24話 シャリっと真実の一端をかじる
陽が高くなった昼下がり
ティアはベッドの上でぐでんと溶けていた。
「ふにゃぁ〜……食べたぁ……」
朝食どころか、昼食までしっかり平らげたふたり。
満腹のまま部屋に戻ると、やわらかなシーツと昼の光に包まれて、静かな気配だけが漂っていた。
ティアがうつ伏せで眠りそうになっているその腰あたりを、ニャエルがじっと見つめている。
しばらく迷ったあと、そっと手を伸ばし、尾てい骨のあたりをつまんでみた。
「ひゃっ──!」
ティアがビクンと跳ね、枕に顔を埋める。
赤くなった耳がぴくぴく揺れ、背中が波打つように揺れていた。
「尻尾、生えてきたんじゃない?」
ニマニマと笑うニャエルの声が、悪戯っぽく響く。
ティアは枕から目だけを出し、恥ずかしさと怒りが混じった表情でにらんだ。
「ふ、不意打ちはだめ……」
そんな抗議をよそに、ニャエルは背を向け、ガントレットを手に取って装着し始める。
カチリ、と金属の音が控えめに鳴る。
「不意打ちはボクの得意技にゃ」
「……それ、付けるの?」
指先までしっかりと装着しながら、ニャエルは振り返る。
「うん。この街は平和だけど……今日はティア、剣持ってないでしょ?」
「ふふ、私の護衛だね」
ティアはくすぐったそうに身をよじらせながら、枕に頬を埋めた。
ニャエルはくすっと笑い、隣に腰を下ろす。
「お守りしますよ、お嬢様」
そう冗談めかして言いながら、ティアの頭をやさしく撫でる。
撫でられるたびに、ティアは枕の中でもじもじと足を動かしてしまう。
「……だから不意打ちは卑怯なんだってば……」
「ほら、準備しないと。お出かけ日和だよ」
ティアはしばらく、撫でられては潜り込み、また撫でられては顔を出す。
そんなやりとりを何度か繰り返して、まるでバターになりそうなくらい、とろけていった。
◇
支度を終え、ふたりは宿を出る。
通りにはやわらかな陽光が降り注ぎ、遠くで教会の鐘が澄んだ音を響かせていた。
「さて、どこに参りましょうか」
「……教会に行こう!」
ティアが答えると、ニャエルはすっと手を差し出した。
だが、ティアはおもむろに二の腕を掴んでしまう。
「また腕なの……ふわふわ好きだね」
「だって、気持ちいいんだもん♪」
揉まれ、揉みながら、ふたりは笑い合って歩き出した。
昼の光に照らされた石畳の道を、肩を並べて進んでいく。
通り過ぎる人々の中で、ふたりの歩幅だけが、静かに絡みあっていく。
「精霊に会いたいの?」
「んー……会えるなら、会いたいかな」
「近くにいないって感じる?」
その問いに、ティアは少し考え込む。
「うん……村にいたときより、“いない”って感じかも」
「やっぱり感じるんだ。……すごいな、ティアって」
角を曲がると、教会の建物が姿を現す。
白い外壁に、金と青の装飾が施され、陽に照らされて尖塔がきらめいていた。
静かな空気のなか、信者らしき人々が門前に集っている。
どこか重たく、凛とした気配が辺りに漂っていた。
「ねぇ、ニャエル。“結界”って知ってる?」
「おお……ティアの口からそんな言葉が出てくるなんて」
わざとらしく驚いてみせるニャエルに、ティアはむくれて頬をふくらませる。
「茶化さないで……田舎者なのは分かってるけどさ……」
そのまま、ぐいっと二の腕を揉む。
「村には出ないんだね。街では”いない”かも知れないけど“出る”ことがあるよ」
「“出る”? 何が?モグラ?」
「モグラが出るのは村だにゃ……」
ニャエルは吹き出しそうになりながらも、真面目に続ける。
「栄えた街が廃れて、墓場が放置されると──ゾンビ、グール、レイスっていう順に、出てくるんだよ。最後は魔界と“繋げるもの”リッチが出る」
ティアはふと、妖精のイフとシルが言っていたことを思い出す。
「……妖精がレイス、精霊がリッチになるってこと?」
ニャエルはぎょっとしたように目を見開き、周囲を見回してから声を潜める。
「えっ……わかんないけど、なんかソレ妙に説得力あるね……。とにかく、ゾンビが出ないようにするのが“結界”ってわけ」
ティアは眉をひそめ、何かを探るように呟く。
「……でもほんとにそうかな。結界ってゾンビを抑える感じじゃないような……」
「ちょ、ちょっと!教会の前でその話はストップ!」
気づけば、ふたりの周囲には信者たちの気配がちらほら。
中には鋭い視線を投げかけてくる者もいた。
◇
足早に教会を離れたふたりは、通りの露店で落ち着いた。
ニャエルは赤くつややかな果実を二つ買い、ひとつをティアに手渡す。
ひんやりとした皮から、ほんのり甘い香りが漂ってくる。
「……なんか、ごめんね。ありがと」
「ううん、いいよ。興味深い話だったから」
ティアは果実をくるくる回しながら眺め、そっとかじりついた。
シャリ──という軽やかな音とともに、冷たい果汁が弾け、口元からこぼれ落ちる。
「むぐっ!?」
「ふふっ、初めて食べると、そうなるんだよね。はい」
ニャエルが懐から白い布を取り出し、ティアの口元を優しく拭ってくれる。
アゴや首元まで果汁がついてしまい、丁寧に拭かれるたび、くすぐったそうにティアが笑う。
「ほひほほに?」
「……飲みこんでから喋ろうね」
ティアはごくりと喉を鳴らし、指さした先を見上げる。
門の外、遠くの山の中腹に、白い建物が小さく見えた。
屋根は円錐型で、どこか教会を思わせる佇まい。
ニャエルが不思議そうに眉を寄せる。
「アレはなに?」
露店のおじさんが陽気に答える。
「ああ、あれか。ジオ教会だよ。あんなとこに建てたって、誰も行かねぇのにな」
「北の教会……聖ジオ・クラシー、か」
ティアは目を細めてその建物を見つめた。
「……あそこなら、風の声がよく聞こえるね。」
ふたりが見上げたその先から、ちいさな風が──ほんのかすかに、こちらへ吹いてきた気がした。
シャリ……
「甘い……」




