18話 無骨な工房と、咲いた花
陽が傾きかけた午後。
街の空は、ゆるやかな金色に染まりつつあった。
ティアは、今朝と同じ場所──冒険者ギルドのすぐ外で、ひとり待っていた。
石畳に伸びる影を見つめながら、そっと吐いた息が、風にさらわれていく。
ギルドの扉が軋む音とともに、ニャエルの声が聞こえた。
「ティア、お待たせ」
黒い耳がぴこぴこと揺れて、手には小さな袋を下げている。
「はい、これ。ティアの取り分。銀貨二十枚ね」
差し出された袋を受け取ると、指先にひんやりとした重みが伝わった。
思わず、ぎゅっと握りしめる。
「……え、多くない?」
問いながらも、胸の奥に陽だまりのような熱がにじんでいた。
……胸の中に、ひとしずく、甘い熱が落ちた。
「ふふ。セラさんが、けっこう色つけてくれたからね。疲れてない?」
「うん、だいじょうぶ。……これから、どうしようか?」
その言葉の途中、ニャエルの手がふいに伸びてきた。
優しくティアの髪に触れ、指先がそっと撫でる。
「ふあ……」
思わず間の抜けた声がもれて、ふたりとも、はっとして目をそらす。
「てぃ、ティアって意外と体力あるよね。森でも、わりと軽やかだったし」
撫でられた頭にそっと手をやって、ティアは背筋をきゅっと伸ばす。
「や、山育ちですから!」
胸を張って両手を腰に当てたあと、少し恥ずかしそうに目を逸らす。
(……ちょっと、やりすぎたかも)
「ふふ、そうだったね」
ニャエルの笑顔が、午後の日差しにとけていく。
その光の中で、ティアの胸の奥にすうっと何かが満ちていく気がした。
「……じゃあ、そろそろ行こっか。鍛冶屋。ティアの剣を選びに」
「……うん!」
ぽつりと咲いた花のような返事。
ふたりは、並んで歩き出す。
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街の西側、工房が集まる一角。
金槌の音があちらこちらで鳴り響き、通りはまるで“働く音”で満たされている。
「わあ……すごい。みんな作ってる……」
ティアが目を輝かせて呟くと、ニャエルは思わず吹き出してしまう。
「ちょっと、なんで笑うの……?」
膨れっ面のティアが軽く抗議すると、ニャエルは笑いながら言葉を継いだ。
「ごめん、ティアって素直なんだなって。なんか……かわいくて」
照れたように笑うニャエルの腕を、ティアはそっと掴む。
その腕は、思ったより柔らかくて、温かかった。
「もしかして……バカにしてる?」
「してないってば。ほんとに」
ふにゃっとした笑みで首を振るニャエル。
けれどティアは、指先に伝わる感触が心地よくて、なかなか手を離せなかった。
「……で、どこで……か、買うの?」
(ニャエルの腕……やわらかいなぁ。あったかい……)
ふと見つめると、ニャエルが前方を指さす。
「あそこ。あの大きな建物。セラさんに聞いておいたんだ。すごく評判がいいって」
言いかけて、自分の腕がずっと揉まれていることに気づく。
ティアは無意識のまま、二の腕をきゅっと揉みしめていた。
「に、二の腕が好きなの?」
はっとして顔を上げるが、手はそのまま。
「……嫌だった?」
ぽつりとこぼれた声は、どこか怯えるように小さくて。
見上げるティアの瞳は、少しだけ潤んでいた。
ニャエルはうろたえながらも、耳をぴくぴく揺らし、慌てたように前を向いて応える。
「い、嫌じゃないよ。ボクの腕で良ければ……いくらでも、いいよ」
「……やったぁ♪」
嬉しそうに笑うティアの声に、ニャエルの頬がほんのり赤くなる。
──二の腕を握られたまま、鍛冶屋の重い扉を押し開ける。
中はひんやりとした空気。
微かに焦げた金属の匂いが漂い、壁には剣や斧、盾が整然と並んでいた。
奥からは、金床を打つ乾いた音が響いている。
無骨な空間の真ん中で。
ふたりだけの、小さな花が──そっと、咲いた。




