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49話 やわらかな光が芽吹くとき



「ここがあたしの家よ!騎鳥はそこ。」


朝の光が森の間を縫い、小川のせせらぎと淡い風が、巨木の根元を優しく撫でていた。三人と三頭の騎鳥は、リリアナの案内で苔むした大樹の前にたどり着く。大樹には外付けの螺旋階段が絡まり、露に濡れた葉の隙間から木漏れ日が滴っていた。


すぐそばには、透き通った水がさらさらと流れている。川面には小鳥や虫が水を飲みにやって来て、時折跳ねる魚影が光を反射させる。


リリアナは振り返りもせず、颯爽と階段を駆け上がっていく。


大樹の根元にラグナを座らせて、ティアが鞍から降りる。


「そこって……繋いでおかなくていいのかな?」


ティアは騎鳥の首筋に手を添えつつ、馬と違い“手網”のない状況にそわそわしはじめる。


「ここなら騎鳥の好きにさせておけばいいにゃ」


ニャエルはクロから跳び降り、荷物から赤い果実を両手いっぱい抱えて、根元にごろごろと転がしていく。

ニャエルが転がした赤い果実は、地面を弾むように転がり、やがてラグナの足元に静かに止まった。

ラグナが「クルル」と喉を鳴らすと、シャク、シャクと甘やかな音を立てて果実を齧りはじめた。

その音が、朝の森に優しく溶けていく。

クロはクロで、騎鳥たちの輪を見守るようにゆったりと腰を下ろす。


「呼んだらすぐ来るし、平気だにゃ」


アマネもシロをなでて果実を食べさせながら、微笑みを向ける。


「手網で繋いでも、自分で解いてしまうのです」


「そうなんだ……ゆっくり休んでね、ラグナ」


ティアがラグナの首元を優しく撫でると、ラグナは頬を擦り寄せてくる。朝の湿った風と騎鳥の温もりが、心にじんわりと染み渡った。


突然、頭上で「バンッ」と乾いた音が響く。


見上げた先、窓が大きく開き、逆光の中にリリアナの顔が浮かんでいた。


「早くあがっておいでー」

「はーい」


ティアは小さく返事をし、木の階段を一段ずつ登っていく。足元には柔らかい苔が生え、小さな花が露に濡れて揺れている。

やわらかな朝風が髪をすり抜け、木漏れ日が顔を明るく照らす。


「あ、風さんの声がいつもよりハッキリ聞こえる」


木漏れ日が頬をなで、風がスカートの裾をふわりと持ち上げた。


「風さんはなんと?」


後ろからゆっくりとついてきたアマネが問いかける。


「“後で、会いにおいで”って。たぶん、すぐ近くに……さっきからずっと、葉っぱが歌ってるみたい」


アマネは返す言葉が見つからないでいると、

ニャエルが小走りで段を跳ね上がりながら、童歌のように呟く。

「おにく♪おにく♪」

食事がもらえると信じて疑わない様子に、ふたりは思わず吹き出した。



「いらっしゃい、荷物はその辺に適当において。あ、あと扉閉めて鍵かけてね」


巨木をくり抜いた家の中は、ほのかにチーズやお酒の香りが漂う。朝の光が窓から射しこみ、塵の粒子がきらきらと舞う。


リリアナは部屋のあちこちを忙しなく動き回り、窓の木戸を閉めていく。丸い敷物と少ない家具、明るく広がる木目の壁と、らせん状に伸びる内階段。


ニャエルがふたりに聞こえるくらいの声で呟く。


「なんで閉めるにゃ?まだ食べてないのに寝かせる気にゃ?」


リリアナは聞こえたらしく、手を止めて振り返る。


「あぁ、ごめんね。先に診てもらおうと思って」


最後の木戸を閉めると、部屋がやや薄暗くなった。

リリアナは真ん中に敷かれた布を器用にどかし、床板を外しはじめる。


「里のみんなには内緒で、連れてきてるから……あ、秘密にしてね」


愛嬌たっぷりに人差し指を口元に当て、ぱちっとウィンク。

その無邪気な仕草に、ティアの心臓が小さく跳ねた。

ニャエルの耳もぴくぴくと反応する。


床板を外すと下に梯子が現れる。


「ついてきて」


リリアナはひとり、するりと梯子を降りていった。三人は顔を見合わせる。


ティアが最初に足をかけた。





梯子を下りると、そこはひんやりした倉庫で、チーズやお酒の香りが濃くなった。木の壁には苔が生え、小窓から光がこぼれている。


「こっちだよ」


声に導かれて行くと、小さな木製のベッドに、小さな子供が静かに眠っていた。窓から差し込む柔らかな光が、微細な埃の粒を照らす。


アマネはその姿を見るなり、目を見開いた。


「シル!」


ティアは反射的にベッドへ駆け寄り、妖精シルの小さな右手を握る。


リリアナは目を丸くする。


「え?知り合いなの?」

「うん、村を出た時に助けてもらったの……」


シルの顔は左側だけ、影を落としたように黒く染まり、その色は手足へと静かに侵蝕していた。

まるで“夜”の名残が、そこだけに取り残されたかのように。


シルが小さく呻き、右目を開ける。


「あれ……ティアだ、どうしてここに?僕は夢を見てるのかな……」


ティアはシルの小さな右手をそっと握る。


