20話 火が導いたもの
ティアが扉をくぐると、熱気が頬を撫でた。
陽射しよりも強い赤い光が、炉から壁へ跳ね返り、影を踊らせている。
壁際には大小さまざまな延べ棒が、列を成して並んでいた。
鉄、鋼、白銀、青銅――色も艶も違い、それぞれに表情がある。
空気には炭と金属の匂いが混じり、時折、炉の奥から「カン」と澄んだ音が響いた。
「ここには、わしが作った金属が山ほどある。嬢ちゃんの剣にふさわしいもんも、きっとあるぜ」
親方が腕を組み、誇らしげに棚を見渡す。
「ふぁぁ……金属って、こんなに種類があるんですね……」
ティアは思わず見入っていた。目を丸くして、棚の列を見上げる。
ラミアが、その中から青白く光る延べ棒を持ち上げた。
「やっぱ、ミスリルかね、親方?」
「……硬くて軽い。確かにな。だが高すぎる」
親方が渋い顔で唸る。
ラミアも、腕の中でミスリルを撫でながら、真剣な眼差しで棚を見つめた。
ふたりのやりとりは、どこか親子のようで、長く連れ添った職人同士の呼吸があった。
「鉄があんなふうに曲がっちまうなら、鋼でも厳しいか……」
ミスリルの冷たさにラミアが肩をすくめる。
そのとき、親方がふと笑って振り向いた。
「嬢ちゃん、風に聞いてみるか?」
「……うーん、中にいると風さんの声は聞こえないんです」
ティアは困ったように小さく笑い、工房の奥へ視線を向ける。
その瞬間だった。
まるで応えるように、炉の奥で火が咲いた。
赤い火柱が天井近くまで届き、工房を一瞬だけ照らす。
「おい……!?」
「何も入れてねぇぞ……」
熱気が波のように押し寄せ、ティアの髪を優しく揺らした。
その風に誘われるように、ティアはゆっくりと歩き出す。
「……分かりました」
彼女は迷いなく工房の隅を指さした。
棚にも置かれず、地面に転がっていた一本の黒い延べ棒。
「これですよね、親方さん」
ラミアが思わず笑って肩をすくめた。
「そいつぁ“基礎鉄”だよ。確かに頑丈だが……重すぎる。剣なんかにゃ向かない」
ふと、何かに気づいたように言葉を止め、口元を押さえるラミア。
親方が引き取るように、うなずいて言った。
「そう、“重鉄”とも呼ばれてる。錆びず、オリハルコンより硬い。……だがバカみてぇに重い。剣にしようなんて奴なんざ、まずいねぇ」
すると、ニャエルの耳がぴくりと動いた。
「でも、ティアなら……その重さを打ち消せる。それどころかその重さを、力に変えられる」
親方が破顔して笑う。
「その通りだ。嬢ちゃんにゃ重鉄のどデカい大剣だって軽く握れる。──こりゃ面白くなってきやがった」
「やりましょう、親方!」
ラミアも目を輝かせて身を乗り出す。
親方も、少年のように目を細めていた。
ティアはしゃがみ込み、重鉄の延べ棒にそっと触れる。
ひんやりとした重さが、指先から伝わってくる。冷たいのに、静かに芯がある感触だった。
「……でも、少し怖いです」
その小さな声に、工房の空気がふっと静かになる。
親方はゆっくり腕を組み直し、真っ直ぐに答えた。
「嬢ちゃんは優しいな。……まぁ、どデカい大剣なんてのは言葉のあやだ。うちの炉じゃ、そこまで精錬はできねぇ。何せ、溶かすだけでひと苦労だ」
ニャエルが隣で問いかける。
「ショートソードの大きさでも、重鉄なら力になる?」
「十分すぎる。ひとりじゃとても運べる重さじゃねぇからな」
会話を聞きながら、ティアは指先でそっと延べ棒をつついた。
小さな音と、どこまでも重たい振動が石畳に残る。
「……君、そんなに重いんだね」
親方は満足げに頷いた。
「よし、嬢ちゃん。二日くれ。それで仕上げてみせる」
ティアは顔を上げ、まっすぐ親方を見て、深く頭を下げた。
「お願いします。……あの、お代は……?」
「ほんとはタダで作りてぇが……今回は弟子も呼ばにゃならん。銀貨二十枚だ。ほとんどが工賃だな」
「なら、あたしが呼んでくる!」
ラミアは勢いよく声を上げると、駆け足で工房を飛び出していった。
ティアの隣で、ニャエルが静かに言った。
「私も、追加で二十枚出します。……どうか、最高のものを」
その真剣な横顔を、親方がヒゲを撫でながらしばし見つめる。
「金を積めばいいってもんじゃねぇが……その心意気は、剣に宿るさ」
再び、炉が小さくうねるように光を放った。
赤い火が壁を照らし、工房全体が呼吸するように熱を帯びていく。
ふたりのための剣が、まだ形を持たぬまま、静かに胎動を始めていた。




