25話 とろける光、きらめく鉄
「ひゃー、気持ちぃー♪」
街をたっぷり歩き回ったふたりは、ロスティアの中心を流れる川辺にたどり着いていた。
陽射しはまぶしく、川面はきらきらと光を跳ね返す。澄んだせせらぎが、石や岸辺を優しく撫でていた。
木製の小さな船着場。
ティアはその縁に腰をおろし、スカートを膝上までまくって足を水に浸していた。
冷たい流れが肌を包みこみ、陽に温まった脚がひやりと冷えていく感覚に、思わず深く息を吐く。
「ニャエルも入りなよ〜」
ぱしゃ、と水を弾いて振り返ると、ニャエルはブーツを脱ぐか脱がぬか、まだ迷っていた。
川とティアを交互に見つめ、ちょっと困ったように笑う。
「うん、入りたいんだけど……なんか無防備になりそうでさ」
「早くしないと、私に襲われちゃうぞ?」
冗談まじりに囁くと、ニャエルの耳がぴくんと立つ。
そして苦笑しながらブーツを脱ぎ、そっと水に足を入れた。
「ああ……冷たくて気持ちいい……」
ふたりの足先が、さらさらと流れる水の中でふいに触れ合う。
「でしょ〜。でも残念、遅かったね。がおー♪」
ティアはふざけてニャエルの足に自分の足を絡めていく。
水の冷たさと肌の柔らかさが混ざり合い、ニャエルが小さく身をすくめた。
「ちょ、ちょっと……くすぐったいってば」
「ニャエルの足、綺麗だね。すべすべしてて、心地いい……」
くすぐるように撫でると、ニャエルは耳まで真っ赤になって下を向く。
「そんなことないって……ちょっと太いし。ティアの足のほうが細くて、透けるくらいに白くて、やわらかそうで……」
陽光、水、体温──ふたりのあいだに、やわらかい風が流れていく。
ティアは身体を少し寄せ、覗き込むように顔を近づけた。
「そんなに褒められると、照れちゃうな」
「……全然照れてない顔してるよ」
ニャエルがたじろぐように目をそらし、ティアは微笑みながら肩にもたれかかる。
「外だと、ニャエルって少し照れ屋さんになるね」
「外はね、油断できない場所だから……」
川のせせらぎが耳をくすぐり、遠くから子どもたちの笑い声が混ざって聞こえる。
ティアは両手を広げ、空を仰ぐように言った。
「外でも、甘えていいんだよ」
せせらぎが、言葉の続きのように流れていく。
「……ボクが中では甘えてるみたいじゃないか」
ティアはいたずらっぽく笑って、ニャエルを見上げる。
「今朝、私の上で寝てたのは誰だったかな〜? 喉も鳴ってたよね?」
一瞬で顔を真っ赤にして黙り込むニャエル。
「し、仕方なかったんだよ……ティアが……すごく、いい匂いするから……。ずっと思ってたけど」
ティアはふたたび腕を広げる。
「しかたない、しかたない♪ おいで、ニャエル」
「──ッ」
なにかが弾けたように、ニャエルはティアの胸に頭を預けた。
抱きしめ、そっと撫でてあげると、喉からくぐもった音が漏れてくる。
「……ああ、落ち着く……ほんと、いい匂い」
「落ち着いていいんだよ。私がいるから、大丈夫」
川のせせらぎが、足元から耳元へとゆるやかに届く。
絶えず続くその音は、ふたりの時間をやさしく包んでいた。
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昼下がりの鍛冶屋。
店内は静まり返っていたが、奥の工房からは金属を打つ音が規則正しく響いている。
窓の外には夏雲が浮かび、光が鉄屑に反射して室内を照らしていた。
すぅ……と窓の下から黒い猫耳が現れる。
ニャエルの金色の瞳がそっと店内を窺う。
「……どう、ラミアいる?」
「いない。工房の方にいるかも」
ふたりは声を潜め、顔を寄せてひそひそと相談する。
「中を通るのは危険だね」
「うん、扉に細工がされてるかもしれない」
ティアが扉の上部に何かを見つけて、指差す。
そこには昨日はなかった小さなベル。ニャエルが解説する。
「あれ、小型魔石が使われてるね。音を増幅して感知されるタイプ」
「……手強い。裏口から回ろう」
ニャエルが先導し、ふたりは姿勢を低くしたまま裏手へと移動する。
四つん這いで滑るように進むニャエルの後ろ姿に、ティアの中でふと悪戯心が芽生えた。
(いま、尻尾の付け根をつついたらどんな反応するかな……)
想像だけで顔が熱くなり、こっそり笑いをこらえる。
鍛冶屋の裏庭は簡素な木塀と乾いた地面、そしてぽつんと立つ木の十字架。
夏の匂いと金属の気配が入り混じる。
「なんだろう、あの十字架……」
「きっと磔台だよ……見つかったら、あそこで吊るされるかも」
冗談めかしてささやき合いながら、そっと近づいていく。
「ほら、斬られた跡がいっぱいある……」
「急ごう、工房で何をしてるのか確認しないと」
ニャエルが頷き、裏口をそっと開く。
熱気が吹き出し、ふたりの髪がふわりと揺れる。
工房の中では、弟子たちが金床を囲み、赤く焼けた何かを叩いていた。
火花が飛び、油と鉄の匂いが鼻をつく。
「……儀式かな」
ティアの囁きに、ニャエルが吹き出しそうになりながら応じる。
「いや、たぶん新兵器を……」
その瞬間、扉が大きく開いた。
「……何してんだ、お前ら」
低く唸るようなラミアの声。
ふたりは、見つかってしまった──
午後の光と熱、そしてふたりの笑い声が、ロスティアの街へふわりと溶けていった。




