59話 白き光、黒き翼
白い光が、闇夜の村を一条に貫く。
夜風のなか、羽根のように揺れながら、それは剣となって地を裂いた。
黒い鎧を纏う骸骨の群れ――。
その只中に、ひときわ眩い閃光が降り立つ。
一瞬、世界の色が裏返る。白く切り裂く一閃。鋼鉄の甲冑が空中で断ち割れ、髑髏が粉々に砕け散る音が、夜の静寂を引き裂いた。
斬撃の残光はそのまま、次なる闇へ――白き光は寸分の迷いもなく、新たな敵へと駆ける。
まるで自分の意志ではないように、剣が勝手に振るわれていく──そんな感覚が、確かにあった。
斬り裂かれた鎧が地を打つ前に、閃光はすでに別の骸骨の頭蓋に届いていた。
剣は光の尾を引き、村の端から端まで、“消滅”の刻印をなぞっていく。
羽根を撒くような足取りで、光はふわりと地をかすめ、また宙へと舞う。村の外縁、草の匂いと焦げた空気が交わるなか、骸骨たちがひとつ、またひとつと閃光に呑まれていく。
──白き光を、緑の瞳が追っていた。
「マイロードよりはやい?」
リッチが、民家の屋根で膝を抱えてメゼルの顔を覗き込む。
「……生まれたばかりと聞いていたが、精霊どもめ、情報が遅すぎる」
メゼルはゆるやかに立ち上がる。
黒衣が夜風を孕み、影が地を覆う翼となって広がった。
「リッチよ。いますぐ洞窟に戻り、吾輩を待て」
「わたしはじゃま?」
リッチは戸惑い、ほんのわずか俯く。
「白き光が貴様を狙えば、吾輩では守れぬ。ゆけ」
「……はい、マイロード」
リッチは小さく呟き、夜の闇に溶けて消えた。
メゼルは大きく翼を広げ、静かな跳躍とともに闇を裂いて村の中心部へ降り立った。
「白き光よ! この村を襲ったのは吾輩だ!」
声が、闇のなか全てを震わせる。
民家の屋根に現れた白い光は、じっとメゼルを見据え、一気に広場へと舞い降りた。
着地とともに地面が白く染まり、淡い光の波紋が四方へと広がる。 その中心に立つ少女。炎のように揺れる白い光を纏ったティア。
白銀の髪が夜気にほどけ、瞳の奥までも白き光に浸食されていた。
メゼルは、その姿にひそかな畏怖を覚えた。
「なんと禍々しい姿よ……」
ティアが握る剣、そこに宿る異質な輝き。
「千年もの永きに渡る怨嗟を、ここで終わらせてくれよう」
メゼルが片手を上げると、地面から黒い霧が沸き立ち、うねりながら形を成していく。
「来よ……わがは──」
闇が形を結びきる前に、白き光が空間ごと切り裂いた。
「──ッ!」
ティアの剣閃。 光は疾風のごとくメゼルに迫り、黒い霧が辛うじて障壁を形作る。 斬撃が霧を叩き割り、光と闇がきしむ音。
距離をとるメゼル。
「貴様……騎士道も知らんのか……」
歯噛みしつつも、闇の悪魔は戦慄を隠せなかった。
その背後から、規則正しい足音が夜風に混じる。
村の路地から、幾多の黒い鎧の骸骨が、次々とティアの前に立ち塞がった。
「……リッチめ。無駄な魔力を使いおって……」
ティアは、剣を持つ右腕を静かに首に沿わせる。
「火よ……」
白き剣の刀身が、内側から赤く燃え上がり始める。
「薙ぎ払え!」
横なぎの一閃。
刃は燃え盛る炎となり、剣身が伸び、骸骨たちを一瞬にして呑み込んだ。
鉄が溶け、骨が砕け、背後にあった民家さえも灼熱の奔流に呑まれ、崩れ落ちて燃え上がる。
白い光と熱、煙と闇。村に炎の奔流が舞う。
メゼルは咄嗟に地を掴むようにしゃがみ込む。
「化け物め……」