「夢じゃないよ、ここに居るよ。また会えて嬉しい」


頬をなにか熱いものが伝っていく気がした。


「……ティア、そこに誰かいるの?」


ニャエルが首をかしげる。ティアと目が合うと、ニャエルはぎょっとした顔をした。


「……そっか、ニャエルやアマネには見えないんだね。どうすれば……」


「ティアの友達……?いいよ……僕の手に、触れれば……見えるようになる……」


ティアはシルの手を握ったまま、ふたりのために場所を空ける。


「ふたりともこっちに……」

「待って」


ニャエルは白い布でそっとティアの涙を拭う。


「あれ、私……泣いちゃってた?」

「自覚ないんだから……」


鼻をすするティア。


「ふたりとも、私の手を持って、シルを紹介するよ」


ニャエルとシルの手を重ねると、


「わっ……妖精さんだ。初めてみた……シル、具合悪そうだね」


ニャエルの猫耳がぺたんと寝る。


「アマネもこっちに」


アマネも同じようにシルの手に触れる。


「初めまして、アマネです……少しの間、見させてくださいね」


リリアナが小声で説明する。


「不浄の地で倒れているところを見つけたんだ。これでもウチに連れてきてからは、かなり落ち着いたよ」


リリアナがアマネを見つめる。


「どう?治せそう?」

「アマネ、お願い」


ティアもアマネを見つめる。


「わたくしは“浄化”しかできませんが……やってみましょう」


アマネは胸に手を当てる。依代が熱を持ち、掌がじんわりと温かくなる。


しばらくの間そのまま目を閉じていたアマネ。


やがて、目を開ける。


腰の水袋を取り出し、シルの黒く変色した左手に水をそっと垂らす。


ジュ、と音を立てて湯気が立ち上る。 一瞬、肌が元の色に戻るが、すぐに黒い穢れが広がってしまう。


「……やはり“癒し”の力でなければ難しいですね……」


水袋をニャエルに差し出す。


「しかし、ニャエルさまなら出来るかもしれません」


アマネは、穏やかながらも真剣な眼差しを向ける。


「え?ボクは魔法使えないにゃ……」


ニャエルは戸惑いながらも、ふとティアのほうを見る。


「そうだよ、ニャエル!黄色い光を出すの、何度も見てるよ」


「……言ってしまえば、魔法属性の“発現”とは目に見えるか、どうかの違いに過ぎません。わたくしには見えませんが……ティアさまの目に映るものが真実であるならば——可能性は、充分にあります」


ニャエルは水袋を受け取り、わずかに息を飲んだ。


「……分かったにゃ。どうすればいいか、教えて」


「目を閉じて“癒し”の記憶を辿り、水に込める様に念じてください」


ニャエルは目を閉じて息を吸う。


しかし、すぐに眉を寄せた。


「うーん……よく分からないにゃ……」


「ニャエルさまが一番、癒された事を思い出すとか、何でも構いません」


ニャエルは少し考え込む。


「一番……癒された……」


ニャエルはティアを見て、

「ティア、少し肩を貸して」


「えっ……いいけど……」


ニャエルは迷いのない動きで、ティアの肩に額を預けた。

柔らかな髪が、そっと首筋に触れる。

その一瞬、ティアの中にあった“なにか堅いもの”が、ゆるやかに溶けていくのを感じた。


ニャエルは目を閉じ、深く息を吸い込む。

ティアの顔がほんのりと赤くなった。


ため息をつくように、ニャエルはゆっくり息を吐く。

ティアの目に、ふわりと大粒の黄の光が現れた。

その光はニャエルの体から零れ、部屋の空気を優しく照らしていく。


「できてるよ、ニャエル」


ティアはそっとニャエルを抱き寄せ、頭を撫でる。黄の光が溢れ、ふたりを包む。


「きれい……」


シルとアマネは気恥ずかしそうに目を逸らし、リリアナはじっとその光景を見つめて小さく声をこぼした。


「やはり、ティアさまには見えているのですね。どんな様子ですか?」


「黄色い光が、ニャエルからいっぱい溢れてる」


アマネはニャエルに向き直る。


「では、やってみましょう」


ティアが手を離し、ニャエルがゆっくり目を開ける。水袋の水をシルの黒い手にそっとこぼす。


勢い良く水が黄の光となって広がり、手から腕へ、顔へと伝わっていく。 穢れがみるみる消え、シルの肌が元の柔らかい色に戻る。


「な、治った……元に戻った!」


シルは驚き、左手を何度も見つめる。


「やったよ、ニャエル!すごい!」


ティアは勢いよくニャエルを抱きしめ、水袋から水がこぼれて床を濡らした。


アマネはその床を見て、呆れたように微笑み、ぽつりと呟いた。


「……込めすぎですよ。どんだけ好きなんですか」


ぽたり、こぼれた水が、静かに床の隙間へと染み込む。

そのわずかな潤いの先に、小さな新芽がふっと息をついた。

まるで、朝の光に呼ばれるように。


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