19話 安いヤツで、お願いします
「いらっしゃい」
鍛冶屋の扉をくぐった途端、しわがれた低い声がカウンター奥から響いた。
室内は金属と油の匂い、炭火の残り香と熱気が入り混じり、薄暗い灯りが揺れている。
絶え間なく金槌が鉄を打つ音が響き、空気が重たく生きていた。
ニャエルは迷わずカウンターへ向かい、ティアはその隣で、まだ彼女の二の腕にそっと触れていた。
その様子を見て、カウンターの女性が片眉を上げる。
「なんだぁ? ここは色宿じゃねえぞ」
赤髪を後ろで束ねた女職人は、肘をついて気だるげに笑った。
「頭を叩き直してほしいってんなら、金槌あるけどね」
ニャエルは聞き流すように微笑んで、手に持っていたティアの剣をカウンターへ置く。
──ゴト、と重い音。
「これ、叩き直せる?」
女職人の目がすっと鋭くなる。
興味を引かれたように剣を手に取り、まじまじと眺めた。
「シミター……いや、ショーテルか? 白っぽいな、刀身が……」
「元はショートソードだったんだよ。斬ったら、こうなっちゃった」
「へぇ……」
指先で刀身を弾くと、澄んだ金属音が店内に響いた。
「……鉄だな。だが、普通に使ってこんな歪み方はしない」
ティアは、そっと口を開いた。
「あの……私が、魔力を込めて斬ったら……こんなふうに」
「へぇ、お前が? その細い腕で……?」
女職人は楽しげに片眉を上げる。
「こりゃ面白い。あたしじゃ分かんねえや。ちょっと待ってな」
そう言って、店の奥へ声を飛ばす。
「親方ー! ちょっと来てくれよ、珍しいもんがあるぜ!」
間もなく、ひときわ大柄な人物が現れた。
白髪混じりの髪に火傷だらけの両腕。立派な髭をたくわえた親方は、歩くだけで空気を変えた。
「どうした」
「これさ、魔力込めて切ったらこうなったってさ」
親方は剣を手に取り、まずニャエルを一瞥。すぐにティアへ視線を移した。
無言で剣を見つめ、指で弾く──また音が張り詰めた。
「鉄だ。……普通なら、折れる」
静かに、重く響く声。
カウンターの灯りがティアの頬を照らす。親方の視線を、彼女は少しだけ息を詰めて受け止めた。
「お嬢ちゃん火属性持ちか?何を切った?」
「えっと、狼です。属性は……持っていません」
親方の目が細くなる。
女職人──ラミアも身を乗り出した。
「持ってない? 本気で言ってんのか?」
「……わしが知る限り、過去に“無属性持ち”だと言われていたのは一人だけだ。白き刃の……まあ、神話だな」
親方が髭を撫でて呟く。
その言葉に、ニャエルも自然に口を挟む。
「ああ。それにこの子、ティアは風の声が聞こえる」
「……精霊の加護か。話が現実味を帯びてきたな」
ラミアが奥へ駆けていき、間もなく剣を抱えて戻ってくる。
「くず剣、持ってきたぜ!」
カウンターに叩きつけるように置かれたのは、無骨なブロードソードだった。
ずしりと重く、刀身の歪みが素人にも分かる。
「嬢ちゃん、これに魔力を込めてみろ。重いぞ、気をつけな」
親方が慎重に渡す。
ティアは両手で受け取ると、腕がわずかに震えた。冷たい金属と、圧のある重みが体にのしかかる。
(……触れて、馴染ませる)
ティアは目を閉じて深く息を吸う。
静かな熱気と鉄の匂い、みんなの注視する中で刀身を抱く。
指先から淡い白い光が刀身を走る。
瞬間、店内の空気がほんの少し変わる──
「すげぇ……こんなの見た事ないよ」
やがて光が消えると、刀身全体が白く変色していた。
「出来ました。これ以上込めると、たぶん壊れます」
ニャエルが興味深そうに尋ねる。
「限界が、分かるんだ?」
「うん。今は……夜明け前、くらいかな」
あまりに独特な例えに、ニャエルが吹き出す。
「その言い回し、ずるいな」
ティアははにかみながら、親方に視線を戻す。
「親方さん、剣を置いていい?魔力を込めると軽くなりすぎて、持ってるのが怖いの……」
親方は、観察しながらもその言葉に急に現実味を帯びてうなずく。
「ああ、置いてくれ」
ティアはそっと白くなったブロードソードをカウンターに置いた。
金属が木の上に載る重い音。
親方が持ち上げてみる。
「重さは変わってないな」
「……はい。たぶん私しか、軽くならないです……」
店内の空気に再び静けさが満ちる。
ヒゲを撫でながら考え込む親方の横で、ニャエルが明るく言葉を投げかける。
「そこで、ティアに合う剣を見繕ってくれませんか?」
親方は一瞬考えてから、現実的な調子で問う。
「……予算は?」
ニャエルがティアを見る。
「安いヤツがいいです!」
その曖昧な答えに、場がいっせいに和んだ。
三人の笑い声が、鉄と汗の空間に響きわたる。




