23話 目覚めと朝食と
暖かな日差しに誘われて、まどろみの中、ゆっくりと目が覚めた。
まだ瞼を開かぬまま、胸に感じるやわらかな重みと、ふわりとした体温、規則正しい寝息をただ感じていた。
そっとまぶたを持ち上げると、案の定、ニャエルがそこにいた。
ティアの胸に両手を添えて、小さく丸まるように眠っている。
猫のように、いや、それ以上に安らかな寝顔。
窓の向こうでは朝の光がやわらかく満ちていて、高い空に浮かぶ雲がゆっくりと流れている。
部屋の静けさには寝息だけが響き、その隙間を光がそっと撫でていく。
もう一度、目を閉じた。
眠るわけでも、はっきりと起きるわけでもない。
この曖昧であたたかな時間を、身体いっぱいに感じていた。
──どれほどの時が流れただろう。
「んん……」
胸の上で身じろぎしたニャエルが、かすかな声をもらす。
目を開けると、金色の瞳が目の前にあった。
「おはよ……」
まだ夢の中にいるような、甘やかな声。
「おはよう、ニャエル。」
ニャエルはふっと体を起こし、ベッドの上で前足──もとい腕を伸ばし、今度は後ろ足もぴんと伸ばす。
まるで猫そのものの動きに、ティアは思わず吹き出してしまった。
ベッドの端に座り込みながら、ニャエルは手の甲で目をこすっている。
「……今日はどうするニャ?」
「どうしようか?」
ティアも起き上がり、シーツのやわらかな感触とベッドに残るぬくもりを背に、並んでぼんやりと座った。
朝の光が、ふたりの髪に優しく降り注いでいる。
その横顔が、あまりにも愛おしくて──
ティアはそっと抱き寄せた。
「にゃぁ……また寝ちゃうよ」
ふわふわで、あたたかくて、柔らかい。
ニャエルはそのまま、心地よさのかたまりみたいだった。
「……剣ができるのは明日だし、今日は街をぶらぶらしようか」
「うん……それ、いいニャ……」
──ぐぅぅ。
静寂を破るお腹の音。
どちらのものか判別できず、ふたりは顔を見合わせてくすくす笑い合った。
「ふふ、その前にご飯だね」
「お肉っ!」
ぱっと目を開けたニャエルの瞳がきらきらと光り、耳までぴんと立っていた。
◇
ふたりは寝巻きのまま、宿の一階へと降りていった。
差し込む朝日と、ロビーに漂う焼き立てパンとスープの香り。
出入りする客たちの足音や、食器が触れ合う音がそこかしこに弾けていた。
にぎやかな朝の喧騒の中で、ふたりだけはどこか、別の空気を纏っているようだった。
ふりふりのエプロンを身につけたウェイトレスが、にこやかに朝食を運んでくる。
「お待たせしました」
焼きたてのパンにバター、湯気の立つ野菜スープ。
ニャエルの皿にはこんもりと盛られた肉の山、ティアの皿には彩りのよい野菜とやわらかな卵。
「おにく〜おにく〜♪」
ニャエルは左右に身体を揺らしながらご機嫌に歌い、フォークを握ってお皿に夢中だ。
(お肉ばっかり……)
「少し野菜も食べなきゃね」
ティアはそっと自分の皿から野菜を取り、ニャエルの皿にのせてあげた。
ぴたり、と揺れていた身体が止まり、野菜をじっと見つめるニャエル。
あからさまに不満そうな顔。
「……じゃあ、半分」
しぶしぶ、野菜を半分だけ自分の皿に戻す。
「もう一声にゃ」
「……しょうがないなぁ」
ティアがさらに半分を引き取ると、ニャエルは途端に表情を明るくして、もぐもぐと満足げにお肉を食べはじめた。
パンをちぎる音。スープの湯気。
テーブルの下で、ふたりの足がときどき触れ合う。
隣に流れる体温、他愛もないやりとり。
──こんな日々が、いつまでも続けばいい。
ティアは、そっと胸の内で思った。