その言葉が夜風に溶ける。 切断された骸骨の鎧、その切り口は赤く鈍く発光し、溶けだしている。
メゼルは、じっと剣の残像を見つめた。
「……火か」
ティアが間合いを詰める。
メゼルは黒い剣を呼び出し、その剣身でティアの斬撃を受け止めた。
剣と剣が噛み合い、白と黒の火花が幾重にも裂けて飛び散った。
火花はまるで、夜空に交わることを許されぬ二つの意志だった。
「……そうか。まだジオの末裔とは繋がっていないのだな、白き光よ」
剣が弾け、ティアはわずかに体勢を崩す。
だがすぐに体を起こし、いくつもの閃光を生み出して襲いかかる。
メゼルは、その全ての斬撃を正確に受け流す。
力みすぎた一撃を見極め、大きく弾く。ティアの身体が再び崩れる。
悪魔の右脚に、黒い霧が集約する。 そのまま蹴り飛ばす。
その寸前、闇を断ち割るような風が、悪魔の背後から突き抜けた。
「──っ……!」
ティアの身体が宙に弾き飛ばされ、白い光が砕けて霧散する。
粉塵が上がり、村の奥へと叩きつけられた。
メゼルは舌打ちし、ゆっくりと崩れた民家に歩み寄る。
「……精霊の風か」
粉塵が落ち着き、壁際でへたり込むティアの姿が現れる。
白い光はほぼ消え、首や左腕が黒く変色し、動かすことさえできない。
メゼルは静かに左手を上げる。
黒い炎が、掌に絡みつく。
「白き光の者よ、安らかに眠るといい」
炎が、吹き出した。
その瞬間――。
ふたりの間に、ひとつの影が割り込む。
「ニャエル!ダメ──」
ティアの声が、黒い炎に呑み込まれていった。
民家を黒い炎が焼き尽くしていく。
煙が辺りを包むなか。
熱さの奥で、胸の内に触れた、誰かの光。
それは、ただ「守りたい」という想いだけで燃え上がった。
黒煙のなか、ひとすじの黄光が、霧のようにゆらぎながら昇っていく。
「──な!? 貴様……生きていたのか……」
煙の中から、黄の光を纏ったニャエルが姿を現す。
「ジオ!!」
メゼルは目を見開き、怒りに震える。
「ちょっと熱かったにゃ……けほ」
僅かに煤を吐き出し、立ち上がる。
そのとき、アマネの声が夜を貫いた。
「火よ、我が祈りと共に降り立て。いま、悪しきものを滅せよ」
ゆっくりと歩み寄りながら、アマネは詠唱を紡ぐ。
手にしたメイスが黄の炎に包まれた。
「炎よ!」
振り下ろされたメイスが地を砕き、大きな火柱が闇夜に立ち昇る。
メゼルは回避し、民家の屋根に着地した。
「くっ……ジオではない……あの獣人どもはジオの末裔か……」
屋根上から、へたり込んだティアを睨み据える。
「……吾輩の命を捨ててでも、白き光だけは、いま消しておかねば……」
跳躍しようと身を沈めたその瞬間、ふいに動きが止まる。
ひとときの静寂。
その只中で、あの小さな膝、あの怯えた目が、ふいに脳裏に差し込んだ。
ぎり、と歯を食いしばる。
「……もはや! 貴様らに安寧は訪れぬ!」
最後に吐き捨て、闇に身を滑らせる。
闇のなかに、ただ風を切る音だけが、痛みの尾を引いて消えていった。
「逃げたにゃ」
「……正直、助かりました。あれはかなり上位の悪魔ですね……」
アマネは大きく息を吐き、メイスを腰に収めた。
祈りは届いた。それでも、手の震えだけは止まらなかった。
「アマネ、ティアが!」
ニャエルの声に、アマネが駆け寄る。
夜はまだ明けず、村には風と、戦いの余韻が残っていた。




