そっと持ち上げた塊は、今度は崩れなかった。彼は両側へ回して、最初の見本と同じ穴があるか覗き込む。
「おお。自分のも、こうなるんだ」
「同じ部品なんだから」
大庭も立ち上がり、裏側を見た。
仁科は置く前にもう一度だけ重さを確かめた。俺も早く、指を離してみたくなった。
「競争だったら、二人とも負けてるな」
俺が言うと、砥上は俺の部品を見たまま笑った。
「じゃあ、今から競争にしないでね」
俺は指をずらして、残った一本を持ち直した。
差し込んで、ゆっくり手を開く。下から押さえなくても、今度は形が残った。
「砥上、できた」
「見てるよ」
彼女は、自分の完成品を持ち上げた時と同じくらい、顔を近づけてきた。
もう一度、できた、と言いそうになった。




