22話 しずかな寝息のそばで
ロスティアの夜景を望む、宿のテラス。
遠く、教会の鐘が静かに鳴っていた。
川面には家々の灯りが帯のように揺れて、風がやわらかく肌を撫でていく。
どこか特別な夜の空気が、しんしんと流れていた。
椅子に腰かけたニャエルは、ガントレットの手入れをしていた。
金属の表面に、夜の光が淡く映り込む。
湯浴みの余韻が残っているのか、口ずさむ鼻歌も、どこかご機嫌そうだった。
「にゃん♪ にゃにゃーん♪」
気分が乗ってきたのか、つい声に出してしまう。
そのとたん、後ろからくすっと吹き出す気配。
「……あっ、戻ったなら言ってニャ!」
慌てて振り返るニャエルに、ティアが笑顔で隣に腰かける。
「私も今度、歌ってみようかな♪」
「も、もう……やめてニャ……」
顔を赤らめながら、ニャエルは慌ててガントレットを仕舞いはじめた。
その横顔を、ティアは目を細めて、そっと見つめていた。
「ごめんね。可愛くて、つい……」
「……で、人生初の湯浴みはどうだった?」
「うん、すごく気持ちよかった!冬とか、絶対いいと思う」
ぱっと、ニャエルの顔が花開いたように明るくなる。
「そうそう!長く入りすぎて、ふやけちゃうんだよ〜」
「ふふ。でも、ニャエルが湯浴み好きって、ちょっと意外かも……」
「ボクはネコじゃないニャー……」
ティアが笑い声を上げると、夜風がふたりの間を通り抜けていった。
「さ、部屋に戻ろっか」
そのひと言に、ティアの表情が急におとなしくなる。
「……う、うん」
◇⋆。・゜゜・ :゜・⋆。◇⋆。・゜゜・ :゜・⋆。
部屋のドアを開けると、淡いランプの光がベッドを照らしていた。
質素ながら、どこか温もりのある内装。
「どうぞ、お嬢様」
ニャエルがふざけた調子で手を差し出すと、ティアは少し照れた様子で部屋に入る。
「……し、失礼します」
大きなベッド、ふわりとしたシーツの香り、きしむ音――
どれもが、少し新鮮だった。
カチリ、と鍵の音。
振り返ると、ニャエルの目がきらりと光る。
「さっきはよくも……!」
気がつけばティアは、軽くベッドに押し倒されていた。
そのまま馬乗りになったニャエルが、ティアの脇腹をくすぐりはじめる。
「待って……ニャえっ──!?」
ティアは声も出せず、息も絶え絶えに身をよじる。
しばらく、じゃれ合いが続いたあと――
ニャエルは満足げに鼻を鳴らして、隣にころんと転がった。
「……今日は濃い一日だったね」
「ほんとにニャぁ……」
ベッドの上、ニャエルが丸くなって静かに目を閉じる。
その寝息が、夜の空気の中でやわらかく重なっていく。
「おやすみなさい、ニャエル」
「おやすみニャぁ……」
ティアがそっと目を閉じると、意識は穏やかな夜の闇に沈んでいった。
◇⋆。・゜゜・ :゜・⋆。◇⋆。・゜゜・ :゜・⋆。
朝。
窓から射す光が、シーツを白く照らしていた。
小鳥のさえずりが遠くから届き、静かな朝の訪れを告げている。
半分眠ったまま寝返りを打とうとして、ティアは胸のあたりにやわらかな重みを感じた。
そっと目を開ける。
そこには、丸くなって眠るニャエルの姿。
両手を胸の上に添え、安心しきった顔で眠っていた。
(かわいい……心がこんなに落ち着くなんて……)
ティアはそっと手を伸ばし、ニャエルの頭を撫でる。
ぴくりと耳が揺れ、のどから心地よさそうな音がこぼれた。
ぬくもりと、やさしい重み。
くすぐったいほどの幸せに包まれながら、ティアはもう一度まぶたを閉じる。
朝の光の中、ふたりの眠りは静かに重なっていた。




