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31話 君に似合う服



雨上がりの街は、どこか空が澄んでいて、静かだった。


石畳には、まだいくつもの雫が残っている。

ティアはさっき受け取ったばかりの白い剣を背負い、すこし背筋を伸ばして歩いていた。

隣ではニャエルが、心もちゆったりとした歩幅で、それに合わせてくれている。


「剣を背負うと、やっぱり外套が欲しくなるね」


ぽつりとつぶやくと、ニャエルが頷いた。


「ふふ、そうだね。じゃあ、買いに行こうか」


陽の光がふたりの頭上にやわらかく差し込み、

街のあちこちから、パン屋や露店の賑やかな声が聞こえてくる。


目的の服飾店は、西門近くの小さな通りにあった。


 



店の扉を開けると、ふわりとやわらかな布地の匂いが鼻をくすぐる。


棚には色とりどりの衣服が並び、奥のカウンターには白髪の混じった小柄な老婦人が立っていた。

その瞳は、どこか昔の冒険譚をすべて知っているような、穏やかさと静かな厳しさを湛えていた。


「いらっしゃい。何をお探しで?」


老婦人はティアの背にある白い剣に目をとめ、やわらかく微笑む。


「外套を……できれば軽くて、動きやすいのがいいです」


「おふたりとも、冒険者さんかい? 相棒がいると、装いも変わるもんだよ」


言いながら、棚からいくつかの外套を取り出す。

それは薄手の生地で、肩から背にかけて細い革帯が走り、剣の鞘を通すための仕立てになっていた。


「こういうのはどうだい? 剣を使っても邪魔にならないようにできてる」


ニャエルがそっと布をつまみ、ティアの肩にかけてみせる。


「うん、動きやすそう」


鏡の前に立つと、ティアの背中に、白い剣と淡い灰色の外套が重なる。


「あっ……猫の刺繍がある!」


外套の背には、尻尾を立てて歩く小さな猫の刺繍が入っていた。


「これにします!」


ティアはすぐにそう言って、小さく笑った。

その様子に、ニャエルは少しだけ照れくさそうに目を逸らしながら、ぽつりとつぶやく。


「ね、ネコ好きだよね」


「うん、大好き!」


真っ赤になったニャエルは、誤魔化すようにティアの背を抜ける。

その黒い尻尾が、嬉しそうに左右に揺れていた。


「お、お会計お願いします」


老婦人は目を細め、ふふっと微笑んだ。


「ありがとうございます」





「じゃあ、宿に戻ってゆっくりしよっか」


外套を抱えたニャエルは、どこか満足そうに見えた。


けれどティアは、ほんの少しだけ躊躇ってから言った。


「あの……ニャエルにも、似合いそうな服、ないかなって……」


不意を突かれたように、ニャエルの耳がぴくりと動く。


「え、わたしは……そういうの、いいよ」


「外套、買ってくれたし……その、お礼っていうか……ダメ?」


まっすぐに見つめるティアの視線に、ニャエルは観念したように、小さく笑った。


「……じゃあ、一着だけね」


老婦人も「若い子は、試してみるといいよ」と楽しげに頷いた。





試着室の奥は、薄いカーテンで仕切られた、光のやわらかい空間だった。


ニャエルが手に取ったのは、ティアが選んだシンプルな白のワンピース。

身に纏うと、普段よりも幼く、どこか無防備な印象を与える。


「……なんか、落ち着かないな」


頬をほんのり染めながら、ニャエルがひとりごちた。


意を決したようにカーテンを開くと、ティアは目を輝かせて見つめた。


「わぁ……カワイイ♪ すごく似合ってるよ!」


「そ、そうかな……」


照れながらも、ニャエルの尻尾は小さく揺れていた。

ティアはひとしきり見とれると、次の衣装を差し出す。


「次はこれ! 絶対、ニャエルに似合う!」


「……しょ、しょうがないなぁ……」


次に着たのは、クラシカルな黒のメイド服。

黒い髪が映えて、ティアはぽかんと見とれてしまう。


ニャエルも調子が出てきたのか、スカートの裾を軽くつまみ、上品にお辞儀をしてみせた。


「何なりとお申し付けを、ご主人様」


「はぁぁ……良い……お部屋で、着てほしいな……」


ティアは両手を前で合わせ、祈るような声でそうつぶやく。


ニャエルの顔が一気に赤くなった。


「さ、さすがにそれは……」


「お願い……」


うるうるした目で見つめられ、ニャエルはたじろぐ。


「……こ、今度ね……」


三着目は、男装風のベストとスラックス。

フォーマルな黒い生地が身体のラインをほんのりと際立たせる。

ティアのたっての希望で、黒い手袋も合わせた。


「お勉強の時間ですよ、お嬢様」


手袋をはめ直しながら、演技がかった口調で現れるニャエル。

その姿を見たティアは、顔を真っ赤にして、両手で鼻と口を覆った。


「ティア、大丈夫?」


「……う、うん。大丈夫じゃないかも……」


ニャエルはイタズラっぽく微笑んで、言ってみせた。


「お部屋で着ましょうか? お嬢様」


「そ、それは……わたしが持たないかも……」


すると、ニャエルがからかうようにティアの頬を指でそっとなぞる。

そして、耳元に、甘えるような声を落とした。


「……お願いします」


ティアは目を伏せたまま、小さく呟く。


「……買います」


それを聞いたニャエルは、しばらく黙っていたが──

最後には、同じようにぽつりと呟いた。


「……あれ?」








外套と、大きな包みを抱えて、ふたりは店を出る。


「……本当に買うなんて」


「お願いされちゃったら、買うしかないなぁって」


ティアは満面の笑みで包みをぎゅっと抱きしめる。

それを見て、ニャエルは笑みをこぼし、大きく息を吐いた。


店の外には、まだ虹が、うっすらと空に残っていた。




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