17話 水の中のやさしい光
「もう討伐してきたんですか!?」
冒険者ギルドの中に、セラの驚いた声が響き渡る。
一瞬でまわりの冒険者たちの視線が集まり、セラは咳払いして、気まずそうに頭を下げた。
「……失礼しました。では、魔石の提出をお願いします」
「ほい。全部で十四個あるよ」
ニャエルは麻袋をドチャッとカウンターに置いた。
──水気を含んだ何かが潰れるような、鈍い音がする。
セラはその音に眉をひそめ、恐る恐る袋の口を開いた。
ふわりと立ちのぼる、鉄のようなの匂い。
「うっ……」
すぐに袋を閉じ、顔をしかめる。
「……ニャエルさん、魔石は“洗って”持ってきてください。もう、どろどろじゃないですか!」
ニャエルは腕を組み、むっとした顔で言い返す。
「『洗ってこい』なんて、言われてないよ?」
セラの眉がぴくっと動いた。
「そういうのは、常識なんですよっ」
あわててティアが間に割って入る。
「あ、あの……ニャエルなりに匂いがわかるようにって、気を利かせたんだと思います……」
「はいはい、分かったよ。洗えばいいんでしょ? 洗い場、ある?」
ニャエルはやや乱暴に袋を抱え直す。
セラはため息をつき、やや拗ねたような口調で返す。
「案内します。……ついてきてください」
ぷいっと背を向けるセラに、肩をすくめながらニャエルがついていく。
(な、仲良くしてほしいな……)
ティアは小さく苦笑し、ふたりの後ろに続いた。
◇
裏手に出ると、ざわめきは遠のき、静かな水場が広がっていた。
木漏れ日が水面にちらちらと反射し、大きな桶や樽がいくつも並んでいる。
その時、ティアの足元に洗濯桶が転がってきて、思わず「ひゃ」と声をあげる。
「そこにある樽の水を使ってください」
セラはさらっと言うが、ニャエルがすぐに抗議する。
「投げなくてもいいだろ」
「手が……滑ったんですっ!」
口を尖らせるセラに、ニャエルはあきれ顔でぼそり。
「子供かよ……」
ティアは桶で水を汲みながら、苦笑いを浮かべた。
セラも袖をまくってしゃがみ込む。
「さ、私も手伝いますから。魔石を入れてください」
その瞬間、ニャエルの口元にイタズラっぽい笑みが浮かぶ。
(……あ、やな予感)
ティアは本能的に半歩後ろへ下がった。
バシャッ。
麻袋の中身を勢いよく桶へぶちまけると、あたり一面に水しぶきが跳ねた。
セラの体がしっとりと濡れ、ぴたりと動きを止める。
満足げに笑うニャエル。
しばしの沈黙のあと、セラは静かに小さな桶で水をすくい──笑顔のまま、ニャエルに向かってばしゃりとかけ返した。
「これで“おあいこ”ですね」
ニャエルは濡れた前髪を手でかき上げ、くすりと笑う。
「ふふっ、気持ちよかったよ」
セラはため息をひとつつき、ティアに視線を向ける。
「ニャエル、身体拭いてこないと風邪ひいちゃうよ。セラさんも」
ティアはふたりを宥めるように言う。
「ボクは平気。すぐ乾くから」
ニャエルはそう言って、猫みたいに身体をぶるぶるっと震わせた。
その勢いで飛んだ水しぶきがティアに降りかかり、「わ、わっ」と慌てて身を引く。
「……私もそこまで濡れていませんから。さあ、洗ってしまいましょう」
三人で桶に手を入れ、魔石を水の中でゆっくりと転がす。
水面には陽の光がゆらめき、洗い立ての魔石と水滴が、きらきらと輝いていた。
「……でも本当に早かったですね。フォレストウルフは警戒心が強いですし、探すだけでも一苦労なのに。何か秘訣でも?」
セラの問いに、ニャエルがちらりとティアを見やる。
ティアは少し戸惑いながら、そっと答える。
「……風が教えてくれたんです」
「風……ですか?」
首を傾げるセラに、ニャエルが微笑む。
「たぶんティアは風の精霊の加護を受けてるんだと思う。そういう昔話を読んだことがあるよ。」
そう言って、ひとつの魔石を手に取り、陽にかざす。
もう血はすっかり落ちていて、歪な石が小さく光る。
「へぇ……すごいですね、ティアさん」
「そ、そんな……私は何も……」
セラもひとつ魔石を拾い、光に透かして見る。
「……うん、これで十分綺麗です。残りはこちらでやっておきますね。あと、残り四個分の精算も。中でお待ちください」
「え、でも……もう報酬はもらったような……?」
首をかしげるティアに、セラは丁寧に説明する。
「あれは前金で、十個分です。あと四個分──銀貨二十枚、お支払いしますね」
「新人が初日で討伐完了だよ? サービス、ないのかニャ?」
ニャエルがちゃっかり口を挟むと、セラは少し考え、ふっと微笑んだ。
「……では、私の権限で。少しだけ色をつけておきます。期待はほどほどに、ですけどね♪」
濡れた服のまま、魔石を両手に抱えて笑うセラ。
水面にゆらめく光と、ふたりのやりとりを見つめながら──
ふたりの笑顔と水のきらめきが、静かに胸に残った




