31話 君に似合う服
雨上がりの街は、どこか空が澄んでいて、静かだった。
石畳には、まだいくつもの雫が残っている。
ティアはさっき受け取ったばかりの白い剣を背負い、すこし背筋を伸ばして歩いていた。
隣ではニャエルが、心もちゆったりとした歩幅で、それに合わせてくれている。
「剣を背負うと、やっぱり外套が欲しくなるね」
ぽつりとつぶやくと、ニャエルが頷いた。
「ふふ、そうだね。じゃあ、買いに行こうか」
陽の光がふたりの頭上にやわらかく差し込み、
街のあちこちから、パン屋や露店の賑やかな声が聞こえてくる。
目的の服飾店は、西門近くの小さな通りにあった。
◇
店の扉を開けると、ふわりとやわらかな布地の匂いが鼻をくすぐる。
棚には色とりどりの衣服が並び、奥のカウンターには白髪の混じった小柄な老婦人が立っていた。
その瞳は、どこか昔の冒険譚をすべて知っているような、穏やかさと静かな厳しさを湛えていた。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
老婦人はティアの背にある白い剣に目をとめ、やわらかく微笑む。
「外套を……できれば軽くて、動きやすいのがいいです」
「おふたりとも、冒険者さんかい? 相棒がいると、装いも変わるもんだよ」
言いながら、棚からいくつかの外套を取り出す。
それは薄手の生地で、肩から背にかけて細い革帯が走り、剣の鞘を通すための仕立てになっていた。
「こういうのはどうだい? 剣を使っても邪魔にならないようにできてる」
ニャエルがそっと布をつまみ、ティアの肩にかけてみせる。
「うん、動きやすそう」
鏡の前に立つと、ティアの背中に、白い剣と淡い灰色の外套が重なる。
「あっ……猫の刺繍がある!」
外套の背には、尻尾を立てて歩く小さな猫の刺繍が入っていた。
「これにします!」
ティアはすぐにそう言って、小さく笑った。
その様子に、ニャエルは少しだけ照れくさそうに目を逸らしながら、ぽつりとつぶやく。
「ね、ネコ好きだよね」
「うん、大好き!」
真っ赤になったニャエルは、誤魔化すようにティアの背を抜ける。
その黒い尻尾が、嬉しそうに左右に揺れていた。
「お、お会計お願いします」
老婦人は目を細め、ふふっと微笑んだ。
「ありがとうございます」
◇
「じゃあ、宿に戻ってゆっくりしよっか」
外套を抱えたニャエルは、どこか満足そうに見えた。
けれどティアは、ほんの少しだけ躊躇ってから言った。
「あの……ニャエルにも、似合いそうな服、ないかなって……」
不意を突かれたように、ニャエルの耳がぴくりと動く。
「え、わたしは……そういうの、いいよ」
「外套、買ってくれたし……その、お礼っていうか……ダメ?」
まっすぐに見つめるティアの視線に、ニャエルは観念したように、小さく笑った。
「……じゃあ、一着だけね」
老婦人も「若い子は、試してみるといいよ」と楽しげに頷いた。
◇
試着室の奥は、薄いカーテンで仕切られた、光のやわらかい空間だった。
ニャエルが手に取ったのは、ティアが選んだシンプルな白のワンピース。
身に纏うと、普段よりも幼く、どこか無防備な印象を与える。
「……なんか、落ち着かないな」
頬をほんのり染めながら、ニャエルがひとりごちた。
意を決したようにカーテンを開くと、ティアは目を輝かせて見つめた。
「わぁ……カワイイ♪ すごく似合ってるよ!」
「そ、そうかな……」
照れながらも、ニャエルの尻尾は小さく揺れていた。
ティアはひとしきり見とれると、次の衣装を差し出す。
「次はこれ! 絶対、ニャエルに似合う!」
「……しょ、しょうがないなぁ……」
次に着たのは、クラシカルな黒のメイド服。
黒い髪が映えて、ティアはぽかんと見とれてしまう。
ニャエルも調子が出てきたのか、スカートの裾を軽くつまみ、上品にお辞儀をしてみせた。
「何なりとお申し付けを、ご主人様」
「はぁぁ……良い……お部屋で、着てほしいな……」
ティアは両手を前で合わせ、祈るような声でそうつぶやく。
ニャエルの顔が一気に赤くなった。
「さ、さすがにそれは……」
「お願い……」
うるうるした目で見つめられ、ニャエルはたじろぐ。
「……こ、今度ね……」
三着目は、男装風のベストとスラックス。
フォーマルな黒い生地が身体のラインをほんのりと際立たせる。
ティアのたっての希望で、黒い手袋も合わせた。
「お勉強の時間ですよ、お嬢様」
手袋をはめ直しながら、演技がかった口調で現れるニャエル。
その姿を見たティアは、顔を真っ赤にして、両手で鼻と口を覆った。
「ティア、大丈夫?」
「……う、うん。大丈夫じゃないかも……」
ニャエルはイタズラっぽく微笑んで、言ってみせた。
「お部屋で着ましょうか? お嬢様」
「そ、それは……わたしが持たないかも……」
すると、ニャエルがからかうようにティアの頬を指でそっとなぞる。
そして、耳元に、甘えるような声を落とした。
「……お願いします」
ティアは目を伏せたまま、小さく呟く。
「……買います」
それを聞いたニャエルは、しばらく黙っていたが──
最後には、同じようにぽつりと呟いた。
「……あれ?」
◇
外套と、大きな包みを抱えて、ふたりは店を出る。
「……本当に買うなんて」
「お願いされちゃったら、買うしかないなぁって」
ティアは満面の笑みで包みをぎゅっと抱きしめる。
それを見て、ニャエルは笑みをこぼし、大きく息を吐いた。
店の外には、まだ虹が、うっすらと空に残っていた。




